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婚約破棄
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「婚約の破棄を提案する……」
何となくそんな気がした。こうなることを予期していた私と、現実を受け入れられない私がせめぎ合っている。
待って、どうして、と問い詰めたら何かが変わるかもしれない。頭を冷やして話し合えば、昔みたいに二人仲良く肩を寄せ合うことが出来るかもしれない。案外簡単なことだったのかもしれない。
「そう……結構よ」
でも結局、こう言い捨てるのが精いっぱいだった。後悔の涙は絶対に見せない。あなたが悪いんだから。私は何も悪くないんだから……。
「どうぞお幸せに……」
あなたの幸せなんて、今更どうでもいいの。
コークスとの出会いは、当時皇太子だった皇帝陛下のご成婚パーティーだった。煌びやかな衣装に身を包んだ女性たちの華やかさに、子供ながら感心したのを今も覚えている。
私の家柄はそれほど高くなかったので、パーティーの片隅で大人しくしているよりなかった。そんな時、私と同い年くらいの男の子が話しかけてきた。
「こんにちは……」
私は悟った。彼にも居場所がないということを。私と同じように、下級貴族の出身だということを。
「こんにちは」
挨拶を交わしただけなのに、何故か心が叫んでいる。彼とはどうも気が合いそうだ……。自分たちからかけ離れた世界のイベント。そこに偶然居合わせた二人の子供。思い返せば、偶然でもなんでもないんだけど、その時は妙な一体感があった。
「少しお話しようか……」
「……お父様に怒られてしまうわ」
「大丈夫だよ。さあっ……」
コークスは私の手を引いて、パーティー会場から私を人気のない中庭へ連れて行った。星が綺麗だった。
コークスは私の知らないことを教えてくれた。パーティーに参加している皇族について、あるいは、パーティーに参列している大人たちの事情について、事細かに教えてくれた。最も、私たちにとって意味のある話とは言えなかったけれども。
「君と会えたのは運命なのかもしれないね……」
私と同い年くらいなはずなのに、彼は大人びていた。私はよく意味が分からなかった。でも、なんとなくコークスのことが好きになった……あの時が最初だった。
「君は将来どうなりたいって思っているの?」
「そうね……とりあえず、好きな人と恋に落ちて結婚出来れば、それが女の幸せっていうことなのではないかしら?」
「そうか……」
あの時もコークスは空を見ていた。私も一緒に星を見ていた。
お星さまに願い事を……なんていうのは子供の話かもしれない。でも、私とコークスを強く結び付けてくれたのは、星々の輝く夜空だった。微かな明るさに照らされて、私とコークスはよく語り合った。
魔法っていうのは存在するのかしら?
女の子なら誰でも一度は想像するはず。
私は学問に励んだ。どこかに眠っている魔法を解放するため、そのためには宇宙の理を全て学ばなくてはならない。学べば学ぶほど、魔法っていうのが現実みたいに感じた。
高等学院を首席で卒業し、その後も魔法を追求した。
コークスは……いつまでたっても私の本当に気が付かない。彼にとって私は友人でしかなかった。私は……人生の全てを彼に捧げるつもりだった。彼を愛することしか考えられなかった。魔法ってものが存在するのだとしたら……コークスを振り向かせてみせる。
そんな都合のいい世界は、しかしながら可能性が0ではなかった。宇宙の理を全部ひっくり返せば……その世界は全て魔法でできている……。コークスが……私を愛してくれる世界を創ることができる。
宇宙の理を全て知るということは、この世界を破壊する方法を知ることと同義である。
私はきっと悪魔の顔をしていたのだろう。孤独に封印された闇を解き放った時、全てが壊れた。コークスだけは……私のことを理解してくれると思っていた。
「お星さまが……君の大好きだった夜空が泣いているよ」
コークスは私を拒絶した。
「婚約の破棄を提案する……」
何となくそんな気がした。
「そう……結構よ」
でも結局、こう言い捨てるのが精いっぱいだった。後悔の涙は絶対に見せない。あなたが悪いんだから。私は何も悪くないんだから……。
「どうぞお幸せに……」
さようなら……コークス……。
私は記憶ごと破壊した。
「……君は一人なのかい?」
「ええっ……。ずっーと一人よ」
「へえっ……そうなんだ。僕たち、仲間だね」
「そうね、仲間ね」
旅の相方は、同い年くらいの青年だった。壊した分の修理を頼まれたのだ。どれほどの時間がかかるのか、見当もつかない。青年は、神様が拵えた見張り役だそうだ。
「君は魔法を使えるんだよね?この世界が元通りになったら、一つだけ叶えてほしいことがあるんだ」
「へぇっ……それは何?」
「記憶の中に閉じこもった女の子を解放してほしいんだ。僕は……彼女のことが好きだった。でもね、この気持ちを伝える前に彼女はいなくなってしまったんだ……。神様に尋ねてみたところ、彼女は僕の記憶の中で眠っているらしい。だから……最後に彼女が笑っているのを見られたらいいなって。ごめんね、男って、何でも都合よく考える生き物だから……」
本当……。
どの時代でも、男の人って自分勝手なんだから。
私はこっそりと笑った。
何となくそんな気がした。こうなることを予期していた私と、現実を受け入れられない私がせめぎ合っている。
待って、どうして、と問い詰めたら何かが変わるかもしれない。頭を冷やして話し合えば、昔みたいに二人仲良く肩を寄せ合うことが出来るかもしれない。案外簡単なことだったのかもしれない。
「そう……結構よ」
でも結局、こう言い捨てるのが精いっぱいだった。後悔の涙は絶対に見せない。あなたが悪いんだから。私は何も悪くないんだから……。
「どうぞお幸せに……」
あなたの幸せなんて、今更どうでもいいの。
コークスとの出会いは、当時皇太子だった皇帝陛下のご成婚パーティーだった。煌びやかな衣装に身を包んだ女性たちの華やかさに、子供ながら感心したのを今も覚えている。
私の家柄はそれほど高くなかったので、パーティーの片隅で大人しくしているよりなかった。そんな時、私と同い年くらいの男の子が話しかけてきた。
「こんにちは……」
私は悟った。彼にも居場所がないということを。私と同じように、下級貴族の出身だということを。
「こんにちは」
挨拶を交わしただけなのに、何故か心が叫んでいる。彼とはどうも気が合いそうだ……。自分たちからかけ離れた世界のイベント。そこに偶然居合わせた二人の子供。思い返せば、偶然でもなんでもないんだけど、その時は妙な一体感があった。
「少しお話しようか……」
「……お父様に怒られてしまうわ」
「大丈夫だよ。さあっ……」
コークスは私の手を引いて、パーティー会場から私を人気のない中庭へ連れて行った。星が綺麗だった。
コークスは私の知らないことを教えてくれた。パーティーに参加している皇族について、あるいは、パーティーに参列している大人たちの事情について、事細かに教えてくれた。最も、私たちにとって意味のある話とは言えなかったけれども。
「君と会えたのは運命なのかもしれないね……」
私と同い年くらいなはずなのに、彼は大人びていた。私はよく意味が分からなかった。でも、なんとなくコークスのことが好きになった……あの時が最初だった。
「君は将来どうなりたいって思っているの?」
「そうね……とりあえず、好きな人と恋に落ちて結婚出来れば、それが女の幸せっていうことなのではないかしら?」
「そうか……」
あの時もコークスは空を見ていた。私も一緒に星を見ていた。
お星さまに願い事を……なんていうのは子供の話かもしれない。でも、私とコークスを強く結び付けてくれたのは、星々の輝く夜空だった。微かな明るさに照らされて、私とコークスはよく語り合った。
魔法っていうのは存在するのかしら?
女の子なら誰でも一度は想像するはず。
私は学問に励んだ。どこかに眠っている魔法を解放するため、そのためには宇宙の理を全て学ばなくてはならない。学べば学ぶほど、魔法っていうのが現実みたいに感じた。
高等学院を首席で卒業し、その後も魔法を追求した。
コークスは……いつまでたっても私の本当に気が付かない。彼にとって私は友人でしかなかった。私は……人生の全てを彼に捧げるつもりだった。彼を愛することしか考えられなかった。魔法ってものが存在するのだとしたら……コークスを振り向かせてみせる。
そんな都合のいい世界は、しかしながら可能性が0ではなかった。宇宙の理を全部ひっくり返せば……その世界は全て魔法でできている……。コークスが……私を愛してくれる世界を創ることができる。
宇宙の理を全て知るということは、この世界を破壊する方法を知ることと同義である。
私はきっと悪魔の顔をしていたのだろう。孤独に封印された闇を解き放った時、全てが壊れた。コークスだけは……私のことを理解してくれると思っていた。
「お星さまが……君の大好きだった夜空が泣いているよ」
コークスは私を拒絶した。
「婚約の破棄を提案する……」
何となくそんな気がした。
「そう……結構よ」
でも結局、こう言い捨てるのが精いっぱいだった。後悔の涙は絶対に見せない。あなたが悪いんだから。私は何も悪くないんだから……。
「どうぞお幸せに……」
さようなら……コークス……。
私は記憶ごと破壊した。
「……君は一人なのかい?」
「ええっ……。ずっーと一人よ」
「へえっ……そうなんだ。僕たち、仲間だね」
「そうね、仲間ね」
旅の相方は、同い年くらいの青年だった。壊した分の修理を頼まれたのだ。どれほどの時間がかかるのか、見当もつかない。青年は、神様が拵えた見張り役だそうだ。
「君は魔法を使えるんだよね?この世界が元通りになったら、一つだけ叶えてほしいことがあるんだ」
「へぇっ……それは何?」
「記憶の中に閉じこもった女の子を解放してほしいんだ。僕は……彼女のことが好きだった。でもね、この気持ちを伝える前に彼女はいなくなってしまったんだ……。神様に尋ねてみたところ、彼女は僕の記憶の中で眠っているらしい。だから……最後に彼女が笑っているのを見られたらいいなって。ごめんね、男って、何でも都合よく考える生き物だから……」
本当……。
どの時代でも、男の人って自分勝手なんだから。
私はこっそりと笑った。
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