鳳朝偽書伝

八島唯

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第1章 歴史への旅

黄伯氏の述懐

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「皇帝陛下はおとなしい方だった。人と争うことを良しとせず、戦いも好まれなかった」
 黄伯氏の言葉に、灰簾カイレンは思い出す。皇帝――廃残帝 隆靭リュウジンのことを。その性格は残虐にして酒池肉林の限りを尽くし、政治には興味もなく国を傾けた――これは公式の歴史書『隆朝紀伝』に記されていたところである。
「結果、家臣の横暴を許すところとなった。皇后陛下の叔父に当たる宰相の鹿範ロクハンが政治の実権を握り、宦官を使嗾して政治を乱すこと甚だしくなった。辺境での異民族の活動が活発なこのころ、膨大な軍事費は賄賂に使われた。足りない分は民への重税が課され、飢えて死ぬもの枚挙にいとまがない」
 隆朝の末期の混乱。宰相の鹿範ロクハンと宦官の悪政により、国が大きく損なわれたという史実である。
『歴史書『隆朝紀伝』では宰相の存在はほとんど取り上げられずに、すべて廃残帝 隆靭リュウジンの仕業とされているがな』
 灰簾カイレンの頭の中に響く翔極ショウゴクの声。
隆靭リュウジンは個人としては善良な人間であったが、為政者としては能力不足と言わざるを得ないな。奸臣を誅する事もできないようでは、主君たる器にかける』
 無言で灰簾カイレンは話に聞き入っていた。
「私は何度も諫言した」
 黄伯氏が喉の奥から絞り出すような声で、そうつぶやく。
「皇帝陛下も皇后陛下も私の言葉を素直に信じてくれた。宰相を罷免するとも。しかし、それはかなわなかった。数日後私は後宮から追い出され、すべての官職と財産を取り上げられた。もちろんそれ以降、お二人に会うことも許されない。宰相 鹿範ロクハンの仕業であろう。もう私に、生きていく楽しみはない。いまはただ、後世の人に私が見たことや聞いたことを日記に綴り真実を伝えたいと思うばかりだ」
 灰簾カイレンはじっと手元の本を見つめる。それは『黄伯氏日記』。この日記が書かれた真意はそこにあったのかと灰簾カイレンはなんとも言えない気持ちになった。
「そなたは、別の世界から来たはず。その世界では皇帝陛下と皇后陛下はどのように評価されておられるか?私の日記は少しでも役に立ったか?」
 灰簾カイレンは無言になる。
『『黄伯氏日記』は鳳朝ではほとんど顧みられることのない書籍だ。私が手に入れたのも偶然で、忘れ去られた本と言ってもいい。最も、これが流通したとしても禁書の扱いを受けるだろうがな。鳳朝が倒した最後の皇帝は暴君であるほうが都合が良いはずだから』
 黄伯氏はすっと目を閉じる。灰簾カイレンの困った顔にすべてを察したらしい。
 静かな時間が流れる――
 そして、次の瞬間灰簾カイレンはあたりが光りに包まれるのを感じた――
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