上 下
44 / 49
第五章 撃癒師と一撃殺と暗黒街の花嫁

第44話 悲嘆のカール

しおりを挟む
 まるで恋人同士が互いの心をそこに垣間見ようとする仕草にそっくりで、ロニーの深い湖のような苔色の瞳には、好奇心の三文字がでかでかと浮かび上がっていた。
 色気のない光景だ、とカールは大きくため息をつく。

「侯爵の能力は、特殊な力場を形成して、空間をある程度操ることのできるスキルだ、とも言っていた。誰かの使う能力によく似てるなと思って」
「誰だっけ」
「君の、魔猟師のスキルによく似ているでしょ。意思の力で世界の裏側から空間に干渉して特殊な力場を作り出し、空間を思うがままに操ることができるスキルなんて、滅多にないよ」
「ある意味、撃癒も似たようなものじゃない」
「僕のことはどうでもいいの。魔族の新興勢力が勢力を広げたいがために、この王国の闇社会に生きる者たちと手を組み、王国を後ろから支配しようとしてる。それを阻止するために力を貸して欲しい」
「そこだよ、そこ。どうしてそこにボクが必要なのさ。しかも、戦闘に向いた魔猟師ではなくて、魔石彫金技師の腕前とか意味が分からない」
「ブルーサンダース財閥とその新興勢力が手を結んでいるんだとか。魔石は僕の身長を遙かに越える大きさなんだ。そんな大物を売買するとなれば、闇のマーケットしかないでしょ」
「細かく砕かにしてもそれなりに腕のある職人がやらないと価値が出ないからね。ブルーサンダースかあ、いいお得意さんではあるんだけど」
「そうなの?」
「そりゃそうでしょ。裏ではどんなことをしているとしても、表向きはちゃんとした商売人だからね。ボクの店のお得意さんでもある。同じ4大マフィアの中で、ブラックファイアさんもお得意さんの一つだけど」
「あ……」
「そっちの関係があるの? まあ、黒狼なんて種族が出てきた時点で、御察しだけど」

 黒狼族は横のつながりが強い。王都の南西部に広がる商業区を中心に闇社会を支配するブラックファイアは、その周辺の区域に同族たちを住まわせていた。

「あそこのビッグボスのお嬢様、そろそろ結婚するらしいね」

 あの小オオカミが結婚? いやいや、姉、という可能性もある。
 あんなに子供子供している性格では、嫁いだところでいいように弄ばれて終わりだろう。

「それは知らなかった。僕が出会ったのはイライザとその護衛をしていたケリーだけど」
「マルチナさんだからイライザさんの上のお姉さんじゃないかな。しかしまだケリーなんて物騒な名前が飛び出たね。やっぱり君は厄介事に巻き込まれる性質を持ってるんだよ。奥様たちが可哀想」
「そんな」

 トラブル体質なのは認める。だからってそこまで言うことないじゃないか。
 あまりもの暴言に涙が湧き出しそうだ。

 人付き合いが苦手で、ストレスにも弱い少年をからかうのは、そろそろ終わりにしてやろう。
 秘密を全部話さずに自分を都合よく使おうとした罰だ。

 なんとなく気が晴れたから、ロニーはカールを解放してやることにした。
 ちょうど窓の向こうには、行政区域が立ち並び始めている。

 貴族院はこの並びのもう少し入ったところにあった。

「ケリーは黒狼の中でもランクAに入るほどの腕前だって話、知らないの? 元冒険者で、聖戦にも何度も参加している黒の魔炎使い。有名な魔族の剣士たちが彼女と戦って、槍の穂先に命を散らしたって逸話もある。内気なのは別に悪いことじゃないけど、愛する女性がいるならもう少し周りに気を配るべきだね」
「なんかもう滅茶苦茶だよ」
「はいはい。君の泣き言なんて誰も聞きたくないから。それは家に戻って奥様達にぼやいてね」

 ロニーがいきなりバタンとドアを開ける。
 それはカールの真横の扉だった。

 ほら行って来い、と勢いよく蹴り出されて地面とキスをしそうになった。
 慌てて片手で受け身を取ると、その場でくるり、と一回転。

 体勢を整えて地面に立つと、ロニーの乗った馬車は視界のどこにも存在しない。

「やられた……」

 空間を操る魔猟師のスキルにまんまと嵌められた。
 耳の側で、「魔石のことは調べておくよ」とロニーの甘いささやきが響いて消えていく。

 朝早くから散々な目にあって、心の奥の大事な何かを踏みにじられた気分になり、しょぼんと肩を落としたカールは、とぼとぼと目の前にある貴族院の門をくぐった。
 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ユウ
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

修行マニアの高校生 異世界で最強になったのでスローライフを志す

佐原
ファンタジー
毎日修行を勤しむ高校生西郷努は柔道、ボクシング、レスリング、剣道、など日本の武術以外にも海外の武術を極め、世界王者を陰ながらぶっ倒した。その後、しばらくの間目標がなくなるが、努は「次は神でも倒すか」と志すが、どうやって神に会うか考えた末に死ねば良いと考え、自殺し見事転生するこができた。その世界ではステータスや魔法などが存在するゲームのような世界で、努は次に魔法を極めた末に最高神をぶっ倒し、やることがなくなったので「だらだらしながら定住先を見つけよう」ついでに伴侶も見つかるといいなとか思いながらスローライフを目指す。 誤字脱字や話のおかしな点について何か有れば教えて下さい。また感想待ってます。返信できるかわかりませんが、極力返します。 また今まで感想を却下してしまった皆さんすいません。 僕は豆腐メンタルなのでマイナスのことの感想は控えて頂きたいです。 不定期投稿になります、週に一回は投稿したいと思います。お待たせして申し訳ございません。 他作品はストックもかなり有りますので、そちらで回したいと思います

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...