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忌み子と奇跡の魔法

無能な伯爵

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「オリビア様、サンドラ様っ!?」

 姉妹の口げんかを聞きつけた宮廷魔導師は、膨れ上がる憎悪の負の感情のすさまじさに目を見開いた。
 これは自分では抑えきれないかもしれない――。

「オリビア! なりませんっ――心を鎮めるんだ!」

 場を諌めようとするライオットの叫びはしかし、オリビアの耳には届かない。
 彼女の心に入り込める誰かは、この場にはいなかった。

「醜い顔をしていらっしゃるわ、お姉さま。それでも――殿下の婚約者なの……」
「心の醜さが顔に出てこないあなたよりはましよ……」

 両親はどこまでも妹の暴走を許してしまうだろうから。
 姉である自分が最後に手を下すしかない。
 いつものわがままだったら、温和なオリビアもここまで怒らなかっただろう。
 だが、この日は話しがちがった。
 妹はオリビアの婚約者をよこせと言い出したのだから。
 だからこそ――だからこそ、この場で妹を止めなければならない。
 理性の壁が怒りを押し止めようとして、しかし……最後の妹の一言が、オリビアの中に積もりに積もった憎しみを解放してしまう。

「やはりあなたはここで死ぬべきだわ、……サンドラ」
「お姉さま――ッ!? 実の妹を本気で殺すおつもりなの……?」
「ええ、そうかもね……」

 オリビアは不敵に笑う。
 その意味を知る妹は、途端、襲いかかって来る恐怖に打ちひしがれて全身を震わせた。
 
 姉は、禁じられた魔法を使おうとし、その意識は結界を管理している宮廷魔導師の目の間で、いびつな悪意ある波動を生み出してしまう。
 ぴしりっ、と見えないはずの世界の壁に異質な亀裂が走るのが、その場にいた全員の目に確認できた。
 死ね。
 その呪いの言霊がサンドラに、黒い羽虫の群れのようになって襲いかかったとき。
 宮廷魔導師は壊れかけた結界を最小化し、妹の側へ走り込むと、呪いを遮るそれをどうにか張り巡らすことができた。
 
「サンドラ!?」

 オリビアの呪詛は一瞬だけのものだった。
 陽光に霞が溶け消えていくかのように、煙となって消滅する。
 後に残されたのは光の膜のようなものに覆われた二人の男女――宮廷魔導師ライオットと妹のサンドラだけ。
 姉は魔法の失敗を悟ると、その場に崩れ落ちてしまう。
 彼女は感情や心が壊れてしまったかのようにただただ涙を流し、後悔の許しを得る言葉を呟き、どう見てもまともな状態ではなかった。

「一体、何が起こった……。娘たちに何が――!?」
「……一部始終を聞いていたわけではありませんが、どうやらサンドラ様の際限のない欲求が――オリビア様の心に抱えきれないほどの負担をかけ続けた。その結果ではないかと、思いますな」

 伯爵の問いかけにライオットは説明をする。
 そこには甘やかし続けた両親たちへの嫌味がふんだんに込められていた。

「どういうことだ? 娘たちはどうなる? 元に戻るのか!? オリビア――お前、なんてことを――!!」

 床に伏して神に許しを請う言葉を唱え続ける姉に向かい、伯爵は暴力をもって彼女を裁こうとする。
 しかし、彼の心には言霊魔法への本能的な恐怖があったのか……手を上げても近づいてそれを振り下ろすことは、伯爵にはできなかった。

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