SHOTA

MIKAN🍊

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34.そこは火の海、地獄の一丁目

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悪夢だと思った。
ガラスの割れる音や金属と金属が激しくぶつかり合う音。
おそらく入り口付近にあったデスクやカウンター、自動販売機が壊れる音。
トラックのエンジン音がすぐそこにあった。
それから悲鳴。悲鳴、悲鳴。

吾郎は自分が走れているのが不思議だった。後ろを振り返るのはやめようと決めていた。
そこには阿鼻叫喚の光景しかないのだから。
見ても無駄だ。走れ、走れ。心臓が口から飛び出すまで。
前を見て走れ。前を見ろ。前だけ見てろ。
握った手を放すな。

突っ込んで来たトラックは右に曲がって一階南側の通路と部屋を破壊しながらなおも進んで円柱に激突し横転した。
荷台からポリタンクの山が雪崩れ落ちた。ガソリンの眩暈を起こしそうな強烈な臭気が充満した。
運転手がヨロヨロと這い出して来てライターで火を点けた。
一階の南側一帯は一瞬で火の海になった。
吾郎の背後から爆発によって生じた衝撃波がやって来た。ガラスの破片が四方八方へ飛び散った。
二人は階段のすぐ下に投げ出された。
「大丈夫か、カエデ。行くぞ。上だ」
「あっちは」
「ドアは開かない。上しかない」
吾郎はカエデの手を取り階段を上がった。踊り場に篠原こず恵の姿があった。
こず恵は尻もちを付いて二人を見た。
「吾郎君」
「さあ立って。上に行くんだ。下はもう駄目だ」
黒煙がすぐ側まで追って来ていた。続いて2回目の破壊音。さっきと同じだ。また車が突っ込んで来たんだ。でも何故だ、ああもうそんな事どうでも良い。
吾郎はこず恵に手を差し伸べた。
「とにかく此処から離れなきゃ駄目だ。さあ早く!」
そしてまた、爆発音。
「わかった」

二階にたどり着くとこず恵は「ありがとう」と言った。
「駄目だよ。屋上に出ないと」
こず恵は奥の部屋を指差した。
「お友達がまだいるの」
「カエデ、先に行け」
「でも」
「良いから早く」

「何が起きてるか知らないけど、火事でしょう。先に一人で逃げちゃったら後で何言われるかわかんないわ」
「そんな、ムリですよ」
こず恵はニッコリと微笑んだ。
「早く行って。可愛い彼女によろしく」
こず恵はペパーミントルームに向かって走り出した。ケータイを動画モードに切り替えて。
何かを覚悟した様なこず恵の眼差しを吾郎は見送るしかなかった。
吾郎は急いで階段を駆け上った。


こず恵の足元で3度目の爆発が起きた。もう階下で悲鳴は聞こえない。もし悲鳴があったとしても爆音でかき消されていただろう。
目の前の床が強風に煽られた吊り橋の様にウネウネと揺れながら遠くまで崩れ落ちた。ディザスタームービーをスローモーションで見ているようだった。

下方から炎と黒煙がめくれ上がる様に一気に押し寄せ、こず恵の口と喉を焼いた。もう歩けない。
何だ、私って案外ダメじゃん…
イケると思ったのに、映画みたいにはいかないのね…
ペパーミントルームのあった辺りは大きな穴が空いていた。そこから摂氏1,100度の火柱が上がった。
壁が次々に燃え上がり焼け落ちていった。間接照明が銃声の様にパンパン音を立てて破裂していった。

こず恵もケータイも燃え盛る火の中に落ちて行った。


その直後、最北端の厨房で重大なガス爆発が起きた。密室の酸素に瞬時に火が回った。
爆発はステンレス製のコールドテーブルや冷蔵庫を楽々とひん曲げて厨房の天井を吹き飛ばした。
包丁やフライパンがポップコーンの様に弾けて飛んだ。
炎はダクトの中に溜まった油カスを舐める様に燃やし尽くしながらさらなる酸素を求めて奥へ奥へと這い登っていった。

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