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24.シリウス
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イヴはアダムの肋骨から神が創造したと旧約聖書にある。
けれど熱交換器の隅で産まれたのは忌まわしい呪いを掛けられたモンスターだった。
カルシウムとマグネシウムという在り来たりの物質から誕生した彼女は、歯をガチガチ鳴らしながら心もとない肉と皮だらけの身体を何とか支えていた。
その目はまだ何も見てはいなかったが獲物の匂いを嗅ぎ取る嗅覚機能はすでに十分発達していた。
弱いのは人間だけだった。人間が彼女の永遠の餌だ。
強制ブロー装置と薬剤溶解方式水処理装置を破壊して彼女はクーリングタワーという胎内からおぞましい一歩を踏み出した。
バキ… ギギギ…
優子は目を剥いた。
「物凄いのを出して来たわね」
翔太はアハハと笑った。
「名前あるの」
「シリウス」
「素敵ね。ひょっとして女の子」
シリウスは優子に飛び掛った。
のけ反って優子はシリウスの剥き出しの背骨に回し蹴りを浴びせた。
「あなたちょっと痩せ過ぎだわ」
『らうどねす』を取り囲んでいた鉄塔がジリジリとその輪をせばめていた。
蒼白い閃光が時折走って屋上のキュービクル受電設備を光り輝かせていた。季節外れのイルミネーションの様に。
ライトアップされた屋上で優子は二匹のシリウスと対峙した。
「双子ちゃんだったのね」
シリウスはキエッと吠えた。
白バイ隊員鵜飼園生は立ち小便をしていた。
物陰に潜みヘッドセットを装着した現認係が突然叫んだ。
現認係は第二級陸上特殊無線技士の資格を持ったレーダーのプロフェッショナルだった。
すぐさまサイン会場に対象車両のナンバー、車種、塗色、車線等の特徴を無線か有線で伝えなければならないが現認係は卒倒寸前だった。
サイン会場とは停止誘導係、記録係、取り調べ係、追跡係らが任務に応じて待機する場所だ。
ピーッというアラーム音がサイン会場と現認係の頭の中でけたたましく鳴り続ける。
「コンボイです」
「コンボイだと」
コンボイとは大型トラックの輸送船団を指すスラングだった。
「馬鹿言え」
「此処は日本だぞ。夢でも見てるんじゃないか。しかも住宅地だぞ」
「二日酔いかよ」
「チッ、小便が引っ掛かっちまったじゃねえか。だからオービスにしときゃ良かったんだ」
その直後、鵜飼の目の前を巨大な海コントレーラーが通り過ぎた。目視で時速90キロ超といったところか。
「馬鹿野郎、クソが」鵜飼はペニスを仕舞いながら毒づいた。
次々と行き過ぎる大型トラック輸送船団。
うち一台が大きくケツを振ってサイン会場を吹き飛ばして行った。
停止誘導係は「止まれ」の赤い旗を道端に放り投げて雑草の中に突っ伏した。
「ひゃああ」
「ふざけやがって」
ドライバーに確認させる為のプリンターからはじき出された唯一の証拠である測定速度、日時の印字されたレシートが風に舞った。
取り調べ係が怒鳴った。
「追尾だ。ボサッとするな」
「分かってるよ。クソッタレ」
白バイに近付いた時タンクローリー車が愛車を薙ぎ倒して行った。
鵜飼はキレた。心密かに「レイ」という名を付けて可愛がってきたホンダだった。
「キーを貸せ」
「返して下さいね、先輩」
停止誘導係は泣きそうな顔をした。
「洗車して返してやるよ」
鵜飼はフルスロットルでコンボイの追跡を開始した。
片手にはピストルを握っていた。
「良い根性じゃねえか」
「緊急、緊急…本部応答どうぞ」
「本部、本部…」
「どうした」
「妨害電波です」
蝙蝠の群れがケタケタと笑う様に飛び交っていた。
けれど熱交換器の隅で産まれたのは忌まわしい呪いを掛けられたモンスターだった。
カルシウムとマグネシウムという在り来たりの物質から誕生した彼女は、歯をガチガチ鳴らしながら心もとない肉と皮だらけの身体を何とか支えていた。
その目はまだ何も見てはいなかったが獲物の匂いを嗅ぎ取る嗅覚機能はすでに十分発達していた。
弱いのは人間だけだった。人間が彼女の永遠の餌だ。
強制ブロー装置と薬剤溶解方式水処理装置を破壊して彼女はクーリングタワーという胎内からおぞましい一歩を踏み出した。
バキ… ギギギ…
優子は目を剥いた。
「物凄いのを出して来たわね」
翔太はアハハと笑った。
「名前あるの」
「シリウス」
「素敵ね。ひょっとして女の子」
シリウスは優子に飛び掛った。
のけ反って優子はシリウスの剥き出しの背骨に回し蹴りを浴びせた。
「あなたちょっと痩せ過ぎだわ」
『らうどねす』を取り囲んでいた鉄塔がジリジリとその輪をせばめていた。
蒼白い閃光が時折走って屋上のキュービクル受電設備を光り輝かせていた。季節外れのイルミネーションの様に。
ライトアップされた屋上で優子は二匹のシリウスと対峙した。
「双子ちゃんだったのね」
シリウスはキエッと吠えた。
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物陰に潜みヘッドセットを装着した現認係が突然叫んだ。
現認係は第二級陸上特殊無線技士の資格を持ったレーダーのプロフェッショナルだった。
すぐさまサイン会場に対象車両のナンバー、車種、塗色、車線等の特徴を無線か有線で伝えなければならないが現認係は卒倒寸前だった。
サイン会場とは停止誘導係、記録係、取り調べ係、追跡係らが任務に応じて待機する場所だ。
ピーッというアラーム音がサイン会場と現認係の頭の中でけたたましく鳴り続ける。
「コンボイです」
「コンボイだと」
コンボイとは大型トラックの輸送船団を指すスラングだった。
「馬鹿言え」
「此処は日本だぞ。夢でも見てるんじゃないか。しかも住宅地だぞ」
「二日酔いかよ」
「チッ、小便が引っ掛かっちまったじゃねえか。だからオービスにしときゃ良かったんだ」
その直後、鵜飼の目の前を巨大な海コントレーラーが通り過ぎた。目視で時速90キロ超といったところか。
「馬鹿野郎、クソが」鵜飼はペニスを仕舞いながら毒づいた。
次々と行き過ぎる大型トラック輸送船団。
うち一台が大きくケツを振ってサイン会場を吹き飛ばして行った。
停止誘導係は「止まれ」の赤い旗を道端に放り投げて雑草の中に突っ伏した。
「ひゃああ」
「ふざけやがって」
ドライバーに確認させる為のプリンターからはじき出された唯一の証拠である測定速度、日時の印字されたレシートが風に舞った。
取り調べ係が怒鳴った。
「追尾だ。ボサッとするな」
「分かってるよ。クソッタレ」
白バイに近付いた時タンクローリー車が愛車を薙ぎ倒して行った。
鵜飼はキレた。心密かに「レイ」という名を付けて可愛がってきたホンダだった。
「キーを貸せ」
「返して下さいね、先輩」
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「洗車して返してやるよ」
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片手にはピストルを握っていた。
「良い根性じゃねえか」
「緊急、緊急…本部応答どうぞ」
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「どうした」
「妨害電波です」
蝙蝠の群れがケタケタと笑う様に飛び交っていた。
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