10 / 17
3章
10 雨の図書室
しおりを挟む
*****
ベッドに横たわりながら、詩季はスマートフォンを操作していた。
(勇気を出して良かった)
タロウとのいままでメッセージを見返す。あの柔らかい声音を思い起こして、頬が緩んでくる。
「マメー、俺の彼氏かわいいんだぞ」
ベッドに登ってきた愛猫に自慢すると、にゃーと返事してくれた。
(次の土日どうしよう)
恋人になって初めての休日だ。もちろん会いたい。タロウの財布の負担にならなくて、できれば二人きりになれる場所。しかしまだ梅雨は明けないため、選択肢は狭まる。
「家デート……?」
この部屋のラグに座っていつものように本を読むタロウを想像して、それだけでドキドキする。すぐに想像するのをやめた。
「マメに会わせるのはまだ先になりそう」
耳まで熱った詩季は、猫のように丸くなった。
*****
タロウは登校のバスに揺られる。
栞の挟まったページを開いたまま、ぼうっとしていた。藤の色が揺れる。
他の木にすがって、頂きまで伸びる蔓。
あの日、いつから好きだったかという問いに、詩季は、
「今思うと、あの丘で初めて会った日から特別に見えていたかも」
と答えた。
「……そう」
タロウにとっては、友だちになったきっかけの日。
「ありがとう」
お礼を言うと、彼は照れながら笑った。
(恋……。詩季は、僕の特別だよね)
ここ一か月、詩季のことばかりを考えてきた。すごく楽しかった。
今、詩季を思うと、――胸を絞めつけられるような感覚がある。
(うん。きっとこれは恋だ)
この息苦しさは、そのうち甘い恋の花を咲かす。
(大丈夫……)
正門を入り、体育館の歩道との合流地点。他の傘よりも高い傘。詩季が待っていた。
「タロウ」
嬉しそうに彼は隣に並んだ。
「……おはよう」
「おはよう」
少しうつむいていると、詩季の鞄が濡れているのが目に入り、手で雫を払った。
「平気だよ。ありがとう」
屋内に入ると、詩季はタロウの手をタオルで拭いてくれて、今度はタロウがお礼を言った。
(いつも通りだ)
タロウは少しほっとして、詩季と並んで教室に向かった。
昼休み、購買でパンを買い、響に戻らないとメッセージを入れて、渡り廊下で立ち食いした。
そのまま図書室に向かい、少女小説を読み漁る。一度読んだことがある本もあり、サクサクと読み進んだ。
主人公の女の子が、素敵な男性と印象的に出会う。目で追ってしまうような整った顔立ち。やがて内面の魅力も知っていき、事件を乗り越え、告白してハッピーエンド。
(告白……)
告白されたから、僕はもうハッピーエンドの中にいる?
一般レーベルも読んでみる。いままでは気にならなかったが、恋に注目すると、大人向けは話が飛んでいる感じがする。タロウに分からない暗号でも仕掛けられているのだろうか。
(ボーイズラブは置いていない……。あ、でも推薦棚のポップで、男同士の恋って書いてあるのみたことあるな)
スマートフォンで思い出せるキーワードを検索すると、タイトルが分かった。さっそく棚から持ってきて読む。
悲恋だった。
(いやだ)
……いつもなら上手くいかないこともあると思うけれど。だめだ。ハッピーエンド以外いらない。
――詩季が悲恋に見舞われるはずがない。そんな世界おかしい。それならはじめから恋なんていらない。詩季が傷つけられるなんてこと許さない。
(…………)
詩季のことばかり、頭の中をぐるぐる回る。世界の中心のように、そればかり。
タロウは呼吸を整えて、胸を撫でおろした。
(僕、詩季のことが好きなんだ)
本は好みではなかったが、タロウは少し頭の中の靄が晴れた。
「あ」
教室に戻ろうとしている時、ちょうど詩季と会った。嬉しい。
「詩季、今日一緒に帰ろう」
ついでにお願いをしてみる。
「えっと、……分かった」
詩季はなぜか緊張した面持ちで答えた。
「……? あ、体育館までのことだよ。部活はちゃんと出て」
「それでいいの?」
拍子抜けした様子の詩季が訊き返した。
「うん。詩季と少しだけ長くいたいだけ」
「タロウ……」
肩が少し当たる距離で歩く。
「昼休み、コート取れた?」
雨は止んでいないから、体育館は争奪戦のはずだ。
「半面取れたよ。バスケして勝った」
「すごい。さすがだね」
詩季がいつも以上に笑顔だ。バスケそんなに楽しかったんだ。見ていればよかったかも。
「じゃあ、頑張ってね」
「うん。また明日」
体育館まで詩季を見送って、タロウは一人で帰る。
「タロウー。バス停まで一緒に行かない?」
振り返るとベージュのチェックの傘を差した女の子がいた。ゆらだ。その後ろから響も歩いてきた。
「いいよ」
「これから響の家行くけど一緒に行く?」
「それは邪魔になりそうだからいいや」
「そんなことないってー」
「ゆら」
響に手を引っ張られて、
「うう、はい」
ゆらは誘いを引っ込めて、響の手をそっと外した。タロウはその様子を眺めていて、ゆらの鞄に揺れるチャームに気づいた。
「それ、お揃い?」
響の鞄にもついているのを見たことがある。
「そう。誕生日にあげたの」
「ゆらりんのは石が水色なんだ。綺麗だね」
「えへー、ありがと」
バス停で二人と別れた。仲良さそうな二人の背中を微笑ましく見送る。 それと同時に、一年の時に感じた淋しさを思い出した。
響とゆらが付き合いだしたとき、タロウは鼻高々だった。友だちの響がいい人に好かれたのだ。
けれど、二人の会話を聞いていると、タロウの知らないうちに二人は一緒の時間を積み上げていたことに気づいた。響の好きな音楽のことは、ゆらの方がずっと詳しい。響の親友面をしていたことが、なんだか恥ずかしくなった。響の家に、タロウは行ったことがない。
(……週末も雨かな)
そうしたら、すぐ思いつく行先は図書館だ。
(詩季の家も近いな)
栞の挟まったページは、朝から変わらないままだった。
ベッドに横たわりながら、詩季はスマートフォンを操作していた。
(勇気を出して良かった)
タロウとのいままでメッセージを見返す。あの柔らかい声音を思い起こして、頬が緩んでくる。
「マメー、俺の彼氏かわいいんだぞ」
ベッドに登ってきた愛猫に自慢すると、にゃーと返事してくれた。
(次の土日どうしよう)
恋人になって初めての休日だ。もちろん会いたい。タロウの財布の負担にならなくて、できれば二人きりになれる場所。しかしまだ梅雨は明けないため、選択肢は狭まる。
「家デート……?」
この部屋のラグに座っていつものように本を読むタロウを想像して、それだけでドキドキする。すぐに想像するのをやめた。
「マメに会わせるのはまだ先になりそう」
耳まで熱った詩季は、猫のように丸くなった。
*****
タロウは登校のバスに揺られる。
栞の挟まったページを開いたまま、ぼうっとしていた。藤の色が揺れる。
他の木にすがって、頂きまで伸びる蔓。
あの日、いつから好きだったかという問いに、詩季は、
「今思うと、あの丘で初めて会った日から特別に見えていたかも」
と答えた。
「……そう」
タロウにとっては、友だちになったきっかけの日。
「ありがとう」
お礼を言うと、彼は照れながら笑った。
(恋……。詩季は、僕の特別だよね)
ここ一か月、詩季のことばかりを考えてきた。すごく楽しかった。
今、詩季を思うと、――胸を絞めつけられるような感覚がある。
(うん。きっとこれは恋だ)
この息苦しさは、そのうち甘い恋の花を咲かす。
(大丈夫……)
正門を入り、体育館の歩道との合流地点。他の傘よりも高い傘。詩季が待っていた。
「タロウ」
嬉しそうに彼は隣に並んだ。
「……おはよう」
「おはよう」
少しうつむいていると、詩季の鞄が濡れているのが目に入り、手で雫を払った。
「平気だよ。ありがとう」
屋内に入ると、詩季はタロウの手をタオルで拭いてくれて、今度はタロウがお礼を言った。
(いつも通りだ)
タロウは少しほっとして、詩季と並んで教室に向かった。
昼休み、購買でパンを買い、響に戻らないとメッセージを入れて、渡り廊下で立ち食いした。
そのまま図書室に向かい、少女小説を読み漁る。一度読んだことがある本もあり、サクサクと読み進んだ。
主人公の女の子が、素敵な男性と印象的に出会う。目で追ってしまうような整った顔立ち。やがて内面の魅力も知っていき、事件を乗り越え、告白してハッピーエンド。
(告白……)
告白されたから、僕はもうハッピーエンドの中にいる?
一般レーベルも読んでみる。いままでは気にならなかったが、恋に注目すると、大人向けは話が飛んでいる感じがする。タロウに分からない暗号でも仕掛けられているのだろうか。
(ボーイズラブは置いていない……。あ、でも推薦棚のポップで、男同士の恋って書いてあるのみたことあるな)
スマートフォンで思い出せるキーワードを検索すると、タイトルが分かった。さっそく棚から持ってきて読む。
悲恋だった。
(いやだ)
……いつもなら上手くいかないこともあると思うけれど。だめだ。ハッピーエンド以外いらない。
――詩季が悲恋に見舞われるはずがない。そんな世界おかしい。それならはじめから恋なんていらない。詩季が傷つけられるなんてこと許さない。
(…………)
詩季のことばかり、頭の中をぐるぐる回る。世界の中心のように、そればかり。
タロウは呼吸を整えて、胸を撫でおろした。
(僕、詩季のことが好きなんだ)
本は好みではなかったが、タロウは少し頭の中の靄が晴れた。
「あ」
教室に戻ろうとしている時、ちょうど詩季と会った。嬉しい。
「詩季、今日一緒に帰ろう」
ついでにお願いをしてみる。
「えっと、……分かった」
詩季はなぜか緊張した面持ちで答えた。
「……? あ、体育館までのことだよ。部活はちゃんと出て」
「それでいいの?」
拍子抜けした様子の詩季が訊き返した。
「うん。詩季と少しだけ長くいたいだけ」
「タロウ……」
肩が少し当たる距離で歩く。
「昼休み、コート取れた?」
雨は止んでいないから、体育館は争奪戦のはずだ。
「半面取れたよ。バスケして勝った」
「すごい。さすがだね」
詩季がいつも以上に笑顔だ。バスケそんなに楽しかったんだ。見ていればよかったかも。
「じゃあ、頑張ってね」
「うん。また明日」
体育館まで詩季を見送って、タロウは一人で帰る。
「タロウー。バス停まで一緒に行かない?」
振り返るとベージュのチェックの傘を差した女の子がいた。ゆらだ。その後ろから響も歩いてきた。
「いいよ」
「これから響の家行くけど一緒に行く?」
「それは邪魔になりそうだからいいや」
「そんなことないってー」
「ゆら」
響に手を引っ張られて、
「うう、はい」
ゆらは誘いを引っ込めて、響の手をそっと外した。タロウはその様子を眺めていて、ゆらの鞄に揺れるチャームに気づいた。
「それ、お揃い?」
響の鞄にもついているのを見たことがある。
「そう。誕生日にあげたの」
「ゆらりんのは石が水色なんだ。綺麗だね」
「えへー、ありがと」
バス停で二人と別れた。仲良さそうな二人の背中を微笑ましく見送る。 それと同時に、一年の時に感じた淋しさを思い出した。
響とゆらが付き合いだしたとき、タロウは鼻高々だった。友だちの響がいい人に好かれたのだ。
けれど、二人の会話を聞いていると、タロウの知らないうちに二人は一緒の時間を積み上げていたことに気づいた。響の好きな音楽のことは、ゆらの方がずっと詳しい。響の親友面をしていたことが、なんだか恥ずかしくなった。響の家に、タロウは行ったことがない。
(……週末も雨かな)
そうしたら、すぐ思いつく行先は図書館だ。
(詩季の家も近いな)
栞の挟まったページは、朝から変わらないままだった。
1
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
漢方薬局「泡影堂」調剤録
珈琲屋
BL
母子家庭苦労人真面目長男(17)× 生活力0放浪癖漢方医(32)の体格差&年の差恋愛(予定)。じりじり片恋。
キヨフミには最近悩みがあった。3歳児と5歳児を抱えての家事と諸々、加えて勉強。父はとうになく、母はいっさい頼りにならず、妹は受験真っ最中だ。この先俺が生き残るには…そうだ、「泡影堂」にいこう。
高校生×漢方医の先生の話をメインに、二人に関わる人々の話を閑話で書いていく予定です。
メイン2章、閑話1章の順で進めていきます。恋愛は非常にゆっくりです。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!
灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。
何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。
仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。
思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。
みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。
※完結しました!ありがとうございました!
「短冊に秘めた願い事」
悠里
BL
何年も片思いしてきた幼馴染が、昨日可愛い女の子に告白されて、七夕の今日、多分、初デート中。
落ち込みながら空を見上げて、彦星と織姫をちょっと想像。
……いいなあ、一年に一日でも、好きな人と、恋人になれるなら。
残りの日はずっと、その一日を楽しみに生きるのに。
なんて思っていたら、片思いの相手が突然訪ねてきた。
あれ? デート中じゃないの?
高校生同士の可愛い七夕🎋話です(*'ω'*)♡
本編は4ページで完結。
その後、おまけの番外編があります♡
モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)
夏目碧央
BL
兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。
ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?
【完結】遍く、歪んだ花たちに。
古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。
和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。
「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」
No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。
片桐くんはただの幼馴染
ベポ田
BL
俺とアイツは同小同中ってだけなので、そのチョコは直接片桐くんに渡してあげてください。
藤白侑希
バレー部。眠そうな地味顔。知らないうちに部屋に置かれていた水槽にいつの間にか住み着いていた亀が、気付いたらいなくなっていた。
右成夕陽
バレー部。精悍な顔つきの黒髪美形。特に親しくない人の水筒から無断で茶を飲む。
片桐秀司
バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
多分前世から続いているふたりの追いかけっこ
雨宮里玖
BL
執着ヤバめの美形攻め×絆されノンケ受け
《あらすじ》
高校に入って初日から桐野がやたらと蒼井に迫ってくる。うわ、こいつヤバい奴だ。関わってはいけないと蒼井は逃げる——。
桐野柊(17)高校三年生。風紀委員。芸能人。
蒼井(15)高校一年生。あだ名『アオ』。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる