愛のテクニシャン カレン

5.小さなkissマーク

「さあ、着きましたよ」

洋介は声を弾ませた。
イタリアの建築家がデザインしたというクリニックの外観は、保養施設を通り越して、リゾート地にあるお洒落なホテルのようだった。

洋介の後に続いてカレンはエントランスに向かった。

両サイドに噴水があり、ギリシャ神話の女神達が抱えた水瓶から水が湧きこぼれている。

ロビーには巨大な水槽があり、水の中には色とりどりの熱帯魚が無数に泳いでいる。

水中を動き回る美しい魚達に見惚れていると、首にシャネルのスカーフを巻いた小顔の美女が現れて挨拶をした。

「おはようございます」

白いカットソーにタイトな黒のミニスカート。大きく開いた胸元にドルフィンのネックレスが揺れている。


「先生。お帰りなさいませ」

「うん。こちらはカレンさんだ。お部屋まで案内を頼むよ」

「かしこまりました」

「カレンさん。ではまた後ほど」

洋介はそそくさときびすを返すと車に戻って行った。

「先生はお忙しい方なんです。カレンさん。こちらへどうぞ」

「あ、はい」


館内にはJ-POPのインストゥルメンタルが静かに流れていた。

「うふ。先生がカレンさんはJ-POPがお好きだからと。それで今朝はBGMが変えてあるんですよ」

「まあ」

「凝り性なんですよ。あの先生」


部屋の前でスカーフの女はウィンクをして見せた。

「萬田蜜子です。仲良くして下さいね！」

「ええ。こちらこそ。よろしくお願いね。そのスカーフ、素敵よ」


「うふ。これを隠しているの」

蜜子がスカーフを取ると、そこには小さなkissマークが幾つもあった。

夜空に輝く星々のように。

カレンは指でその愛の星座を辿ってみたいと思った。