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タイムベル編
05_迫りくる狂気
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空想上の存在だった、獣顔の者たちが、僕たちの眼前にいる。常軌を逸した存在と邂逅した時、どのような気持ちになるのだろうかと、思ったことがある。実際に、目にすると、緊張と興奮で体が震えてしまう。呼吸と心臓が本来のリズムを忘れて狂い出す。
僕たちが、あの人たちに見つかってしまえば......僕たちは、殺されてしまうかもしれない。ただ、殺されるだけならまだいい。拷問された末、苦しめられ殺される可能性だってあるんだ。
思わず拳を握りしめた。
「さすがの演奏だ!ムグリ」
狼男が、ピアノを弾いていた女性に向かって言った。
ピアノで演奏をしていた女性は、ムグリという名前らしい。ムグリは、ピアノの椅子から立ち上がると、狼男たちのところまで、近づいた。
「ええ、この子たちも、喜んでいるみたい」
ムグリが言うと、彼女の黒いドレスの中から、無数の白いへビが出てきた。白い蛇たちは、にょろにょろと、舞台の上で踊るようにさ迷い始める。
白蛇だ。噂では、人の体に巻き付くほどの大きさと聞いていたが、彼女の体から出てきた白蛇は、小さかった。
「アルバート、白蛇が出てきた。噂の白蛇だよ。きっと」
「そうみたいだな。意外と小さくて、拍子抜けだな。もっとでかいのを想像してたぜ」
「でも、あの白蛇。小さくてかわいいな」
「えっ!?どこがだよ。にょろにょろして気色悪いぜ」
僕たちが、小声で話をしていると、狼男がこちらの長椅子の方に視線を向けようとしたので、慌てて顔を隠した。
僕たちの存在に気づかれたか......。
正気を失った心臓を、無理やり落ち着かせて、獣顔の者たちに気付かれないように気配を消す。
襲ってくる素振りはない。
どうやら、まだ僕たちの存在には、気づいていないようだ。危ないところだった。
「そろそろ、俺たち全員で演奏してもいいだろ」
狼男が、ケースから、いかにも高そうなヴァイオリンを取り出し言った。
「そうだな。本番も近い」
象男は、トロンボーンを両手で持っていた。像男の巨体に合った、僕たちの身長くらいある大型のトロンボーンだ。傷ひとつない金属部分が、地下室の光で反射して煌めいている。
「私も、賛成だ」
ライオン男も、ドラムを舞台裏から、軽々と持ってきて、今すぐにでも、演奏を開始できる様子だった。
それぞれに、担当の楽器があるようだ。本番と言っていたが、どこかで演奏会でもやるのだろうか。
「そうね。そろそろ、皆で演奏しましょう」
ムグリは、狼男たちに言った。今から、全員で、演奏するみたいだけど、あんな風変わりな者たちがどんな音楽を奏でるのか楽しみだった。
「アルバート。今から、みんなで演奏をするみたいだよ」
僕がわくわくする一方で、アルバートは右手で頬杖をつき、なんだか浮かない顔をしていた。
「ああ、そうみたいだな。でも、つまんねーな。俺はもっと狂気に満ちたショーが見れると期待していたんだけどな」
アルバートは、思っていたのと違うようで少し、がっかりしているようだった。
獣顔をしてはいるものの、人間じみた彼らの何気ない会話を聞いて、少し僕たちは気がゆるんでいた。
だけど、どんな時も、未知のものと邂逅した時、油断してはならない。ほんの一瞬の気の緩みが命に関わることだってある。不運なことに、今は、まさにその時だった。
「なんだ......この匂いは......」
狼男が、鼻をピクピクと動かし、地下室に漂うわずかな匂いの変化を感じ取った。狼なだけあって、狼男の嗅覚は、人間より何百倍も優れていた。
隣にいた像男が、異変を感じ取った狼男の様子に気付き、声をかけた。
「どうしたんだ、アウルフ」
「人間だよ!人間の匂いがするんだ!とてもいい匂いだ。思わず、よだれが出ちまうほどのな」
アウルフという狼男は、口元から、よだれを垂らし、目を赤く充血させる。先ほどまでの和やかな表情から一転。狂気に満ちた表情を浮かべ、僕たちが隠れている長椅子の方を見た。
「まずいぞ、鬼山。今すぐ逃げるぞ!」
アルバートは、殺意にも似た刺々しい威圧感に触れ、いち早く危険を察知すると、逃げるように促した。
「うん」
僕たちは、地上へと通じる階段に向かって力の限り手足を動かし、死に物狂いで駆け出した。
あの理性が完全に吹き飛んだような獰猛な表情。もし捕まれば、狼男の鋭い歯で、全身を無惨に噛みちぎられ、骨しか残らないんじゃないだろうか。
迫りくる恐怖が残酷な妄想をより鮮明にし、現実へと近づけていく。
「どこへ行くんだ、お前たち!」
ばかでかい狼男の叫び声が地下室に響き渡る。後ろを見て、狼男の様子を確認しようとしたが、アルバートが咄嗟に止めてくれた。
「後ろを見るな。今は前だけを見て走れ!」
「分かったよ!まさか、こんなことになるなんて思ってなかった」
「俺もだよ」
僕たちは、気づかれた直後に踵を返し、全速力で駆け出した。狼男との距離を確実に離すことができているはずだ。
あと少し......あともう少しで地上に通じる階段にたどり着く。
息が苦しい。一歩一歩が、とても重く、つらく感じる。
だけど、きっと、逃げ切れる、きっと......。
心の中で淡い期待を描いた直後、その期待は泡となって、幻想へと姿を変わってしまう。狼男は、人間離れした速さであっという間に、僕たちを追い越して、階段の前に立ち塞がった。
「逃がすかよ、ガキどもが!」
狼男の血走った目で僕たちを睨み付け、逃がすまいと手から鋭い爪を生やす。
地上に繋がる唯一の出口を、狼男にふさがれてしまった。前には狼男。後ろには、蛇女や像男、ライオン男がいる。
直感した。
僕たちはここで殺されるーー。
僕たちが、あの人たちに見つかってしまえば......僕たちは、殺されてしまうかもしれない。ただ、殺されるだけならまだいい。拷問された末、苦しめられ殺される可能性だってあるんだ。
思わず拳を握りしめた。
「さすがの演奏だ!ムグリ」
狼男が、ピアノを弾いていた女性に向かって言った。
ピアノで演奏をしていた女性は、ムグリという名前らしい。ムグリは、ピアノの椅子から立ち上がると、狼男たちのところまで、近づいた。
「ええ、この子たちも、喜んでいるみたい」
ムグリが言うと、彼女の黒いドレスの中から、無数の白いへビが出てきた。白い蛇たちは、にょろにょろと、舞台の上で踊るようにさ迷い始める。
白蛇だ。噂では、人の体に巻き付くほどの大きさと聞いていたが、彼女の体から出てきた白蛇は、小さかった。
「アルバート、白蛇が出てきた。噂の白蛇だよ。きっと」
「そうみたいだな。意外と小さくて、拍子抜けだな。もっとでかいのを想像してたぜ」
「でも、あの白蛇。小さくてかわいいな」
「えっ!?どこがだよ。にょろにょろして気色悪いぜ」
僕たちが、小声で話をしていると、狼男がこちらの長椅子の方に視線を向けようとしたので、慌てて顔を隠した。
僕たちの存在に気づかれたか......。
正気を失った心臓を、無理やり落ち着かせて、獣顔の者たちに気付かれないように気配を消す。
襲ってくる素振りはない。
どうやら、まだ僕たちの存在には、気づいていないようだ。危ないところだった。
「そろそろ、俺たち全員で演奏してもいいだろ」
狼男が、ケースから、いかにも高そうなヴァイオリンを取り出し言った。
「そうだな。本番も近い」
象男は、トロンボーンを両手で持っていた。像男の巨体に合った、僕たちの身長くらいある大型のトロンボーンだ。傷ひとつない金属部分が、地下室の光で反射して煌めいている。
「私も、賛成だ」
ライオン男も、ドラムを舞台裏から、軽々と持ってきて、今すぐにでも、演奏を開始できる様子だった。
それぞれに、担当の楽器があるようだ。本番と言っていたが、どこかで演奏会でもやるのだろうか。
「そうね。そろそろ、皆で演奏しましょう」
ムグリは、狼男たちに言った。今から、全員で、演奏するみたいだけど、あんな風変わりな者たちがどんな音楽を奏でるのか楽しみだった。
「アルバート。今から、みんなで演奏をするみたいだよ」
僕がわくわくする一方で、アルバートは右手で頬杖をつき、なんだか浮かない顔をしていた。
「ああ、そうみたいだな。でも、つまんねーな。俺はもっと狂気に満ちたショーが見れると期待していたんだけどな」
アルバートは、思っていたのと違うようで少し、がっかりしているようだった。
獣顔をしてはいるものの、人間じみた彼らの何気ない会話を聞いて、少し僕たちは気がゆるんでいた。
だけど、どんな時も、未知のものと邂逅した時、油断してはならない。ほんの一瞬の気の緩みが命に関わることだってある。不運なことに、今は、まさにその時だった。
「なんだ......この匂いは......」
狼男が、鼻をピクピクと動かし、地下室に漂うわずかな匂いの変化を感じ取った。狼なだけあって、狼男の嗅覚は、人間より何百倍も優れていた。
隣にいた像男が、異変を感じ取った狼男の様子に気付き、声をかけた。
「どうしたんだ、アウルフ」
「人間だよ!人間の匂いがするんだ!とてもいい匂いだ。思わず、よだれが出ちまうほどのな」
アウルフという狼男は、口元から、よだれを垂らし、目を赤く充血させる。先ほどまでの和やかな表情から一転。狂気に満ちた表情を浮かべ、僕たちが隠れている長椅子の方を見た。
「まずいぞ、鬼山。今すぐ逃げるぞ!」
アルバートは、殺意にも似た刺々しい威圧感に触れ、いち早く危険を察知すると、逃げるように促した。
「うん」
僕たちは、地上へと通じる階段に向かって力の限り手足を動かし、死に物狂いで駆け出した。
あの理性が完全に吹き飛んだような獰猛な表情。もし捕まれば、狼男の鋭い歯で、全身を無惨に噛みちぎられ、骨しか残らないんじゃないだろうか。
迫りくる恐怖が残酷な妄想をより鮮明にし、現実へと近づけていく。
「どこへ行くんだ、お前たち!」
ばかでかい狼男の叫び声が地下室に響き渡る。後ろを見て、狼男の様子を確認しようとしたが、アルバートが咄嗟に止めてくれた。
「後ろを見るな。今は前だけを見て走れ!」
「分かったよ!まさか、こんなことになるなんて思ってなかった」
「俺もだよ」
僕たちは、気づかれた直後に踵を返し、全速力で駆け出した。狼男との距離を確実に離すことができているはずだ。
あと少し......あともう少しで地上に通じる階段にたどり着く。
息が苦しい。一歩一歩が、とても重く、つらく感じる。
だけど、きっと、逃げ切れる、きっと......。
心の中で淡い期待を描いた直後、その期待は泡となって、幻想へと姿を変わってしまう。狼男は、人間離れした速さであっという間に、僕たちを追い越して、階段の前に立ち塞がった。
「逃がすかよ、ガキどもが!」
狼男の血走った目で僕たちを睨み付け、逃がすまいと手から鋭い爪を生やす。
地上に繋がる唯一の出口を、狼男にふさがれてしまった。前には狼男。後ろには、蛇女や像男、ライオン男がいる。
直感した。
僕たちはここで殺されるーー。
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