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42.ひらひらタチアオイ
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ペパーミントルームの女性客達もすぐに現れた。
「大変だわ。寝過ごしちゃった。もう朝じゃない」
「何言ってんのよ。そんなわけないじゃない。夕方よ。夕方の7時に決まってるじゃない」
腕時計を見たり、スマホをしきりにタップしたりと忙しい。
「あれ、変ねえ。起動しないわ」
「嘘ぉ。私もよ」
「バッテリー切れかな」
「起きてー」スマホに話し掛ける。
「そんなんで動かないわよ。バカね」
「酔いが覚めちゃった」
「帰って晩ごはん作らなきゃ」
「私もう今日は惣菜買って帰るわ」
「それさえ面倒臭いわ。おそばにしようっと」
「あら、こず恵さんは」
「さっきまで居たんだけど」
「千夏、ちゃんと帰れたかしら」
「ねえ、何なのかしら。あの人達」
タチアオイの茂みの中に人々の輪が広がった。それはおそらく行方不明になった人々だろうと思われた。
彼女らの纏っている空気感の違いが見る者にそう直感させた。
謎の大停電と大火災からちょうど50日目。
疲労の色を滲ませているのは怪現象を遠巻きに覗き込んでいる者達の方だった。
敷地の境界線。
恐る恐る集まった人垣が増えていく。直感は確信に変わりつつあった。
「あ、あの人見た事あるわ」
「誰だい」
「ああ、思い出せないわ。学校の広報に載ってた人よ」
「おい、押すな」
「押すなよ。危ないじゃないか」
「大袈裟だな。ほら」
「こら、よせ」
いったい何が起こっているのか。どの目も好奇と興奮で見開かれていた。けれどタチアオイの群生に入って行こうとする者は誰もいない。何らかの安全が保証されなければ無謀というものだった。
篠原こず恵は店内でケータイを捜していた。
確かトイレで…
記憶が前後していたが深くは考えず近くのパウダールームに入ってみた。
ワンレンの女子高生が倒れていた。少し離れた所に消防士が一人仰向けに寝そべっている。
顔を見るとごつくて好かないタイプだった。
こず恵は迷わず女子高生に駆け寄った。
「ちょっと!ねえちょっと!」
女子高生は目を覚ました。
「此処は何処」
「私は誰なんて言わないでよ」
「優子。木寺優子です。助けてくれてありがとう」
優子はよろよろと立ち上がりトイレを出て行こうとした。
「待ちなさいよ。ありがとうって言われたって。大丈夫なの、あなた」
「はい!」
そのまま行ってしまった。
「若いって良いわねえ。何でもありで」
あとは…
あまり気乗りはしなかったけれど、こず恵は消防士に近づいた。ちょっとしたスクープだが、ケータイがないので残念ながら写メも撮れなきゃブログに投稿も出来ない。
ヒールの先で腹の辺りを突ついてみた。
消防士は目を閉じたままその細い足首をギュッとつかんだ。
「何しやがる」
「ぎゃあああぁぁ!」
「これお前のか」西園寺は薄汚れたポケットからケータイ電話を取り出した。
「きゃあああぁぁぁ!私のよ。返してドロボー!」
こず恵は西園寺の顔を踏んづけてケータイをもぎ取った。
屋上に通じる扉のすぐ傍で吾郎とカエデの二人は目を覚ました。
「何してんのよ。スケベ!」
カエデの平手打ちが吾郎の頬に飛んだ。
「何すんだよ!」
吾郎はカエデの胸に抱きつく様な形で寝ていたのだ。
「何って、そんな起こし方ないだろう」
吾郎は不満タラタラだ。
カエデは履いていたショートパンツの埃を払いながら、開いていたポロシャツのボタンを閉めた。
「まさか胸を触ったりしていないよね」
「してねえわ」
「吾郎ちゃんて、ホント野獣よね」
「ば、馬鹿言え」
「ああ、何だかお腹減ったわ」
「俺もだ。行くか、ラーメン屋」
「うん!」
二人は階段を駆け下りた。
優子は非常口から外に出て通用口の方へ急いだ。
隙間の揺れを感じながら。
時間の歪みを感じながら。
外階段の一階部分からゴミ袋を抱えた翔太が降りて来るところだった。
生ゴミがぎっしり詰まった袋を連結型のステーションボックスに放り込む。
ドスン…
「わあ、臭え」
空中でひらひらと舞う何かをハッとつかみ取った。
非常階段を昇ろうとした時、人の気配がした。
「翔太君」
振り向くとそこにはセーラー服を着たワンレンロングの少女が立っていた。
凛としたタチアオイの様に。
「優子ちゃん。どうしたの」
「来ちゃったわ」
優子は微笑んだ。
「大変だわ。寝過ごしちゃった。もう朝じゃない」
「何言ってんのよ。そんなわけないじゃない。夕方よ。夕方の7時に決まってるじゃない」
腕時計を見たり、スマホをしきりにタップしたりと忙しい。
「あれ、変ねえ。起動しないわ」
「嘘ぉ。私もよ」
「バッテリー切れかな」
「起きてー」スマホに話し掛ける。
「そんなんで動かないわよ。バカね」
「酔いが覚めちゃった」
「帰って晩ごはん作らなきゃ」
「私もう今日は惣菜買って帰るわ」
「それさえ面倒臭いわ。おそばにしようっと」
「あら、こず恵さんは」
「さっきまで居たんだけど」
「千夏、ちゃんと帰れたかしら」
「ねえ、何なのかしら。あの人達」
タチアオイの茂みの中に人々の輪が広がった。それはおそらく行方不明になった人々だろうと思われた。
彼女らの纏っている空気感の違いが見る者にそう直感させた。
謎の大停電と大火災からちょうど50日目。
疲労の色を滲ませているのは怪現象を遠巻きに覗き込んでいる者達の方だった。
敷地の境界線。
恐る恐る集まった人垣が増えていく。直感は確信に変わりつつあった。
「あ、あの人見た事あるわ」
「誰だい」
「ああ、思い出せないわ。学校の広報に載ってた人よ」
「おい、押すな」
「押すなよ。危ないじゃないか」
「大袈裟だな。ほら」
「こら、よせ」
いったい何が起こっているのか。どの目も好奇と興奮で見開かれていた。けれどタチアオイの群生に入って行こうとする者は誰もいない。何らかの安全が保証されなければ無謀というものだった。
篠原こず恵は店内でケータイを捜していた。
確かトイレで…
記憶が前後していたが深くは考えず近くのパウダールームに入ってみた。
ワンレンの女子高生が倒れていた。少し離れた所に消防士が一人仰向けに寝そべっている。
顔を見るとごつくて好かないタイプだった。
こず恵は迷わず女子高生に駆け寄った。
「ちょっと!ねえちょっと!」
女子高生は目を覚ました。
「此処は何処」
「私は誰なんて言わないでよ」
「優子。木寺優子です。助けてくれてありがとう」
優子はよろよろと立ち上がりトイレを出て行こうとした。
「待ちなさいよ。ありがとうって言われたって。大丈夫なの、あなた」
「はい!」
そのまま行ってしまった。
「若いって良いわねえ。何でもありで」
あとは…
あまり気乗りはしなかったけれど、こず恵は消防士に近づいた。ちょっとしたスクープだが、ケータイがないので残念ながら写メも撮れなきゃブログに投稿も出来ない。
ヒールの先で腹の辺りを突ついてみた。
消防士は目を閉じたままその細い足首をギュッとつかんだ。
「何しやがる」
「ぎゃあああぁぁ!」
「これお前のか」西園寺は薄汚れたポケットからケータイ電話を取り出した。
「きゃあああぁぁぁ!私のよ。返してドロボー!」
こず恵は西園寺の顔を踏んづけてケータイをもぎ取った。
屋上に通じる扉のすぐ傍で吾郎とカエデの二人は目を覚ました。
「何してんのよ。スケベ!」
カエデの平手打ちが吾郎の頬に飛んだ。
「何すんだよ!」
吾郎はカエデの胸に抱きつく様な形で寝ていたのだ。
「何って、そんな起こし方ないだろう」
吾郎は不満タラタラだ。
カエデは履いていたショートパンツの埃を払いながら、開いていたポロシャツのボタンを閉めた。
「まさか胸を触ったりしていないよね」
「してねえわ」
「吾郎ちゃんて、ホント野獣よね」
「ば、馬鹿言え」
「ああ、何だかお腹減ったわ」
「俺もだ。行くか、ラーメン屋」
「うん!」
二人は階段を駆け下りた。
優子は非常口から外に出て通用口の方へ急いだ。
隙間の揺れを感じながら。
時間の歪みを感じながら。
外階段の一階部分からゴミ袋を抱えた翔太が降りて来るところだった。
生ゴミがぎっしり詰まった袋を連結型のステーションボックスに放り込む。
ドスン…
「わあ、臭え」
空中でひらひらと舞う何かをハッとつかみ取った。
非常階段を昇ろうとした時、人の気配がした。
「翔太君」
振り向くとそこにはセーラー服を着たワンレンロングの少女が立っていた。
凛としたタチアオイの様に。
「優子ちゃん。どうしたの」
「来ちゃったわ」
優子は微笑んだ。
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