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プロローグ
第1話 姉の奉公
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まだほんのおさないころから、四人はいつも一緒だった。
四人の住む海運都市ラーベラは陸地がひろく、はるかとおくの山脈まで扇状に平野が広がっている。
そんな都市のいたるところに魔鉱石を加工する煙をにがすための煙突が立っていて、訪れたひとはこの都市を「煙突が第二の屋根みたいな街だ」とよく評していた。
領主と仲がよく、二十年前に街をおそったドラゴンを倒した竜殺しが経営する銀行の空き地は、子どもたちにとって、非常に安全な遊び場所。
ポプラ、ニレ、銀杏やカエデといった色鮮やかな木々が、気候の温暖な土地で夏と冬にさまざまな色彩を見せてくれる。
その葉っぱを集めたり、習いたての言葉や、歴史の本などを語ったりして、四人はいつもおもいおもいに、遊んだり会話を交わしたり、たまには姉妹の父親が過去にやった「竜殺し」ごっこをやったりして、交流を深めていた。
領主の息子エリオットは真っ白な肌によく脂肪がついてまるまると太り、姉のロレインから子豚みたいとからかわれて、いつも寂しそうにしていた。
エレナは早熟で、当時は四歳。
姉のロレインとエリオットは六歳で、いつも彼らについてまわる男爵家の四男、ルシアードはエレナとおない年だった。
言い過ぎだ、とエレナはロレインをたしなめた。
いつも母親がそしているように、しかるように言って聞かせる。
「お姉ちゃん、口が悪いよ。エリオットが泣いてるじゃない。お母さんも駄目だって言ってたよ? ロレインはもっとかしこくするべきだって」
「あなた、お母さんみたいね。別にそんなつもりじゃないの‥‥‥ごめんなさい、エリオット」
ロレインはいつも口が悪くて、たえず誰かを泣かせては、自分の性格の一部分、意地のわるいところを呪ってしまう。
そんな彼女の後悔した顔を見ると、エリオットはたえず自分を責めたような顔をした。
「いいよ、ロレインの言ってることは間違ってない」
「でも、私――」
「いいから」
謝罪と拒絶。
ふつうならこんな関係を、子どもは拒絶する。
めんどうくさいし、ややこしいし、かんがえるだけでしんどくなるから。
でも、ロレインは少し違った。
どんな相手にでも自分を理解して欲しいロレインは、エリオットにもそれを求めた。
いやがられても後に引こうとしない。
会話を試み、たまに嫌味をはさみつつ、頑なに開かないエリオットの心を、いつかロレインは自分の色で染めてしまった。
いや、染めたというのはおかしな表現かもしれない。
エリオットの心にずっと消えない足跡をのこしたのだ。
理解者、として。
悪口を言い、彼を遠ざける身内とちがって、彼女ならさみしい胸内を晒しても、受け入れてくれるのだ、とエリオットは信じてしまった。
魔法のようなものをかけてしまったのかもしれない。
解けない呪いをあたえたのかもしれない。
伯爵家の第一令息ながら庶子として疎まれ、生まれてすぐに母親を亡くした彼は本宅ではなく、別宅で幾人かの使用人をつけて育てられた。
生まれて間もなく孤独という環境に生きてきた彼のことだから、いきなり現れてぴったりと閉じてしまった貝殻みたいな彼の心を、力技でグイグイと押し明け中に踏み込んできたロレインはとんでもない侵略者だった。
だけどとても優しくて理解してくれる、素晴らしい侵略者だった。
だからかもしれない。
伯爵様がいずれ爵位を継ぐであろう別宅で住む息子のために、行儀見習いとして親類縁者や知人、友人たちに声をかけ同年代の少女を求めたとき。
ロレインはみずから真っ先に手を挙げた。
四人の住む海運都市ラーベラは陸地がひろく、はるかとおくの山脈まで扇状に平野が広がっている。
そんな都市のいたるところに魔鉱石を加工する煙をにがすための煙突が立っていて、訪れたひとはこの都市を「煙突が第二の屋根みたいな街だ」とよく評していた。
領主と仲がよく、二十年前に街をおそったドラゴンを倒した竜殺しが経営する銀行の空き地は、子どもたちにとって、非常に安全な遊び場所。
ポプラ、ニレ、銀杏やカエデといった色鮮やかな木々が、気候の温暖な土地で夏と冬にさまざまな色彩を見せてくれる。
その葉っぱを集めたり、習いたての言葉や、歴史の本などを語ったりして、四人はいつもおもいおもいに、遊んだり会話を交わしたり、たまには姉妹の父親が過去にやった「竜殺し」ごっこをやったりして、交流を深めていた。
領主の息子エリオットは真っ白な肌によく脂肪がついてまるまると太り、姉のロレインから子豚みたいとからかわれて、いつも寂しそうにしていた。
エレナは早熟で、当時は四歳。
姉のロレインとエリオットは六歳で、いつも彼らについてまわる男爵家の四男、ルシアードはエレナとおない年だった。
言い過ぎだ、とエレナはロレインをたしなめた。
いつも母親がそしているように、しかるように言って聞かせる。
「お姉ちゃん、口が悪いよ。エリオットが泣いてるじゃない。お母さんも駄目だって言ってたよ? ロレインはもっとかしこくするべきだって」
「あなた、お母さんみたいね。別にそんなつもりじゃないの‥‥‥ごめんなさい、エリオット」
ロレインはいつも口が悪くて、たえず誰かを泣かせては、自分の性格の一部分、意地のわるいところを呪ってしまう。
そんな彼女の後悔した顔を見ると、エリオットはたえず自分を責めたような顔をした。
「いいよ、ロレインの言ってることは間違ってない」
「でも、私――」
「いいから」
謝罪と拒絶。
ふつうならこんな関係を、子どもは拒絶する。
めんどうくさいし、ややこしいし、かんがえるだけでしんどくなるから。
でも、ロレインは少し違った。
どんな相手にでも自分を理解して欲しいロレインは、エリオットにもそれを求めた。
いやがられても後に引こうとしない。
会話を試み、たまに嫌味をはさみつつ、頑なに開かないエリオットの心を、いつかロレインは自分の色で染めてしまった。
いや、染めたというのはおかしな表現かもしれない。
エリオットの心にずっと消えない足跡をのこしたのだ。
理解者、として。
悪口を言い、彼を遠ざける身内とちがって、彼女ならさみしい胸内を晒しても、受け入れてくれるのだ、とエリオットは信じてしまった。
魔法のようなものをかけてしまったのかもしれない。
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だけどとても優しくて理解してくれる、素晴らしい侵略者だった。
だからかもしれない。
伯爵様がいずれ爵位を継ぐであろう別宅で住む息子のために、行儀見習いとして親類縁者や知人、友人たちに声をかけ同年代の少女を求めたとき。
ロレインはみずから真っ先に手を挙げた。
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