SHOTA

MIKAN🍊

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27.愛は暗闇の中で

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予想に反して心地好い場所だった。
それとも私はもう死んだのだろうか。

ブランコを押す優しい母の手。背中から広がる永遠に続く約束。
転んで擦りむいた膝小僧。痛みより、抱きかかえられた時の父の逞しい手。
忘れていた心の空白を埋めてゆく刻のピース。
花園はなかった。それよりも素晴らしい浮遊する感覚。
丁度良く満たされたコップの水。扇風機の涼やかな風と揺れる赤いリボン。
水草で隠れん坊するメダカ。溢れたラムネの泡。
身体中にまぶされたシッカロールの匂い。
灯る蝋燭、吹き消すと一斉に咲いた笑顔の花。

かき集めた記憶が甘酸っぱい覚えたての味を運んで来る。
胸の奥をチクリと刺すちっぽけな嘘や裏切りに涙しながら、押入れの中、何度もつぶやいた

ゴメンナサイ…


叱って見つめて、笑って許してくれた人。
息が苦しくなるほど抱き締めてくれた人。
どうしてそんなにキツく抱くの。

変だよ。

変だよ。


大人ってとても変な生き物。
まるで私を宝物のように扱って。

変だよ。

我慢していたんだねずっと。
求めても良いんだよ。

それほどの、抱え切れないほどの、未練。


光差す処には必ず影も差すわ…
誰にも言えない秘密や悲しみは、誰でも持っているのよ…

誰。

私はそれを闇とは思わない…


誰。



あの人をずっと幸せにしてあげたかった。

止まらない気持ち、止められないんだ。止められない。

わかるよ、うん、わかる。

でも止めて。


時間を戻してあなたが探している人ね。


此処はあなたの居る所じゃない。


生きるべき人達を連れていってはだめよ。


目覚めて。


運命ってあるのよ。それは変えられない。誰にも。

あなたにも。


自覚して翔太君。

目覚めて。


ぐずる赤子を抱き寄せる様な優しさで差し延べられた、手。


想い出だけでも生きていける。私はそう。

みんなそうよ。

私はあなたの想い出を大切に生きていく。


あなたもそうして。
たとえ私を忘れてしまっても。

あなたを見守ってきた。
どんなに無視されても。


その気持ち、私にもよくわかる。


愛をつかみ損ねた。


違う あなたは愛を手に入れたはず。



あなたの手のひらの中を見て

その手のひらの中を。

あなたにあげられる物、私にはこれしかない。


跳ね返ったドッチボールが顔に当たった時の悔しさ。
「まあ大変!」
「どうした!」
「優子、大丈夫?」
「大丈夫か、優子」
こぼれそうになる涙をこらえたのは何故だろう。
良いとこ見せたかったのかな。

「見てあなた。この子ったら我慢してるわ。あなたが泣き虫泣き虫って言うから」
「偉いぞぉ優子」
「もう!いらっしゃい優子」

ドッチボールなんかキライだ!!

優子は憎らしいカッコ悪いドッチボールを思いきり蹴飛ばした。
小さなサンダルが片方脱げた。

ボールはコロコロと転がり母と父のもとへ行った。
「いらっしゃい、優子」
「おいで。優子」

「うわああぁぁん!!」
優子は駆け出した。母と父のもとへ…


優子はカッと眼を見開いた。
避雷針の破片をつかむと躊躇する事なくタイタンの胴体を内側から真一文字に一閃した。
「クア…」

緑色のスライムを全身に浴びた優子はしかし呼吸一つ乱してはいなかった。
「乙女の純潔をこんなヤツに捧げる気はないわ」
絶命したタイタンの一部を夜空に蹴上げた。

「へえ」翔太は驚いた。
「ねえ翔太君。こいつは翔太君の願望なの。だとしたら絶望的ね」
「どうかな。俺は君に消えて欲しいと思っただけだよ」
「あちこち触ってきたりして」
「消化する為だろう」

「変態だわ。翔太君。もうがっかり。サービスはココまで」
優子は飛び上がり両手を力一杯広げた。

逃げ惑う線虫達が優子の放つチカラに手繰り寄せられてゆく。
キュービクル式受電設備の鉄板、シリウスが破壊したクーリングタワーの残骸、サイン看板を繋ぎ止めていた鋼鉄の支柱、散らばったコンクリートの破片、屋上の様々なガラクタが磁石の様に引き寄せられ、優子の裸体を覆っていった。
中世の鎧のように。
最後に突き立っていた避雷針がムチの様にしなって優子の手の中に納まった。

「こういうのって何て言うの」
「武装」翔太は身構えた。
「あなたも何か着なさいよ」
「必要ない」

「似合うかしら」
「素っ裸よりエロチックだよ」
「馬鹿」

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