上 下
27 / 51
軋轢と乖離

05_反響定位

しおりを挟む
 この際、一人で逃げてしまおうか......。

 と、頭を過ったが、やはり、アルバートを見捨てるなんてことはできなかった。

 アルバートが半獣に襲われれば、全身の血を啜られ、先ほど見つけた変死体のような姿になってしまう。想像しただけで、とても恐ろしいし、とても悲しい。きっと、彼をここで見捨てれば、僕は大きな後悔を胸のなかに残すことになる。

「そんなこと言われて、すぐに一人で逃げるようなら、もうすでに逃げてるよ!」

 僕は、そう叫び、再び彼の腕を掴んで、一緒に逃げるよう促した。だが、アルバートは、頑なに拒み、僕の手を振り払った。

「俺の邪魔をするな!もういい。俺は、俺のやりたいようにさせてもらう。鬼山、お前の意見など聞きたくはない」

 アルバートはそう言うと、周囲に向かって大声で叫んだ。

「いるんだろ、半獣!出てこいよ!」

 アルバートは、近くにいるかも分からない半獣に向かって挑発じみたことを叫んだ。もし、半獣が、近くで僕たちの様子をずっと観察し、命を狙っているのだとしたら、かなり、危険な行為だ。アルバートは、時々、想定外で、大胆な行動に出ることがあった。

 アルバートの声が、響き渡った後も、相変わらず、辺りは、静寂に包まれ、川のせせらぎや、風で、草むらが揺れる音しか聞こえて来なかった。

 ーー油断してはならない。

 先ほどの死体は、暖かみがあった。ほんの少し前まで、半獣が僕たちのいるこの場所付近にいたことは確かだ。いつ、半獣が飛び出て来て、襲われてもおかしくない緊迫した状況下にいる。

 僕が、半獣からアルバートを守らなければ。彼を守れるのは、半獣の力を持つ僕しかいないのだから。

 血。血。血。血。

 一瞬の油断で、簡単に真っ赤に血塗られた状況へと一変してしまう。あっという間に、息の音を止められた後、全身に通う血液を隅から隅まで半獣に啜られ尽くされる。あふれでる唾を飲みこみ、そっとアルバートの方を見た。

 (お腹空いたな......)

 無意識的に、呟いた心の声にやっと理性が追い付く。

 僕は、一体、何を考えてるんだ。

 ダメだ。

 駄目だ。

 だめだ。
 
  ほんのわずかだけれど、友達を、人と見ていなかった。まるで、食料として見てしまっていた。体だけではない。心さえも獣になりつつあった。

 空腹が、理性を貪り、人ならざる道へと駆り立てている。もしかしたら、僕は彼を守るどころか、この手で彼の息の音を止めてしまうかもしれない。

 心が、安定することを忘れてしまっている。

 僕は、深呼吸をし、一旦、荒く波打った精神を落ち着かせた。

 今は、彼を守ることに専念しよう。悩み苦しむことは、後でいつだってできる。

 目を閉じ、物音を聞くことだけに集中した。ほんのわずかな音の変化も見逃さないように聴覚を最大限にまで高める。

 ーーなんだ、この感覚は。

 今までに感じたことのない奇妙な感覚に襲われた。目を閉じていても、物の位置が分かる。周囲の情報が一斉に流れ込んできた。

 音しか聞いていないはずだけれど、どうして分かったのだろうか。色々と考え巡らせているうちに、ある言葉を思い出した。

 ーー反響定位。

 図書館の本に、コウモリや鯨などの動物は、超音波を発して反響した音から、周りの状況を把握することができると書いてあった。

 目を閉じた状態で周りの状況が、分かったのは、この反響定位のおかげにちがいない。目を瞑り、足を動かした時に、足音で、周りの反響音を聞き取ることができたのだろう。

 僕は、もう一度、足音を立てて、周囲の状況を把握してみた。もしかしたら、半獣の場所を特定できるかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雷命の造娘

凰太郎
ホラー
闇暦二八年──。 〈娘〉は、独りだった……。 〈娘〉は、虚だった……。 そして、闇暦二九年──。 残酷なる〈命〉が、運命を刻み始める! 人間の業に汚れた罪深き己が宿命を! 人類が支配権を失い、魔界より顕現した〈怪物〉達が覇権を狙った戦乱を繰り広げる闇の新世紀〈闇暦〉──。 豪雷が産み落とした命は、はたして何を心に刻み生きるのか? 闇暦戦史、第二弾開幕!

牛の首チャンネル

猫じゃらし
ホラー
どうもー。『牛の首チャンネル』のモーと、相棒のワンさんです。ご覧いただきありがとうございます。 このチャンネルは僕と犬のぬいぐるみに取り憑かせた幽霊、ワンさんが心霊スポットに突撃していく動画を投稿しています。 怖い現象、たくさん起きてますので、ぜひ見てみてくださいね。 心霊写真特集もやりたいと思っていますので、心霊写真をお持ちの方はコメント欄かDMにメッセージをお願いします。 よろしくお願いしまーす。 それでは本編へ、どうぞー。 ※小説家になろうには「牛の首」というタイトル、エブリスタには「牛の首チャンネル」というタイトルで投稿しています。

逢魔刻の旅人

ありす
ホラー
逢魔刻 闇の住人はいつでも私たちのそばに必ず潜んでいる 誰しもが"やつら"と同じ空間を旅する 旅人になりうるのだ

東京ゾンビ地獄618!:眼鏡巨乳ヒロインと駆け抜けた、あの闇を照らせ!

島倉大大主
ホラー
618事件を題材にしたライトノベル、もしくは創作物について取り扱っております。

シゴ語り

泡沫の
ホラー
治安も土地も悪い地域に建つ 「先端技術高校」 そこに通っている主人公 獅子目 麗と神陵 恵玲斗。 お互い、関わることがないと思っていたが、些細なことがきっかけで この地域に伝わる都市伝説 「シシ語り」を調べることになる…。

呪配

真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。 デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。 『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』 その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。 不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……? 「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!

迷い家と麗しき怪画〜雨宮健の心霊事件簿〜②

蒼琉璃
ホラー
 ――――今度の依頼人は幽霊?  行方不明になった高校教師の有村克明を追って、健と梨子の前に現れたのは美しい女性が描かれた絵画だった。そして15年前に島で起こった残酷な未解決事件。点と線を結ぶ時、新たな恐怖の幕開けとなる。  健と梨子、そして強力な守護霊の楓ばぁちゃんと共に心霊事件に挑む!  ※雨宮健の心霊事件簿第二弾!  ※毎回、2000〜3000前後の文字数で更新します。  ※残酷なシーンが入る場合があります。  ※Illustration Suico様(@SuiCo_0)

うちの地元に現れたゾンビがカラッカラだった件について

島倉大大主
ホラー
6月18日から始まった、『あの事件』を書いたものです。 詳細は冒頭に書いてありますので、割愛させていただきます。

処理中です...