SHOTA

MIKAN🍊

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25.タイタン

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隙間の揺らぎが激しさを増していた。
屋上の防水加工はとっくに剥がれ落ちて波打っていた。キュービクル式受電設備は鉄塔から送電される電気を帯びて巨大な心臓の様に膨らみ、卑猥に脈打っていた。

翔太が曖昧だった記憶を取り戻せば取り戻すほど此の世の歪みが大きくなっていく。

世界は隣り合った無数の此の世で成り立っている。自然界に溢れる相似性が示すようにどの世界にも翔太が存在し、優子が存在する。他の者達もそうだ。
無限に広がる世界の危ういバランスを保っているのは人の目には見えない規制とルール。それが揺らぎであり、隙間だ。隙間がなければ世界はその質量に耐え切れず崩壊する。
揺らぎと隙間の間を漂っているチカラの結び付きを人は運命や縁と呼び、第六感と呼ぶ。
歪みの原因は相違だった。もう一つの何処かの此の世で死んだ翔太が隙間を利用して此処へやって来たという事。二人の翔太が同時に存在するというあってはならない相違。
この相違を世界は軌道修正しようとするだろう。その時何が起きるのか。
翔太の波長に引っ張られて此処まで来たが何をどうすれば良いのか、優子には分からなかった。
翔太は亡霊となり異なる次元からジャンプして来た。
此処での彼はまだ死んではいない。翔太の目的は彼に成り代わり此の時間、この場所から人生をやり直す事だった。
歴史を書き換え身代わりに他の生命を差し出し自分だけは生き永らえようとしている。
翔太二人分のチカラを携えて。

目の前にいる翔太は今や此の世の翔太を完全に取り込み支配している様子だった。
少し前その翔太と一つに成りかけた事が悔やまれた。あのまま一つになっていたら… そうすれば翔太の意思を共有しコントロール出来たかも知れない。

翔太の想像を絶するチカラの源は園子への断ち切れない未練だけではない。実の親に見捨てられた過去。それを隠していた育ての親達への不信。
母から受けた仕打ち…

「クマさんのぬいぐるみ」
翔太は笑った。
「きったねえの。ボロボロでさ」
「翔太」
母の目の色が変わった。
「離しなさい、それ」
「母さん?」
「よこしなさい翔太!こっちに」
「な、何だよ」
「早くッ!返して!」
「バカみたい」
花緒莉は熊のぬいぐるみを翔太からむしり取った。
「今日はもうご飯はないわ。お金あげるからお弁当買って来なさい」
「母さん…」
「あっちへ行け!」

オマエワ、ワタシノホントウノコデワナイ…
あの目を忘れるものか。
翔太の瘴気が意識に雪崩れ込んでくる。翔太と交わりかけた事で前にも増して波長が合っている。


今の翔太は怨念の塊だった。
翔太は此処に居てはいけないのだ。翔太には帰るべき場所がある。
優子はシリウスの攻撃を交わしながら、悪鬼に成れ果てた翔太の哀しみを改めて感じていた。翔太に集中する時間を与えてはいけないのに、優子は何故か迷っていた。
そのためらいに線虫がまとわりついて動きに油断が出る。
不意を突いてシリウスの一匹に腕を噛み付かれた。
払い退けコンクリートに投げ飛ばし屈強な首を締め上げた。
二匹のシリウスと丸裸の優子。チカラは拮抗していた。今はまだ。


熱交換器の奥でもう一匹の怪物が生まれ落ちた。スライムやレジオネラ属菌と融合した醜悪なチカラの象徴。
目は無かった。全体は藻の様な繊毛で覆われていた。ハガネの繊毛は伸び縮みを繰り返しながら獲物を探索していた。
貪欲な殺意と食欲は二匹のシリウスを凌駕していた。
半液体の身体を自在に操りながら、音もなく忍び寄り、優子の背後に立った。
繊毛の中から二本の触手が伸び優子の両手足に巻き付いた。ヌルヌルした苔の様な感触に優子はゾッとした。
そして振り返りギョッとした。
全身草色の身の毛もよだつモンスター。

「素っ裸の女の子がとうとう捕まった」
翔太はほくそ笑んだ。
「今度の子は何て云うの」
「そうだな。タイタン」
タイタンの真ん中から緑色の舌が突き出し、優子の脚を這い上った。優子の股の間から中に進入しようと試みているようだった。
「男だよ」
「そうみたいね」

雷鳴を轟かせイカヅチがまた一つ落ちた。
避雷針が火花を散らしてへし折れ、優子目掛けて落下した。
身を翻した優子の頬を切っ先がかすめた。間一髪。
優子はコンクリートの窪みに突き刺さった避雷針の破片に手を伸ばした。
が、避雷針をよける為に優子は怪物に接近し過ぎた。ヘドロの様な臭いに優子は顔を背けた。
怪物の真ん中が十字に開いた。
タイタンが大きな口をあんぐり開けた。
耳元まで引き裂けた岩の割れ目の様な口が優子を丸ごとひと呑みにした。

優子は悲鳴をあげる暇もなかった。
宙に浮かんでいた翔太はゆっくり天窓の上に降り立った。
「ごめんね優子ちゃん。もっとチカラが必要なんだ。優子ちゃんのチカラもね」

タイタンは大きなゲップを一つした。

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