SHOTA

MIKAN🍊

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44.夢の中へ

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駅に着いてからバスに乗った。ウグイス色の小さな路線バスだった。
優子はシートの注意書きを読んでいた。

【この座席は高いので転落防止のため、深くお座りください】
優子はもぞもぞ動いて深く座り直した。


桜西歯科医院前を通り過ぎ、何度か角を曲がってまたしばらく走ると目的地に着いた。
其処には人垣が出来ていた。
優子は細い身体をねじりながら歩道をかき分け人波の前に出た。

警官が数人。立ち入り規制を始めていた。
不慣れなせいか手際が悪い。
優子は隙を縫ってタチアオイの茂みに足を踏み入れた。
「あ、ちょっと待ちなさい!」
「君!危険だぞ」
人垣からどよめきが起きた。
「何だ何だ」
「どうした」
「見えないぞ」

ワンレンロングの女子高生はすたすたと歩き続けた。


同じ頃、桜西総合病院では望月千夏が意識を回復していた。
ベッドから起き上がりぼんやりと部屋の中を見回していると窓の外に小鳥がやって来た。
小鳥はベランダの柵から千夏を覗き込む様に小首を傾げた。
朦朧とした時間がなだらかな記憶の坂道をだんだん早く転がってゆく。

夫の克哉がドアを開けた。花束を抱えていた。
「おはよう。千夏。良い天気だよ。今日は月曜日だし。うんと派手なのを買って来たよ」
夫は花瓶に水を差し、花束を整えつつ向きを変えては何事か思案していた。
「こうかな。それともこっちかな。ねえ、千夏。お前はどう思う」
それから位置を決めて悦に入った。取り出したケータイで写メを何枚も撮る。
「思ったんだ。毎日同じ空だと今までね、そう思ってたんだ。でもよく見ると違うんだよ。当たり前と思うだろう。お前がそんななってからね。考えたんだよ。お前はどんな空を見ていたんだろうかってね。俺と違う空を見てたんだよなあ」

夫の『独り言』は続いていた。
「どうだ。俺だってな、スポーツだけじゃないんだぜえ。見直したか、千夏…」
「見直したわ。克哉」
振り向いた克哉は「わっ」と叫んで椅子に蹴つまずき、そのままひっくり返った。
「お、お、お前、千夏」
「ただいま」
克哉はやっと目覚めた妻を抱きしめた。
千夏はしゃくり上げて泣く克哉をなだめるのが精一杯だった。


トラック運転手達はまだ眠そうだった。
目をショボショボさせどうして自分が其処に立っているのか懸命に思い出そうとしていた。
「俺のヘルメット知らないか。俺のヘルメット」
運転手達の側でスカイブルーの制服を着た警官がタチアオイの茂みを漁っていた。
「や、あいつ」
規制を張っていた警官の一人が持っていた人相書きを広げた。
「白バイ暴走族・鵜飼園生だ」
「何、本当か。タイホ、タイホだあ!」
「至急、至急。本部どうぞ!」


タチアオイの中に身を潜めていた優子は、もう一人の自分が歩いて来るのを見ていた。
「私、横から見るとあんななんだ」ちょっとガッカリ…
納得いかないといった風だった。
二人の身体は薄っすらと透け、そっと輝き始めていた。
「ヤバイ。もうタイムリミットだわ」
真横に来た時、茂みから躍り出てもう一人の優子に抱きつくように重なった。
もう一人の優子は飛びかかってきたもう一人の優子を見て絶句した。
なんて可愛いコなの…
うわ、自分で言ってるわ。感じわるい…
波長が衝突し、絡まり合って一つになった。
静電気に触った時の様に身体の端々がビリリとして一瞬呼吸が苦しくなった。
心臓がドクンと大きく鳴ってキュッと縮まった気がした。
目の前が真っ白になってすぐまた画像が網膜に戻ってきた。
何もかもしっくりいっている感じがした。
曖昧な記憶以外は。
優子は自分の両の手のひらを見た。太陽に透かしてみたりした。
これは、どっちのワタシ…なの?
それによっては元のもくあみだ。元々此処に居た優子が残らなければならない。
もう一人の優子は翔太がやって来た世界の住人なのだから。
まだ分からない。意思が混ざり合っていた。

「イテテ」
鵜飼は二人の警官に腕を取られた。
「確保!確保だあ」
「鵜飼園生、道路交通法違反の容疑で緊急逮捕する」
「嘘だ。警察お得意のでっち上げだ」
「やかましい。キリキリ歩け」
「しょ、証拠はあるのか」
警官はスマホの動画を見せた。白バイに立ち乗りしながらピースサインをする白バイ隊員の姿がそこにあった。


警官の手が優子の肩に触れた。ハッとして我に返った。
「君、駄目じゃないか。勝手に入っちゃ。高校は何処だね?」
警官は手帳を開き、ちっちゃな鉛筆の先をペロリと舐めた。
あ、汚ない…
「はい。すみません」
「名前は」
「優子です。木寺優子」
「双子かい」
「いいえ」
「もう一人居ただろう。草むらから飛び出して来た子が」

「そんなの居ません。私一人です」
残りの警官が息を切らして報告した。
「そんな事あるか。おい、しっかり探せ」
「探したよ。なあ」
「俺は見てないなあ。目の錯覚じゃないのか」
「でなきゃ…」
「消えた…って…の…か」
警官達はカラオケアメニティー『らうどねす』を見上げてゾッとした。
そしてすぐ、どうしてゾッとしたのか分からなくなった。
はて、何故思い出せないのだろう。


__優子はどうして自分がこんな所に居るのか不思議でならなかった__


赤やピンク、薄黄色に、真っ白。
優子の周りには自分の背丈より高いタチアオイ達が色鮮やかに咲き乱れ、甘い香りを漂わせていた。
その匂いは何処か懐かしく夏の到来を予感させた。

「もう良いですか。学校に戻らないと」
優子はとびきりの笑顔を見せた。
「え、ああ良いよ。もちろんだとも。ご協力感謝します」
警官は背筋を伸ばし優子に向かってビシッと敬礼をした。


__嗚呼、これは__


遠い夏の日、焼けたアスファルトにこぼしたラムネの匂いだと、優子は思った。


__誰かの、夢の中なんだ__


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