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9.非常階段
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やっと一息つけそうだな」
山岸吾郎は最後の汚れた食器の山を洗浄機に突っ込んだ。
「お前また今月もボーナストップだろ」
「はあ、疲れたあ」
翔太は厨房の非常扉を開けベランダに出た。
真っ赤な太陽が西の彼方に静かに沈んでゆくところだった。
「もうすぐ夏ですねえ」
「ああまったくだ」大学八年生の吾郎は内ポケットからタバコを取り出し火を点けた。
「クソ暑い夏がまた来やがる」
「休憩したらゴミ出ししてきますよ」
「おう、じゃあ頼むわ」
ロッカールームに行き翔太はケータイの履歴を確認した。
やはり優子からのメッセージはない。
自動販売機でドリンクを買って非常階段を登った。屋上に出るととっぷり日が暮れていた。
良い風が吹いていた。
連結タイプのステーションボックスの把手を引き上げ重いゴミ袋を一つ投げ入れた。
残るはもう一つ。生ゴミがぎっしり詰まっていてこれがまた重い。
「ヨッコラセと」
ドスンと音がして嫌な臭いが辺りに満ちた。
「わあ、臭え」
思わず後じさりすると顔の前にひらひらと白く小さい紙片が漂った。
ハッと掛け声をかけ空中でつかみ取った。
「やったぜ」握った拳をゆっくり開くと手のひらにあったのは花弁だった。
「どうして桜」
翔太は花弁を手に取りネオンサインに翳してみた。
「やっぱり桜だ」
けれどこの時期に桜の花が散るはずもない。
「そうか」
何処かの部屋で誕生パーティーでもやってイベントの余興に桜を使ったのだろう。何処で桜を調達したのかは知らないが。
非常階段を昇ろうとした時、人の気配がしたのと同時に甘い声に呼び止められた。
「翔太君」
振り向くとそこにはセーラー服を着たワンレンロングの少女が立っていた。
「優子ちゃん。どうしたの」
「来ちゃったわ」
クラスメイトの木寺優子だった。
「びっくりしたな」
「ごめんなさい。驚かすつもりじゃなかったの」
「来ちゃったって、メール見てくれたの」
「ううん。メール来てないよ」
「嘘だ」
翔太はポケットをまさぐってケータイを取り出し送信履歴を見せた。
「出してるよ。ほら」
「そうね」優子は翔太が差し出したケータイを見もせずに答えた。
「まあいいや。優子ちゃん、あのさ」
「何」
「親父に教えたろ、俺が此処でバイトしてる事」
「うん。だってお父さん心配してたから」
「俺言わなかったっけ。黙っておいて欲しいって」
「言わないよ。それは言ってない」
「そうかなあ。言った気がするんだけど」
「忘れているのよ。翔太君」
優子にそう言われるとそうなのかなと思えた。
「翔太君、大丈夫かな」
「大丈夫だよ。って何が」
「何でもないの。少し疲れてるのかなと思って。アルバイト楽しいみたいね」
「いろんなお客さんがいてね。見てるだけでも楽しいよ」
「何故カラオケ屋さんを選んだの」
「時給が良いんだ。此処ね。頑張ったら頑張っただけポイントが付いてね」
「へえ。意外だな。翔太君に向いていたんだね」
「自分を発揮出来るっていう感じがしてね。それが良いんだ」
「わかるような気がする。それって幸せよね」
「皆んな楽しそうに歌を唄っている。それも良い所だ」
「翔太君、歌が好きだもんね」
「うん」
翔太は非常階段に座った。
「優子ちゃんも座るかい」
「いいの。私は」
西の空もすっかり暗くなった。
「風が強くなってきたね」
「そうね」
「寒くない」
「ちっとも。何にも感じないわ」
駐車場のライトとライトの間を黒い物が行き交った。
「蝙蝠だわ」
「怖い」
「ううん。怖くない」
黒い不吉な手紙のように蝙蝠は羽ばたき続けた。
「上に行かないかい。此処は臭いよ」翔太は鼻をつまむ振りをした。
「良いわ。翔太君がそうしたいなら」
「滑りやすいから気をつけて」
二人が非常階段を上がり出すとステーションボックスの隙間からゴミの汁が漏れ始めた。
汁はアスファルトに徐々に広がり、排水溝を求めて忌わしい触手を延ばしていった。
山岸吾郎は最後の汚れた食器の山を洗浄機に突っ込んだ。
「お前また今月もボーナストップだろ」
「はあ、疲れたあ」
翔太は厨房の非常扉を開けベランダに出た。
真っ赤な太陽が西の彼方に静かに沈んでゆくところだった。
「もうすぐ夏ですねえ」
「ああまったくだ」大学八年生の吾郎は内ポケットからタバコを取り出し火を点けた。
「クソ暑い夏がまた来やがる」
「休憩したらゴミ出ししてきますよ」
「おう、じゃあ頼むわ」
ロッカールームに行き翔太はケータイの履歴を確認した。
やはり優子からのメッセージはない。
自動販売機でドリンクを買って非常階段を登った。屋上に出るととっぷり日が暮れていた。
良い風が吹いていた。
連結タイプのステーションボックスの把手を引き上げ重いゴミ袋を一つ投げ入れた。
残るはもう一つ。生ゴミがぎっしり詰まっていてこれがまた重い。
「ヨッコラセと」
ドスンと音がして嫌な臭いが辺りに満ちた。
「わあ、臭え」
思わず後じさりすると顔の前にひらひらと白く小さい紙片が漂った。
ハッと掛け声をかけ空中でつかみ取った。
「やったぜ」握った拳をゆっくり開くと手のひらにあったのは花弁だった。
「どうして桜」
翔太は花弁を手に取りネオンサインに翳してみた。
「やっぱり桜だ」
けれどこの時期に桜の花が散るはずもない。
「そうか」
何処かの部屋で誕生パーティーでもやってイベントの余興に桜を使ったのだろう。何処で桜を調達したのかは知らないが。
非常階段を昇ろうとした時、人の気配がしたのと同時に甘い声に呼び止められた。
「翔太君」
振り向くとそこにはセーラー服を着たワンレンロングの少女が立っていた。
「優子ちゃん。どうしたの」
「来ちゃったわ」
クラスメイトの木寺優子だった。
「びっくりしたな」
「ごめんなさい。驚かすつもりじゃなかったの」
「来ちゃったって、メール見てくれたの」
「ううん。メール来てないよ」
「嘘だ」
翔太はポケットをまさぐってケータイを取り出し送信履歴を見せた。
「出してるよ。ほら」
「そうね」優子は翔太が差し出したケータイを見もせずに答えた。
「まあいいや。優子ちゃん、あのさ」
「何」
「親父に教えたろ、俺が此処でバイトしてる事」
「うん。だってお父さん心配してたから」
「俺言わなかったっけ。黙っておいて欲しいって」
「言わないよ。それは言ってない」
「そうかなあ。言った気がするんだけど」
「忘れているのよ。翔太君」
優子にそう言われるとそうなのかなと思えた。
「翔太君、大丈夫かな」
「大丈夫だよ。って何が」
「何でもないの。少し疲れてるのかなと思って。アルバイト楽しいみたいね」
「いろんなお客さんがいてね。見てるだけでも楽しいよ」
「何故カラオケ屋さんを選んだの」
「時給が良いんだ。此処ね。頑張ったら頑張っただけポイントが付いてね」
「へえ。意外だな。翔太君に向いていたんだね」
「自分を発揮出来るっていう感じがしてね。それが良いんだ」
「わかるような気がする。それって幸せよね」
「皆んな楽しそうに歌を唄っている。それも良い所だ」
「翔太君、歌が好きだもんね」
「うん」
翔太は非常階段に座った。
「優子ちゃんも座るかい」
「いいの。私は」
西の空もすっかり暗くなった。
「風が強くなってきたね」
「そうね」
「寒くない」
「ちっとも。何にも感じないわ」
駐車場のライトとライトの間を黒い物が行き交った。
「蝙蝠だわ」
「怖い」
「ううん。怖くない」
黒い不吉な手紙のように蝙蝠は羽ばたき続けた。
「上に行かないかい。此処は臭いよ」翔太は鼻をつまむ振りをした。
「良いわ。翔太君がそうしたいなら」
「滑りやすいから気をつけて」
二人が非常階段を上がり出すとステーションボックスの隙間からゴミの汁が漏れ始めた。
汁はアスファルトに徐々に広がり、排水溝を求めて忌わしい触手を延ばしていった。
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