上 下
2 / 5

二〇〇五年九月一日 仙台市『遊佐亜梨沙の創作活動』

しおりを挟む
 駅前のバスプール。朝の登校時間ということもあり混雑の極みである。
 色とりどりの制服がずらっと並ぶ。地元の高校生の一団。その中の一人少女が単語帳を手に、難しそうな顔をしていた。
「亜里沙、おはよ」
 びくっと反応する彼女。声をかけたのは友人らしい。
「ちょっと、おどかさないでよ」
 単語帳をしまいながら亜里沙と呼ばれた少女は答える。亜梨沙の親友――里奈に。
「朝メールしたのにな~返事来ないし」
 携帯電話をひらひらと見せつける里奈。携帯電話をひらき、液晶画面を示す。
「気が付かなかったよ。今日、小テストだったし」
 亜梨沙がそう答えるそういいながら、市営バスに乗り込む二人。高校までは6駅ほどの距離である。
「この間の地震すごかったね」
「ケータイが突然なってびっくりしたね。あんな機能あるんだ」
「亜梨沙のは新型のだから。私、古いPHSだし」
 たわいのない会話。街中はまだ落ち着かない感じである。地震の影響は結構大きかったようだ。店の大きなウィンドウが割れて修理中の表示も見える。
「宮城県沖地震に比べたら全然大したことないって親、言ってたけど、そもそも生まれる前だしね。あんな地震が大したことないんなら、また大きいのきたら腰ぬかしちゃうよ。どこだったっけ?今年外国で大地震あったよね。インドネシアで。津波、マジやばかった。あんなの逃げらんないよ」
 里奈はそう言いながら、PHSを操作する。何やら風景を写メる彼女。亜里沙はそんな里奈をじっと見つめていた。

 退屈ではあるが、一方で何か満ち足りている高校生活。
 成績もそこそこで部活動は文化部、イラスト同好会なのでそれほど忙しくもない。
 東北部の地方都市であるこの仙台は、さらにゆっくりと時間が流れているようにも思われた。
 ――かつてこの国は戦争を経験した。それが終わってから今年でちょうど六〇年。お盆のテレビはほとんどその特集一色であった。
「世界史のレポートは――何か戦争に関することをまとめること。形式はなんでも構わない。文章でもイラストでも。ただし期限は厳守するように。それで定期考査のかわりの評価とするからな」
 中年の世界史教員。このクラスは日本史で受験するクラス、つまり世界史は必要ない単なる必修教科なので、生徒だけではなく教員のモチベーションも極めて低い。そのため、座学よりもこういったレポートが課せられることが多かった。簡単に言えば『時間つぶし』である。
 私立高校ということもあり、設備の整った図書室の中を仲良しの里奈と一緒に本を探す亜梨沙。
 歴史のコーナーはちょっと混んでいたので、世界文学のコーナーに二人は手をつないで歩み寄る。
 ずらりと並ぶ外国文学。その数冊を里奈は引き出す。
「ハリーポッターは面白いけど歴史じゃないしね。そういや佳奈美、彼氏とこの映画見に行ったって」
 ふうん、と相槌を打ちながらなんとなく一冊の本を手に取る亜梨沙。
 本のタイトルは『銃を持った少女たち』で作者名は『リーゼル=アッヘンヴァル』と記されていた。
 翻訳ではなく、外国の作者が日本語で書いた本らしい。また、その表紙から第二次世界大戦の本らしいことは、なんとなく感じられた。
「へー、なんか面白そうじゃん。世界史のレポートにも使えそうで」
 里奈が興味深そうにのぞき込む。
 パラパラと本を亜梨沙はめくる。ところどころにリアルではあるが、何か心惹かれる挿絵が載せられていた。

 何時間たったであろうか、亜梨沙はその本に読み入っていた。
 時代は第二次世界大戦――ドイツがソ連に侵攻した時の物語。ソ連では共産主義の名のもとに女性、少女も戦争に参加していた。腕力こそ劣るものの、様々な特技で戦争に参加した少女――特に狙撃兵の話が中心であった。あくまでもフィクションという形式ではあったが、作者の巧みさか実在の人物の伝記のようにも感じられた。
 この平和な日本。バブル経済が崩壊したとはいえ、最近はようやく景気も回復し始めていた。
 テレビには大食いを競うバラエティ番組が放映され、食べるのに困ることもない現代日本。
 そんな二〇〇五年の日本で亜里沙はその本と出会ったのであった。
 机に向かう亜梨沙。一冊のノートを取り出すと、鉛筆で原稿を書き始める。『銃を持った少女たち』で一番印象的だった話、『ユーリヤ=ベロドブコフ准尉の最後』という短編を漫画にしようとしたのだ。
 イラスト同好会で何冊か同人誌は発行していた。もちろんコピー誌であったが、地元の同人誌即売会にも同好会名義で参加し漫画の技術はちょっとしたものである。
 結局その日は夜を徹して漫画を描くことになった亜梨沙である。

「眠そう」
 里奈がそう指摘する。
 放課後の部室。
 すでに亜梨沙は下書きを終え、ペン入れを始めていた。部室には画材がそろっている。イラスト同好会の予算で買ったGペンやインク。少なからずスクリーントーンも備えていた。
 CRTディスプレイがゆっくりと画像を表示する。校内ネットワークのインターネット。回線こそ遅いものの、漫画を描く時の資料探しには欠かせない機材である。
 それを参考に背景を手伝う里奈。亜梨沙の原稿はどんどん完成していった。
「亜梨沙」
「ん?」
 トーンを削りながら、里奈は問いかける。
「悲しいお話だね。この主人公、日本人の血が入ってたんだ。こんな簡単に人間って死ぬんだね」
 なにか話が論理的ではない気もするが、なんとなく察する亜梨沙。うんと頷き、じっとキャラを見つめる。
 黒髪の少女。ベタフラッシュをする手間を考えると金髪のほうが楽ではあったが、あえて黒髪にした。
「今の日本で、突然死んじゃうなんて――まあないもんね。事故とか、まあ地震とか」
 筆をそっとインクにつけながら亜里沙がそうつぶやく。
「宮城県沖地震の時はブロック塀につぶされたっていう話聞いたことある。だから揺れたら絶対、塀のそばに行っちゃいけないっておばあちゃんに言われた」
「ほかには地震での火事とか――この間のインドネシアのように津波とか。まあここからは海見えないし、安心だけど。そういや今日は防災の日だったね。忘れてた」
 乾いた原稿をトントンと机の上でそろえる亜里沙。高校生にしては結構高いクオリティの原稿である。しかもたった二日で原稿は完成した。もっとも8ページでかなり話も省略されていたが。
「とりあえず、世界史の谷田に提出して――許可もらえれば、コピー本にして即売会に出そうかな」
 外を眺める亜里沙。九月の太陽がゆっくりと輝いていた。真っ赤に。そして大きく――
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天ヶ崎高校二年男子バレーボール部員本田稔、幼馴染に告白する。

山法師
青春
 四月も半ばの日の放課後のこと。  高校二年になったばかりの本田稔(ほんだみのる)は、幼馴染である中野晶(なかのあきら)を、空き教室に呼び出した。

アマツバメ

明野空
青春
「もし叶うなら、私は夜になりたいな」 お天道様とケンカし、日傘で陽をさえぎりながら歩き、 雨粒を降らせながら生きる少女の秘密――。 雨が降る日のみ登校する小山内乙鳥(おさないつばめ)、 謎の多い彼女の秘密に迫る物語。 縦読みオススメです。 ※本小説は2014年に制作したものの改訂版となります。 イラスト:雨季朋美様

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

『10年後お互い独身なら結婚しよう』「それも悪くないね」あれは忘却した会話で約束。王子が封印した記憶……

内村うっちー
青春
あなたを離さない。甘く優しいささやき。飴ちゃん袋で始まる恋心。 物語のA面は悲喜劇でリライフ……B級ラブストーリー始まります。 ※いささかSF(っポイ)超展開。基本はベタな初恋恋愛モノです。 見染めた王子に捕まるオタク。ギャルな看護師の幸運な未来予想図。 過去とリアルがリンクする瞬間。誰一人しらないスパダリの初恋が? 1万字とすこしで完結しました。続編は現時点まったくの未定です。 完結していて各話2000字です。5分割して21時に予約投稿済。 初めて異世界転生ものプロット構想中。天から降ってきたラブコメ。 過去と現実と未来がクロスしてハッピーエンド! そんな短い小説。 ビックリする反響で……現在アンサーの小説(王子様ヴァージョン) プロットを構築中です。投稿の時期など未定ですがご期待ください。 ※7月2日追記  まずは(しつこいようですが)お断り! いろいろ小ネタや実物満載でネタにしていますがまったく悪意なし。 ※すべて敬愛する意味です。オマージュとして利用しています。 人物含めて全文フィクション。似た組織。団体個人が存在していても 無関係です。※法律違反は未成年。大人も基本的にはやりません。

永遠のファーストブルー

河野美姫
青春
それは、ちっぽけな恋をした僕の、 永遠のファーストブルー。 わけあってクラスの日陰者に徹している日暮優は、ある日の放課後、クラスでひときわ目立つ少女――空野未来の後を尾けてしまう。 そこで、数日後に入院すると言う未来から『相棒』に任命されて――? 事なかれ主義でいようと決めたはずの優は、その日から自由奔放で身勝手、そして真っ直ぐな未来に振り回されていく。 *アルファポリス* 2023/4/30~2023/5/18 こちらの作品は、他サイトでも公開しています。

おふくろの味を、もう一度

西野 うみれ
青春
家族とは、親とは、子とは。中学二年生の頃、俺は「お母さん」に救われた 灰谷健司は中学二年生。小学五年生の頃に両親を事故で亡くした。親戚の夫婦に引き取られたものの、衣食住のうち与えられたのは、住。住む場所というよりも、ただ寝るための場所だった。希望が見いだせない日々。両親が遺してくれた財産も未成年後見人である親戚夫婦に握られてしまっていた。そんな健司が心通わせたのは、不登校の裕也。担任に頼まれて、プリントを持っていくうちに、裕也の母「恵美子」は健司の衣食の手助けをするように。 健司の生命線をなんとか結んで、切れないように大切に大切に育んでくれる恵美子、その夫寛治。 裕也が不登校になった理由、不誠実な親戚夫婦、健司の将来、がつづられていく十五年に渡る物語。 家族とは、親とは、子とは。私たちがあたり前にそこにあると思っているものが突然失われる、私たちが失ったと思ったものがそこに突然現れる。 人生の縁と絆を見つめた物語です。僕は書きながら泣いてしまいました。ぜひご一読ください。

【完】Nurture ずっと二人で ~ サッカー硬派男子 × おっとり地味子のゆっくり育むピュア恋~

丹斗大巴
青春
 硬派なサッカー男子 × おっとり地味子がゆっくりと愛を育むピュアラブストーリー  地味なまこは、ひそかにサッカー部を応援している。ある日学校で乱闘騒ぎが! サッカー部の硬派な人気者新田(あらた)にボールをぶつけられ、気を失ってしまう。その日から、まこの日常が変わりだして……。 ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* サッカー部の硬派男子 未だ女性に興味なしの 新田英治 (やばい……。 なんかまだいい匂いが残ってる気がする……) × おっとり地味子  密かにサッカー部を応援している 御木野まこ (どうしよう……。 逃げたいような、でも聞きたい……) ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴* ✴*   便利な「しおり」機能をご利用いただくと読みやすくて便利です。さらに「お気に入り」登録して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもご活用ください。

0.1秒のその先へ

青斗輝竜
青春
陸上部に所属している手塚 柚巴。 ただ足が速くなりたい、それだけの理由で部活に入った。 そして3年生になったある日、最後の大会に出場するリレーメンバーを決めることになって――

処理中です...