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第3章 配信でイチャついていいんですか?
第21話 母性
しおりを挟む衛藤と結乃の会話は続いていた。
「ガチ恋勢の女性リスナーのリスクは悩ましいですが、カップル配信を喜ぶファン層を新規開拓できる見込みもあります」
「か、カップル……ですかっ?」
「はい。蓮さんと結乃さんのカップル。私はその可能性にベットしてみたいと思っています」
盛り上がる女子2人のおかげで、会食はにわかに賑やかになってきた。
〝結乃に戦闘レッスンを施す様子を配信に乗せる――〟
その二ノ宮の提案は、社長である彼だけでなく、マネージャーの衛藤も乗り気のようだ。『アイビス公認』となると、あとは蓮と結乃の気持ち次第……なんだろうか?
「ただ、アイビスの所属というワケじゃなくてね」
二ノ宮が補足する。
「正規の配信者じゃなく、アルバイトって感じかな。蓮くんのアシスタントって立場で。もちろん、出演してもらうんだから報酬は支払うよ」
「そんな、いいですよ私は……!」
「いやいや。タダで出演させちゃうと、それはそれで支障が出るから。これはこちらからのお願いかな」
「そういうものなんですか……」
「おっとそれから」
ポン、と手を叩く二ノ宮。
「出演してもらえる場合、柊さんの親御さんの許可も必要だね。だから答えは後日でいいよ」
「あ、ちょっと確認してみていいですか?」
そう断ってから結乃はスマホを取り出し、どこかにメッセージを送った。
ややあって、
「いま、母は大丈夫みたいです。まだ職場にいるけど、短い時間なら通話できるって。どうでしょうか?」
結乃の母親――。
どんな人なんだろう?
「ボクは構わないよ」
「それじゃあ、立体通話つなぎますね」
ディナーの終わったテーブルに置かれた結乃のスマホが、立体映像を描き出す。やがて、イスに座った人物の3D映像がテーブルの『お誕生日席』に浮かび上がった。
『失礼します。結乃の母で、柊美里と申します――』
どこかオフィスの会議室で通話しているのだろうか。
落ち着いた声の女性だ。
高校生の母とは思えないほど若い外見。
長いサラサラの髪。スーツ姿で、背筋をピンと伸ばしている。真顔のままということもあって想像していたよりカッチリした雰囲気だが、結乃そっくりの優しい目元が全体の印象を柔らかくしていた。
結乃のバストサイズも母親ゆずりのようで、お堅いスーツなのに胸元のボリューム感を隠せていない。
二ノ宮たちと簡単なあいさつを済ませると、結乃の母は、
『お話の概要は、先ほど娘からのメッセージで拝見しました』
と、単刀直入に切り出した。
『結乃がお邪魔にならないのであれば、私から反対する理由はありません』
「お母さん――」
『結乃自身は、どうなの?』
「私は……やってみたい」
『そう』
ニコリともしないので不安になるが、これが平常運転なのだろうか、クールなお母さんと結乃の関係は良好なようだ。
『あとは配信者ご本人のご意見も聞きたいのですが……本日はいらっしゃらないのですか?』
「あ……」
どうも蓮のことを認識していないようだ。結乃が、年齢や性別を伝えていないのかもしれない。
「柊さん」
と衛藤が、結乃の母――美里のほうを見て口を開く。
「弊社の配信者、遠野蓮はこちらです」
衛藤に左手が指し示すのは、もちろん蓮のことだ。
『…………え?』
「ど、どうも……」
美里のドライな視線が蓮に注がれる。
――どうアピールしたらいいだろう? 頼りがいのある男として堂々と? それとも、にこやかで爽やかに? どんな振る舞いが彼女に好印象を与えるだろうか?
なんて悩んでいるうちに、あわあわして視線を逸らしてしまう。
これはマズい。
こんな調子では到底、カメラの前で大勢のリスナーに語りかけるダンジョン配信者には見えないだろう。こんな男に娘は任せられない……そんなふうに思われたら、色んな面で立ち直れなくなりそうだ。
『そちらが……遠野さん?』
「あ、マ……お母さん、寮で一緒に住んでる『蓮くん』だよ」
『…………』
美里からのプレッシャーが増した気がする。
非常に気まずい。
蓮は目線を合わせられないまま、かろうじて、
「と、遠野蓮です……、い、いつも結乃……さんに、お世話になってます……」
まさかこんな形で結乃の家族にあいさつをすることになるとは。
『…………』
「~~~~~~っ!」
『…………、え……』
小さく声を漏らす美里。
どうしたんだろう、と、チラリと横目でうかがうと、
『可愛…………、うっ、ゴホンっ――!?』
目が合うと、今度は向こうがプイッと顔を横に向けた。
「どうしたのお母さん?」
『い、いいえっ……ごめんなさい。ちょっと、職場じゃ出しちゃいけない量の母性が……』
「?」
蓮と結乃が首をひねる中、二ノ宮がいつもの調子で、
「うんうん、蓮くんはいつでも柊家に婿入りできそうだね」
などと、またワケのわからないことを言う。
『遠野さん……蓮くんは、どうなのかしら?』
どうにか調子を取り戻しながら美里が言う。
『結乃にレッスンを付けてくれて、そのうえ配信に出させてもらうなんて。ご迷惑じゃないかしら?』
「僕は……」
この場での意見表明は、思えば初めてだ。二ノ宮、衛藤、美里……そして結乃の注目が蓮に集まる。緊張の中、蓮は気を引き締め直して美里に回答した。
「僕は、結乃さんと一緒にやりたいです。戦闘を教える約束もしたし。あと……」
『なにかしら?』
「結乃さんがいてくれると落ち着くし、凄くやる気になる……から」
言いながら恥ずかしくなってしまうが、
『そうですか。ご迷惑ではなさそうですね』
満足そうな声で美里はうなずいた。
『結乃。良かったわね』
「う、うん……っ」
隣で結乃が、蓮に負けないくらい恥ずかしそうにうつむいていた。
変に汗は掻いてしまったが、ともかくこれで話はついた。
……そう安心していたのだが、二ノ宮はさらに畳みかけてきた。
「これはついでなんですが、せっかくなのでお話しておこうと思って」
『はい、なんでしょうか?』
「基本はダンジョン配信です。しかし、場合によってはダンジョン外での配信も可能でしょうか?」
『外でというと、街中や家で……寮の部屋で、ということでしょうか』
「ええ、そうなりますね」
「社長!?」
これは衛藤も初耳だったようだ。二ノ宮のアドリブなのだろう。
「2人がそういう気持ちになったときのことを考えてね。せっかくこうして関係者が集まってるんだし。衛藤さんも、検討はしていたでしょ?」
「まあ、想定だけなら――」
衛藤は困惑しつつも、
「新しいリスクも発生します。それに、自室をさらすことになるわけですから、嫌がる配信者もいます。私たちはそこを強制しようとは思いません。……あ、セキュリティの面はご安心ください。警備が付きますから」
ダンジョン配信者の多くは素顔を晒している。
そのうえ、配信場所は当然ながらダンジョンだ。所在地が全国どころか全世界に公表されているダンジョンの中。身元なんてすぐにバレてしまうし、自宅まで尾けられるなんてこともザラだ。
なので企業勢――アイビスのようなマネージメント事務所に所属する配信者には、身辺警備が付けられるのが基本だ。配信者の希望する範囲までを警護し、不審者がいれば対応する。国の機関、ダンジョン庁が警察庁とともに認定した警備員《ガードマン》であれば、警官に近い権限を持つことができる。
ちなみに蓮と同居しているので、寮の守りはすでに実行されていることにはなる。
「腕のいい女性警備員のキープがあります。配信に出てもらう以上、結乃さんにはその警備員を充てる予定でしたし」
衛藤の話を、美里もうなずいて聞いている。こちらも、蓮と結乃の希望次第というスタンスは変わりないようだ。
「衛藤さんの説明どおりです。……とはいえ、これは急すぎる話かな。柊さん、そして結乃さんに蓮くん、もし望めばそういう配信も可能だということだけ覚えておいてください」
二ノ宮は、この場で結論を出すつもりはないらしい。
せっかく美里がいるので、まさしくついでに話を振っただけのようだ。抜け目がないというか何というか……。
今度こそ話はついた。
場の雰囲気もお開きといった空気だ。
『――蓮くん』
と、最後に美里が話しかけてきた。
『改めて、娘のことよろしくお願いしますね。そしてもし娘に出来ることがあったら何でも言ってください』
「え、は、はい。よろしくお願いします」
『いつかウチにも遊びにいらっしゃい。結乃と一緒に、大歓迎するから』
ようやく見せてくれた優しい微笑は、やっぱり結乃とよく似ていた。
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