上 下
44 / 51
月の光

03_幸せな時間

しおりを挟む
 激しく雨が打ち付けるなか、僕は、地面に倒れるジーナを見つめていた。

「鬼山くんなの?」

 彼女は、僕に問いかける。

「そうだ......これが、今の僕なんだ。醜いだろ?」

 水たまりには、半獣となり悲しい表情を浮かべる僕の顔が映っていた。

 彼女を助け出すためには、半獣の姿になって極限まで身体能力を上げる必要があった。

 アルバートの時と同じだ。半獣の姿を見られて、彼とは軋轢が生じてしまった。

 きっと、彼女も、半獣の僕を見て、恐ろしく哀れに感じているに違いない。

 だけど、ジーナは、怖がるどころか、優しく微笑んでいた。僕の顔についた雨が、涙のように頬を伝って、彼女の顔に零れた。

 ジーナは、片手を伸ばして、僕の頬に触れた。

「そんな悲しい顔しないで。醜くなんかないよ」

 優しく、悲しみに暮れる僕に、声をかけた。

「どうして......こんな僕を受け入れてくれるの?」

 普通の人から見れば、人の血肉を食らう化け物だ。そんな半獣の姿になった僕に優しい言葉をかけてくれるなんて。

「だって、私は、鬼山くんのことがずっと大好きだから。半獣になっても、鬼山くんは鬼山くんだもの」

 ジーナは、そう言って、笑顔を浮かべて、自分の気持ちを伝えた。彼女は、半獣の見た目ではなく、僕の心を見てくれた。それが、何より、嬉しくて、僕も自ずと笑顔になった。

「そんなことを言ってくれるのは、世界中探しても、きっと君だけだ。僕も、君のことが好きになってしまったみたいだ」

 僕らは、立ちあがり、手を繋ぐと、コンサートホールまで歩いていく。僕らが歩く地面は、水溜まりが光を反射して、色鮮やかに美しく煌めいていた。

 半獣である僕は彼女に恋をした。半獣として生きていくと決めたはずなのに、人間である彼女とともに生きたいと思い始めている。ジーナの言う通り、僕は、戻れるものなら、人間だった頃の平凡な生活に戻りたい。

 だけど、世界は、理不尽で、僕を特別扱いはしない。生半可な覚悟では、襲い来る逆流に押し流されてしまう。彼女と一緒なら、あるいは、僕が彼女のように強い意思と覚悟を持てたなら、何か状況が変わるかもしれないーー。

 ◇◇◇

 一週間後。

 僕は、身体に異変が起きた。時々、めまいがして、身体に力が入らない。原因は明確だった。半獣になってから何も、食料を口にしていないからだった。半獣の食料は、血肉。それ以外のものは、全く受け付けない。ただし、液体に関しては、摂取できるようだった。

 現在まで、水分だけでなんとか生きているが、このまま、何も食べなければ、飢え死にしてしまうだろう。

 半獣のみんなは、死体屋から人肉を調達し、それを食して生活していた。僕の身体は、絶えず人肉を求め、腹が鳴り、口の中によどれが溢れ出た。

 だけど、僕は人間であろうとした。彼女と出会い、人間としてありたいと強く思うようになっていた。

 人肉を食せば、僕は人間ではなくなるのではないか。人肉を食らうなどという野蛮な行為は、できない。と、人肉を食らうことに必死に抵抗していた。

「本当に、人肉を食べなくても大丈夫?」

 蛇女ムグリが心配そうに、人肉を食べなくて大丈夫か聞いてくれたけれど、僕はそのたびにこう答え続けた。

「大丈夫です。食欲がなくて」

 本当は、お腹がすいて堪らなかった。今すぐにでも、人肉にかぶりつきたい。

「ガキの好きにさせてやれ。いつか、どうせ食うことになるんだからよ」

 そんな狼男アウルフの言葉が聞こえた。

 半獣として生きるならば、人肉を食べることは避けられない。

 ーーいつか、僕も、人肉を食らって、本当の意味で、半獣になる日が来るのだろう。

 外に出掛けると、時々、ジーナに会った。彼女との繋がりが、人との唯一の繋がりとなっていた。彼女は、僕が生きていることを周りに話さないでいてくれた。もちろん、半獣の話も、内緒にしてくれた。

 幾度も彼女と話したり、笑ったり、同じ時を過ごしたりする内に、どんどん僕は彼女の魅力にひかれていった。

 僕は、人を食らう半獣で、ジーナは、普通の人間。決して、実ることのない恋だということは分かっているけれど、内から溢れでるこの気持ちを抑えることができない。

 今日は、喫茶店でコーヒーを飲みながら、彼女と話した。

「僕は、迷っているんだ。この先、どう歩めばよいのか分からなくなってる。本当は、半獣になった今でも、人間だった頃の生活に戻りたい」

「あなたは、ちゃんと、やりたいことがあるじゃない。私がどうこう言う話ではないと思うけれど、私なら、やりたいことに向かって進むわ。それが、過酷でつらいものであったとしても」

「君なら、そう言うんじゃないかって思ってたよ。僕は、残念ながら、君ほど強くはない。でも、君となら、何だってできる気がするんだ。だから.......僕のそばにいてくれないか?」

 僕は、勇気を振り絞って、彼女に自分の思いを伝えた。

「嬉しい、私も、あなたにそばにいてほしい......」

 ジーナは、満面の笑みを浮かべた。

「君と一緒なら、半獣になっても、人間で居続けられる気がするんだ」

「半獣としても人間としても、生きていく道を行くのね。なんだか、欲張りね。でも、いいと思う。覚悟なんて言葉で、生き方をひとつに絞る必要なんてないと思う」

「実は、半獣の僕と、こうやって話をしてくれる人間は、ジーナ以外もういないんだ。ジーナが、僕にとって、唯一の支えなんだ」

 何気ない彼女との会話一つ一つが幸せに感じられた。彼女といる時は、僕は、自分が半獣であることを忘れられた。このまま、永遠に、彼女と幸せな時を過ごしたい。

「行こう。一緒に行きたいところがたくさんあるんだ。本は、好き?一緒に図書館に行って小説を読まない?」

「いいわね。ちょうど図書館で小説を読みたいと思っていたところなの」

 僕たちは、立ちあがり図書館に向かおうとした時だった。僕は、いつものめまいがして、視界が左右に揺れた。全身の力が抜けて、立っていられなくなった。

 そのまま、喫茶店の床に倒れ込んだ。徐々に視界が真っ暗になっていく。薄れ行く意識の中、心配して何度も彼女の呼び掛ける声が聞こえた。

「鬼山くん!鬼山くん!」
 
(ごめん、ジーナ)

 僕の意識は、暗闇の深淵へと吸い込まれていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結済】昼と夜〜闇に生きる住人〜

野花マリオ
ホラー
この世の中の人間は昼と夜に分けられる。 昼は我々のことである。 では、夜とは闇に生きる住人達のことであり、彼らは闇社会に生きるモノではなく、異界に棲むモノとして生きる住人達のことだ。 彼らは善悪関係なく夜の時間帯を基本として活動するので、とある街には24時間眠らない街であり、それを可能としてるのは我々昼の住人と闇に溶けこむ夜の住人と分けられて活動するからだ。そりゃあ彼らにも同じムジナ生きる住人だから、生きるためヒト社会に溶け込むのだから……。

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

滅・百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話

黒巻雷鳴
ホラー
目覚めるとそこは、扉や窓のない完全な密室だった。顔も名前も知らない五人の女性たちは、当然ながら混乱状態に陥り── あの悪夢は、いまだ終わらずに幾度となく繰り返され続けていた。 『この部屋からの脱出方法はただひとつ。キミたちが恋人同士になること』 疑念と裏切り、崩壊と破滅。 この部屋に神の救いなど存在しない。 そして、きょうもまた、狂乱の宴が始まろうとしていたのだが…… 『さあ、隣人を愛すのだ』 生死を賭けた心理戦のなかで、真実の愛は育まれてカップルが誕生するのだろうか? ※この物語は、「百合カップルになれないと脱出できない部屋に閉じ込められたお話」の続編です。無断転載禁止。

魔人狩りのヴァルキリー

RYU
ホラー
白田サトコ18歳ー。幼少の頃から不運続きで、何をやってもよくない方向に転がってしまうー。唯一の特技が、霊や異形の怪人の気配を感じたり見えると言う能力ー。サトコは、昔からずっとこの能力に悩まされてきた。 そんなある日の事ー。交通事故をきっかけに、謎の異能力を持つハンターの少女と遭遇し、護ってもらう代わりに取引をする事になる。彼女と行動を共にし悪霊や魔物と戦う羽目になるのだった。

こっくりさんの言ったこと

津田ぴぴ子
ホラー
バイトの同僚に誘われて、こっくりさんをやった時の話。

たたた

星来香文子
ホラー
とある離島で起きた、奇妙な出来事…… 何も信じられない、短編ホラーです。(全10話) ※カクヨムにも掲載しています

処理中です...