上 下
5 / 15
プロローグ

第5話 愛の告白

しおりを挟む
「あなた私のことが好き?」
「もちろん。他の誰も目に入らないくらい‥‥‥ずっと昔から好きだった。今でも好きだ」
「目が左を向いてない」
「は?」

 エレナは拳を解くと、人差し指で彼にとっての左をしめした。

「ルシアードは気づいてないかもしれないけれど、あなた、左を向くから。嘘を言うときに限って」
「……いつから」

 自分でも知らない真実を教えられて、青年は絶句する。
 これまで何度、そうやって嘘を見破られたんだろうと、とっさに思考を巡らせる。

「12歳のとき、一緒に夏休みを利用して、魔猟に行ったじゃない。魔獣を目の前にして私はもう少し待った方がいいって忠告したのに、あなたは魔猟を優先して「わかった」って言った。そのとき、目が左をね?」
「そんな大事なこと教えていいのか? これからだって――」
「言わないでしょ? 言わないって信じてる」
「言わない‥‥‥約束する」
「だったらあなたは濡れ衣を着せられたことになる。それともそうやってくれて頼まれたの? エリオットがロレインのことを気に入らなくなって、どうしても別れたくなったからとか」
「そんな話はなかったな。あいつはその日の夜に伯爵様に呼び出されて、実家に戻って行った」

 今日は何曜日だったか。
 エレナは頭の中でなんとなく考える。

 今日は火曜日だ。
 彼の研究は毎週火曜日に休日を迎える。

 でも学生として授業は受けないといけないから放課後の数時間だけ、2人は恋人に戻ることができた。
 2ヶ月ぶりだったのに‥‥‥。

 自分でもだめだと思いながら、とんでもないことになったと、大きなため息をついてしまう。
 姉は一体何をしでかしたのか。
 恋人まで巻き込んで、あの二人はどういった理由から婚約破棄を思いついたのか。

「お姉ちゃんはまだ家に戻ってきてないわ」
「ロレインは伯爵家の侍女として、寮以外でのエリオットの身の回りの世話をしていたからな。一緒に連れて行かれたよ。戻ったと言うべきか」
「戻ってきたら殴ってでも秘密を聞きだすわ。あなたにまで、不名誉な思いをさせるなんて、妹としても恋人としても姉を赦せない」
「俺のことは信じてくれるのか?」
「それはもちろん。だって世界に1人だけしかいない、私のあなただし」

 どうやらルシアードは殴られる未来を予想していたらしい。
 もうちょっと恋人を信じて欲しいもんだわ、とエレナは鼻息を荒くする。

 確かに。ランクCの冒険者ではあるけれども。
 何よりもまず、彼のことが大好きで愛おしくて、この世で一番大事な存在なのは変わらない。

 彼にとっても自分がそうであって欲しいと願ってやまなかった。

「そこまで言い切れるのは一つの才能だな。結婚を申し込まれてるみたいでちょっとびっくりしたよ」
「結婚までは――まだ」

 と、エレナは勢いで言ってしまった手前、顔を赤くする。
 胸から離れ頭一つ分背の高い恋人を見上げた。

「いずれきちんとした申し込みをする。俺は四男だから、自分で独立しないといけない。だからそれまでは、な?」
「お父さんが入り婿でもかまわないって言ってるけど。男爵様がそれを許すかどうかは分からないわね」
「俺たちの仲は誰にも言ってないからな‥‥‥」
「早くみんなに言えるようになったらいいのにね」
「すまん」

 世間に向けて愛し合っている仲であることを公表できないのはちょっと辛い。
 別に恋愛するだけだったら、バカな恋愛カップルみたいにあっちこっちに吹聴して回るようなことはしたくない。

 結婚しようという約束は、12歳のあの時からずっと変わることなく二人の胸の中で息づいている。
 けれどもそれを表に出せないのはひとえに、ルシアードが貴族だということにあった。

 貴族は個人的な恋愛よりも家同士の繋がりが重要視される。
 個人の意志は家の事情によって左右され、貴族にとって恋愛は必要ないのだ。

 他の貴族子弟子女と同じく、恋愛禁止の王立学院分校に彼があずけられていることが、それを物語っていた。

「それについてはいずれ話し合いましょう。とにかくお姉ちゃんのことよ」
「立ち直りが早いな‥‥‥君らしいよ、エレナ」
「私たちの仲が大事じゃないってことじゃないの。あなたが巻き込まれているっていうことが今が重要だと思う」
「俺もそう思う。というか、これが家にまで届いたら俺はまちがいなく、領地から外にだしてもらえなくなる」
「そうなったら全部終わりだから――」

 とっさに思いついた言葉は逃げましょうだった。
 いやいや何を考えているんだ、自分。
 エレナは慌てて頭を振り、悪魔のささやきを分散させる。

 駆け落ちなんてもっとまずい。
 Cランク冒険者としての腕前があれば、どこの土地でも生きて行けるだろうし、会計士としての資格があれば、ルシアードには研究に打ち込んでもらって、自分が働き養えばいい。

 それが現実的にできてしまうエレナは、いざとなれば恋人を誘拐してでも――なとど婦女子らしからぬ想いに駆られてしまう。

 悩ましい誘惑と脳内で闘う恋人を怪しい目つきで見下ろしつつ、ルシアードはこれから先のことについて話を始めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

混沌の刻へ

風城国子智
ファンタジー
ファンタジー長編。 困り果てた少女に手を貸すだけだったはずの冒険者たちは、知らず知らずのうちに『世界の運命』に巻き込まれてしまっていた。 ※小説家になろう、pixiv、BCCKS掲載。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

仮想戦記:蒼穹のレブナント ~ 如何にして空襲を免れるか

サクラ近衛将監
ファンタジー
 レブナントとは、フランス語で「帰る」、「戻る」、「再び来る」という意味のレヴニール(Revenir)に由来し、ここでは「死から戻って来たりし者」のこと。  昭和11年、広島市内で瀬戸物店を営む中年のオヤジが、唐突に転生者の記憶を呼び覚ます。  記憶のひとつは、百年も未来の科学者であり、無謀な者が引き起こした自動車事故により唐突に三十代の半ばで死んだ男の記憶だが、今ひとつは、その未来の男が異世界屈指の錬金術師に転生して百有余年を生きた記憶だった。  二つの記憶は、中年男の中で覚醒し、自分の住む日本が、この町が、空襲に遭って焦土に変わる未来を知っってしまった。  男はその未来を変えるべく立ち上がる。  この物語は、戦前に生きたオヤジが自ら持つ知識と能力を最大限に駆使して、焦土と化す未来を変えようとする物語である。  この物語は飽くまで仮想戦記であり、登場する人物や団体・組織によく似た人物や団体が過去にあったにしても、当該実在の人物もしくは団体とは関りが無いことをご承知おきください。    投稿は不定期ですが、一応毎週火曜日午後8時を予定しており、「アルファポリス」様、「カクヨム」様、「小説を読もう」様に同時投稿します。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

婚約破棄された悪役令嬢。そして国は滅んだ❗私のせい?知らんがな

朋 美緒(とも みお)
ファンタジー
婚約破棄されて国外追放の公爵令嬢、しかし地獄に落ちたのは彼女ではなかった。 !逆転チートな婚約破棄劇場! !王宮、そして誰も居なくなった! !国が滅んだ?私のせい?しらんがな! 18話で完結

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...