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僕たちだけの世界
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四年に一度のこの日。僕たちは、再び二人っきりになった。
すっかり、日が落ち、真っ黒に染まった夜空の下で、夜景を見ながら、彼女と二人、デートとかではない。そんなロマンティックで、夢のあるような日では決してない。
横には、一人の女性が立っている。いつもこの日になると、なぜだか分からないが、彼女と出会う。とはいっても、四年に一度の出来事ではあるのだけど。
そう、彼女は、四年に一度のこの日、2月29日にだけ現れる。そして、翌日になると、彼女はどこかへと消えてしまう。
「ねえ、あなたは誰?」
横に立っていた彼女は、僕に問いかけてきた。さすがに、四年に一度とはいえ、何度か会って、その度にこういうやり取りを繰り返してきたのだから、僕が何者なのか覚えてくれてもいいのではないかと最初のうちは、思っていた。
だけど、どうやら彼女は、いつも姿を消した後、僕に関する記憶が消えていることに気づいた。確かに、地味で印象には残らない側の人間だと思うけれど、彼女には、覚えていてほしいから、記憶が消えてしまっていると考えている。
「たいしたことない、平凡な大学生さ」
たまには、変化球的な返答をしてみるのもありかと思い、かっこつけてみた。
「そういうのいいの。あなたの名前は」
彼女は、軽く受けながし、いつもながら、僕の名前を聞いてきたので、自分の名前を答えた。
「新多だよ」
「新多君ね。いい名前ね」
「そう言ってもらえて、うれしいよ」
僕は、またなのかと内心思いながら、答える。最初に、自分の名前を、誉められたときは、うれしい気持ちもあったけれど、四年に一度の恒例行事になった今では、嬉しさも全くなくなってしまっていた。
「ねえ、ところで、聞いていい?何で、ここにいるのは、私たちだけなの」
「さあ、僕にも分からないよ。やっぱり、二人だけだと嫌かい?」
「ううん、そんなことない。なんだか、私、この日をずっと待ち望んでいた気がするの」
冒頭に言った二人だけというのは、ある空間に二人だけいるという意味ではない。
この日。
世界中から、僕たち二人以外の人間が消えていなくなっているという意味だ。正真正銘の、二人きりの状態だ。
人が消えたせいで、当然、街のあらゆる照明は消え、ビルや道路には、いつもの人々の姿はない。まるで、この日だけ街が廃墟になったみたいだ。
そう言うと、最悪の状況でしかないように思えるが、案外、悪くはないところもある。
日々、人々のいる街は、活気に溢れているけれど、時々、人は多く増えすぎたせいで、どうも落ち着かないのだ。さまざまな情報が行き交う今の現代の人間社会は、僕にとって、ストレスだった。
実は、こうして、二人きりで静かな日々を一日だけ過ごせるのなら、それもいいのではないかと思う。ほんのひとときだけ、人間社会の外側に抜け出せたような解放感に浸ることができるからだ。
そして、何よりも、普段は街の照明に照らされて見えない、夜空に浮かぶ星々を彼女と二人で、眺められるのは、この上なく幸せなことだった。
僕は、彼女に恋をしていた。
実は、今からちょうど四年前のこの日。
彼女に告白していた。キスだってした。話をするうちに、お互い引かれ合うところがあったのだ。それが運命と思えるくらいに彼女のことが好きでたまらなくなったのだ。その気持ちは、四年経った今でも変わることはない。
四年前のこの日、彼女は、また、会おうって言ってくれた。ずっと、僕のことを忘れないとも言ってくれた。
だけど、今回、彼女はまた、僕のことを忘れてしまっていた。彼女が、先ほど僕が誰かと聞いた時、胸が締め付けられるような悲しい気持ちに襲われた。
僕も、彼女の記憶が、一部、抜け落ちていた。彼女の名前がどうしても思い出せない。僕は、今日、一度も彼女の名前を口にはしてはいなかった。
ただ、彼女と接したあの日の温かみだけが思い出されるのだ。
例え、記憶から抜け落ちたとしても、何度でも。
「あ、あの......」
「あ、あの......」
僕たちの声は、偶々、同じ言葉を発して重なった。お互い伝えたいことがあったらしい。
「先に言ってもいいよ」
僕がそう言うと、彼女は首を横に振った。
「いや、何でもないの」
「じゃあ、僕は、言いたいことがあって、あ、あの......、その......」
自分の気持ちを伝えるのは、いつだって慣れないものだ。恥ずかしくて、言葉では言い表せない。
なんて、意気地無しなんだろうか。前の時は思いを伝えられたのに。
僕が、何も言えないでいると、僕の唇に温かみのある何かが、優しく触れた。気づいた時には、僕の目の前に彼女の顔があった。
この瞬間、僕は、今すぐ死んでもいいくらい幸せだった。きっとこの日だけだ。こんなにも幸せになれるのは。
彼女を何も言わず、両手で抱き締めると、凍てつくような寒さの中、口から白い息を吐き、広大な夜空を仰いだ。
たった一日の幸せでも、これから先、ずっと、この事を心に刻んでいたい。
僕も、もしかしたら、この日のことを忘れてしまうかもしれないから。
山の奥から、日の光が漏れでて、僕たち以外は誰もいない街を照らした。
もうすぐ、この幸せな時間が過ぎ去ってしまう。あの日の光が、完全に山から姿を現した時、彼女はどこかに行ってしまうのだ。
たまらず、僕は、彼女に問いかけていた。
「あなたは、誰ですか?」
僕が問いかけると、彼女は笑顔を浮かべ言った。
「私は、うるる。私のことずっと忘れないでね」
「ああ、忘れないよ」
僕は、彼女に僕のことを覚えてほしいと思った。彼女も、僕に自分のことをいつまでも、覚えてほしいと言った。
お互いがお互いを思い出されるように、僕たちは、この奇跡が起きる特別な日がある年を彼女の名前にちなんで''うるう年''と呼ぶことにした。
やがて、山からこちらを覗いていた日は、完全に姿を現して、光が街と僕たちを優しく包んだ。
いなくなっていた街の人々は、いつの間にか、何事もなかったように会話しながら歩いていた。
そう、いつもと変わらない活気のあふれた日常がかえってきたのだった。
だけど、その中に、彼女の姿はない。
日をまたいでしまったら、彼女はいつものように消えてしまう。まるで最初から、存在そのものがなかったように。
そういえば、いつの日か、流れ星がふった夜、願ったことがあった。
たった1日でもいいから、自分が幸せと思える日をくださいって。
きっと、この日は、神様が、僕たちのためにくれた宝物なんだと理解した。
僕は、人々が行き交う中、日の光に向かって、歩を進めた。
すっかり、日が落ち、真っ黒に染まった夜空の下で、夜景を見ながら、彼女と二人、デートとかではない。そんなロマンティックで、夢のあるような日では決してない。
横には、一人の女性が立っている。いつもこの日になると、なぜだか分からないが、彼女と出会う。とはいっても、四年に一度の出来事ではあるのだけど。
そう、彼女は、四年に一度のこの日、2月29日にだけ現れる。そして、翌日になると、彼女はどこかへと消えてしまう。
「ねえ、あなたは誰?」
横に立っていた彼女は、僕に問いかけてきた。さすがに、四年に一度とはいえ、何度か会って、その度にこういうやり取りを繰り返してきたのだから、僕が何者なのか覚えてくれてもいいのではないかと最初のうちは、思っていた。
だけど、どうやら彼女は、いつも姿を消した後、僕に関する記憶が消えていることに気づいた。確かに、地味で印象には残らない側の人間だと思うけれど、彼女には、覚えていてほしいから、記憶が消えてしまっていると考えている。
「たいしたことない、平凡な大学生さ」
たまには、変化球的な返答をしてみるのもありかと思い、かっこつけてみた。
「そういうのいいの。あなたの名前は」
彼女は、軽く受けながし、いつもながら、僕の名前を聞いてきたので、自分の名前を答えた。
「新多だよ」
「新多君ね。いい名前ね」
「そう言ってもらえて、うれしいよ」
僕は、またなのかと内心思いながら、答える。最初に、自分の名前を、誉められたときは、うれしい気持ちもあったけれど、四年に一度の恒例行事になった今では、嬉しさも全くなくなってしまっていた。
「ねえ、ところで、聞いていい?何で、ここにいるのは、私たちだけなの」
「さあ、僕にも分からないよ。やっぱり、二人だけだと嫌かい?」
「ううん、そんなことない。なんだか、私、この日をずっと待ち望んでいた気がするの」
冒頭に言った二人だけというのは、ある空間に二人だけいるという意味ではない。
この日。
世界中から、僕たち二人以外の人間が消えていなくなっているという意味だ。正真正銘の、二人きりの状態だ。
人が消えたせいで、当然、街のあらゆる照明は消え、ビルや道路には、いつもの人々の姿はない。まるで、この日だけ街が廃墟になったみたいだ。
そう言うと、最悪の状況でしかないように思えるが、案外、悪くはないところもある。
日々、人々のいる街は、活気に溢れているけれど、時々、人は多く増えすぎたせいで、どうも落ち着かないのだ。さまざまな情報が行き交う今の現代の人間社会は、僕にとって、ストレスだった。
実は、こうして、二人きりで静かな日々を一日だけ過ごせるのなら、それもいいのではないかと思う。ほんのひとときだけ、人間社会の外側に抜け出せたような解放感に浸ることができるからだ。
そして、何よりも、普段は街の照明に照らされて見えない、夜空に浮かぶ星々を彼女と二人で、眺められるのは、この上なく幸せなことだった。
僕は、彼女に恋をしていた。
実は、今からちょうど四年前のこの日。
彼女に告白していた。キスだってした。話をするうちに、お互い引かれ合うところがあったのだ。それが運命と思えるくらいに彼女のことが好きでたまらなくなったのだ。その気持ちは、四年経った今でも変わることはない。
四年前のこの日、彼女は、また、会おうって言ってくれた。ずっと、僕のことを忘れないとも言ってくれた。
だけど、今回、彼女はまた、僕のことを忘れてしまっていた。彼女が、先ほど僕が誰かと聞いた時、胸が締め付けられるような悲しい気持ちに襲われた。
僕も、彼女の記憶が、一部、抜け落ちていた。彼女の名前がどうしても思い出せない。僕は、今日、一度も彼女の名前を口にはしてはいなかった。
ただ、彼女と接したあの日の温かみだけが思い出されるのだ。
例え、記憶から抜け落ちたとしても、何度でも。
「あ、あの......」
「あ、あの......」
僕たちの声は、偶々、同じ言葉を発して重なった。お互い伝えたいことがあったらしい。
「先に言ってもいいよ」
僕がそう言うと、彼女は首を横に振った。
「いや、何でもないの」
「じゃあ、僕は、言いたいことがあって、あ、あの......、その......」
自分の気持ちを伝えるのは、いつだって慣れないものだ。恥ずかしくて、言葉では言い表せない。
なんて、意気地無しなんだろうか。前の時は思いを伝えられたのに。
僕が、何も言えないでいると、僕の唇に温かみのある何かが、優しく触れた。気づいた時には、僕の目の前に彼女の顔があった。
この瞬間、僕は、今すぐ死んでもいいくらい幸せだった。きっとこの日だけだ。こんなにも幸せになれるのは。
彼女を何も言わず、両手で抱き締めると、凍てつくような寒さの中、口から白い息を吐き、広大な夜空を仰いだ。
たった一日の幸せでも、これから先、ずっと、この事を心に刻んでいたい。
僕も、もしかしたら、この日のことを忘れてしまうかもしれないから。
山の奥から、日の光が漏れでて、僕たち以外は誰もいない街を照らした。
もうすぐ、この幸せな時間が過ぎ去ってしまう。あの日の光が、完全に山から姿を現した時、彼女はどこかに行ってしまうのだ。
たまらず、僕は、彼女に問いかけていた。
「あなたは、誰ですか?」
僕が問いかけると、彼女は笑顔を浮かべ言った。
「私は、うるる。私のことずっと忘れないでね」
「ああ、忘れないよ」
僕は、彼女に僕のことを覚えてほしいと思った。彼女も、僕に自分のことをいつまでも、覚えてほしいと言った。
お互いがお互いを思い出されるように、僕たちは、この奇跡が起きる特別な日がある年を彼女の名前にちなんで''うるう年''と呼ぶことにした。
やがて、山からこちらを覗いていた日は、完全に姿を現して、光が街と僕たちを優しく包んだ。
いなくなっていた街の人々は、いつの間にか、何事もなかったように会話しながら歩いていた。
そう、いつもと変わらない活気のあふれた日常がかえってきたのだった。
だけど、その中に、彼女の姿はない。
日をまたいでしまったら、彼女はいつものように消えてしまう。まるで最初から、存在そのものがなかったように。
そういえば、いつの日か、流れ星がふった夜、願ったことがあった。
たった1日でもいいから、自分が幸せと思える日をくださいって。
きっと、この日は、神様が、僕たちのためにくれた宝物なんだと理解した。
僕は、人々が行き交う中、日の光に向かって、歩を進めた。
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