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月の光
03_幸せな時間
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激しく雨が打ち付けるなか、僕は、地面に倒れるジーナを見つめていた。
「鬼山くんなの?」
彼女は、僕に問いかける。
「そうだ......これが、今の僕なんだ。醜いだろ?」
水たまりには、半獣となり悲しい表情を浮かべる僕の顔が映っていた。
彼女を助け出すためには、半獣の姿になって極限まで身体能力を上げる必要があった。
アルバートの時と同じだ。半獣の姿を見られて、彼とは軋轢が生じてしまった。
きっと、彼女も、半獣の僕を見て、恐ろしく哀れに感じているに違いない。
だけど、ジーナは、怖がるどころか、優しく微笑んでいた。僕の顔についた雨が、涙のように頬を伝って、彼女の顔に零れた。
ジーナは、片手を伸ばして、僕の頬に触れた。
「そんな悲しい顔しないで。醜くなんかないよ」
優しく、悲しみに暮れる僕に、声をかけた。
「どうして......こんな僕を受け入れてくれるの?」
普通の人から見れば、人の血肉を食らう化け物だ。そんな半獣の姿になった僕に優しい言葉をかけてくれるなんて。
「だって、私は、鬼山くんのことがずっと大好きだから。半獣になっても、鬼山くんは鬼山くんだもの」
ジーナは、そう言って、笑顔を浮かべて、自分の気持ちを伝えた。彼女は、半獣の見た目ではなく、僕の心を見てくれた。それが、何より、嬉しくて、僕も自ずと笑顔になった。
「そんなことを言ってくれるのは、世界中探しても、きっと君だけだ。僕も、君のことが好きになってしまったみたいだ」
僕らは、立ちあがり、手を繋ぐと、コンサートホールまで歩いていく。僕らが歩く地面は、水溜まりが光を反射して、色鮮やかに美しく煌めいていた。
半獣である僕は彼女に恋をした。半獣として生きていくと決めたはずなのに、人間である彼女とともに生きたいと思い始めている。ジーナの言う通り、僕は、戻れるものなら、人間だった頃の平凡な生活に戻りたい。
だけど、世界は、理不尽で、僕を特別扱いはしない。生半可な覚悟では、襲い来る逆流に押し流されてしまう。彼女と一緒なら、あるいは、僕が彼女のように強い意思と覚悟を持てたなら、何か状況が変わるかもしれないーー。
◇◇◇
一週間後。
僕は、身体に異変が起きた。時々、めまいがして、身体に力が入らない。原因は明確だった。半獣になってから何も、食料を口にしていないからだった。半獣の食料は、血肉。それ以外のものは、全く受け付けない。ただし、液体に関しては、摂取できるようだった。
現在まで、水分だけでなんとか生きているが、このまま、何も食べなければ、飢え死にしてしまうだろう。
半獣のみんなは、死体屋から人肉を調達し、それを食して生活していた。僕の身体は、絶えず人肉を求め、腹が鳴り、口の中によどれが溢れ出た。
だけど、僕は人間であろうとした。彼女と出会い、人間としてありたいと強く思うようになっていた。
人肉を食せば、僕は人間ではなくなるのではないか。人肉を食らうなどという野蛮な行為は、できない。と、人肉を食らうことに必死に抵抗していた。
「本当に、人肉を食べなくても大丈夫?」
蛇女ムグリが心配そうに、人肉を食べなくて大丈夫か聞いてくれたけれど、僕はそのたびにこう答え続けた。
「大丈夫です。食欲がなくて」
本当は、お腹がすいて堪らなかった。今すぐにでも、人肉にかぶりつきたい。
「ガキの好きにさせてやれ。いつか、どうせ食うことになるんだからよ」
そんな狼男アウルフの言葉が聞こえた。
半獣として生きるならば、人肉を食べることは避けられない。
ーーいつか、僕も、人肉を食らって、本当の意味で、半獣になる日が来るのだろう。
外に出掛けると、時々、ジーナに会った。彼女との繋がりが、人との唯一の繋がりとなっていた。彼女は、僕が生きていることを周りに話さないでいてくれた。もちろん、半獣の話も、内緒にしてくれた。
幾度も彼女と話したり、笑ったり、同じ時を過ごしたりする内に、どんどん僕は彼女の魅力にひかれていった。
僕は、人を食らう半獣で、ジーナは、普通の人間。決して、実ることのない恋だということは分かっているけれど、内から溢れでるこの気持ちを抑えることができない。
今日は、喫茶店でコーヒーを飲みながら、彼女と話した。
「僕は、迷っているんだ。この先、どう歩めばよいのか分からなくなってる。本当は、半獣になった今でも、人間だった頃の生活に戻りたい」
「あなたは、ちゃんと、やりたいことがあるじゃない。私がどうこう言う話ではないと思うけれど、私なら、やりたいことに向かって進むわ。それが、過酷でつらいものであったとしても」
「君なら、そう言うんじゃないかって思ってたよ。僕は、残念ながら、君ほど強くはない。でも、君となら、何だってできる気がするんだ。だから.......僕のそばにいてくれないか?」
僕は、勇気を振り絞って、彼女に自分の思いを伝えた。
「嬉しい、私も、あなたにそばにいてほしい......」
ジーナは、満面の笑みを浮かべた。
「君と一緒なら、半獣になっても、人間で居続けられる気がするんだ」
「半獣としても人間としても、生きていく道を行くのね。なんだか、欲張りね。でも、いいと思う。覚悟なんて言葉で、生き方をひとつに絞る必要なんてないと思う」
「実は、半獣の僕と、こうやって話をしてくれる人間は、ジーナ以外もういないんだ。ジーナが、僕にとって、唯一の支えなんだ」
何気ない彼女との会話一つ一つが幸せに感じられた。彼女といる時は、僕は、自分が半獣であることを忘れられた。このまま、永遠に、彼女と幸せな時を過ごしたい。
「行こう。一緒に行きたいところがたくさんあるんだ。本は、好き?一緒に図書館に行って小説を読まない?」
「いいわね。ちょうど図書館で小説を読みたいと思っていたところなの」
僕たちは、立ちあがり図書館に向かおうとした時だった。僕は、いつものめまいがして、視界が左右に揺れた。全身の力が抜けて、立っていられなくなった。
そのまま、喫茶店の床に倒れ込んだ。徐々に視界が真っ暗になっていく。薄れ行く意識の中、心配して何度も彼女の呼び掛ける声が聞こえた。
「鬼山くん!鬼山くん!」
(ごめん、ジーナ)
僕の意識は、暗闇の深淵へと吸い込まれていった。
「鬼山くんなの?」
彼女は、僕に問いかける。
「そうだ......これが、今の僕なんだ。醜いだろ?」
水たまりには、半獣となり悲しい表情を浮かべる僕の顔が映っていた。
彼女を助け出すためには、半獣の姿になって極限まで身体能力を上げる必要があった。
アルバートの時と同じだ。半獣の姿を見られて、彼とは軋轢が生じてしまった。
きっと、彼女も、半獣の僕を見て、恐ろしく哀れに感じているに違いない。
だけど、ジーナは、怖がるどころか、優しく微笑んでいた。僕の顔についた雨が、涙のように頬を伝って、彼女の顔に零れた。
ジーナは、片手を伸ばして、僕の頬に触れた。
「そんな悲しい顔しないで。醜くなんかないよ」
優しく、悲しみに暮れる僕に、声をかけた。
「どうして......こんな僕を受け入れてくれるの?」
普通の人から見れば、人の血肉を食らう化け物だ。そんな半獣の姿になった僕に優しい言葉をかけてくれるなんて。
「だって、私は、鬼山くんのことがずっと大好きだから。半獣になっても、鬼山くんは鬼山くんだもの」
ジーナは、そう言って、笑顔を浮かべて、自分の気持ちを伝えた。彼女は、半獣の見た目ではなく、僕の心を見てくれた。それが、何より、嬉しくて、僕も自ずと笑顔になった。
「そんなことを言ってくれるのは、世界中探しても、きっと君だけだ。僕も、君のことが好きになってしまったみたいだ」
僕らは、立ちあがり、手を繋ぐと、コンサートホールまで歩いていく。僕らが歩く地面は、水溜まりが光を反射して、色鮮やかに美しく煌めいていた。
半獣である僕は彼女に恋をした。半獣として生きていくと決めたはずなのに、人間である彼女とともに生きたいと思い始めている。ジーナの言う通り、僕は、戻れるものなら、人間だった頃の平凡な生活に戻りたい。
だけど、世界は、理不尽で、僕を特別扱いはしない。生半可な覚悟では、襲い来る逆流に押し流されてしまう。彼女と一緒なら、あるいは、僕が彼女のように強い意思と覚悟を持てたなら、何か状況が変わるかもしれないーー。
◇◇◇
一週間後。
僕は、身体に異変が起きた。時々、めまいがして、身体に力が入らない。原因は明確だった。半獣になってから何も、食料を口にしていないからだった。半獣の食料は、血肉。それ以外のものは、全く受け付けない。ただし、液体に関しては、摂取できるようだった。
現在まで、水分だけでなんとか生きているが、このまま、何も食べなければ、飢え死にしてしまうだろう。
半獣のみんなは、死体屋から人肉を調達し、それを食して生活していた。僕の身体は、絶えず人肉を求め、腹が鳴り、口の中によどれが溢れ出た。
だけど、僕は人間であろうとした。彼女と出会い、人間としてありたいと強く思うようになっていた。
人肉を食せば、僕は人間ではなくなるのではないか。人肉を食らうなどという野蛮な行為は、できない。と、人肉を食らうことに必死に抵抗していた。
「本当に、人肉を食べなくても大丈夫?」
蛇女ムグリが心配そうに、人肉を食べなくて大丈夫か聞いてくれたけれど、僕はそのたびにこう答え続けた。
「大丈夫です。食欲がなくて」
本当は、お腹がすいて堪らなかった。今すぐにでも、人肉にかぶりつきたい。
「ガキの好きにさせてやれ。いつか、どうせ食うことになるんだからよ」
そんな狼男アウルフの言葉が聞こえた。
半獣として生きるならば、人肉を食べることは避けられない。
ーーいつか、僕も、人肉を食らって、本当の意味で、半獣になる日が来るのだろう。
外に出掛けると、時々、ジーナに会った。彼女との繋がりが、人との唯一の繋がりとなっていた。彼女は、僕が生きていることを周りに話さないでいてくれた。もちろん、半獣の話も、内緒にしてくれた。
幾度も彼女と話したり、笑ったり、同じ時を過ごしたりする内に、どんどん僕は彼女の魅力にひかれていった。
僕は、人を食らう半獣で、ジーナは、普通の人間。決して、実ることのない恋だということは分かっているけれど、内から溢れでるこの気持ちを抑えることができない。
今日は、喫茶店でコーヒーを飲みながら、彼女と話した。
「僕は、迷っているんだ。この先、どう歩めばよいのか分からなくなってる。本当は、半獣になった今でも、人間だった頃の生活に戻りたい」
「あなたは、ちゃんと、やりたいことがあるじゃない。私がどうこう言う話ではないと思うけれど、私なら、やりたいことに向かって進むわ。それが、過酷でつらいものであったとしても」
「君なら、そう言うんじゃないかって思ってたよ。僕は、残念ながら、君ほど強くはない。でも、君となら、何だってできる気がするんだ。だから.......僕のそばにいてくれないか?」
僕は、勇気を振り絞って、彼女に自分の思いを伝えた。
「嬉しい、私も、あなたにそばにいてほしい......」
ジーナは、満面の笑みを浮かべた。
「君と一緒なら、半獣になっても、人間で居続けられる気がするんだ」
「半獣としても人間としても、生きていく道を行くのね。なんだか、欲張りね。でも、いいと思う。覚悟なんて言葉で、生き方をひとつに絞る必要なんてないと思う」
「実は、半獣の僕と、こうやって話をしてくれる人間は、ジーナ以外もういないんだ。ジーナが、僕にとって、唯一の支えなんだ」
何気ない彼女との会話一つ一つが幸せに感じられた。彼女といる時は、僕は、自分が半獣であることを忘れられた。このまま、永遠に、彼女と幸せな時を過ごしたい。
「行こう。一緒に行きたいところがたくさんあるんだ。本は、好き?一緒に図書館に行って小説を読まない?」
「いいわね。ちょうど図書館で小説を読みたいと思っていたところなの」
僕たちは、立ちあがり図書館に向かおうとした時だった。僕は、いつものめまいがして、視界が左右に揺れた。全身の力が抜けて、立っていられなくなった。
そのまま、喫茶店の床に倒れ込んだ。徐々に視界が真っ暗になっていく。薄れ行く意識の中、心配して何度も彼女の呼び掛ける声が聞こえた。
「鬼山くん!鬼山くん!」
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