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第1章 タルフィン王国への降嫁
二人きりの会話
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一面砂漠。ちょっと街のはずれに出ただけで風景は一変する。
はあ、と思わずシェランは息をもらす。
「一面、砂漠......」
それ以外言葉が出てこない。さきほどまでいた街の賑わいがまるで嘘のように感じられた。
ファルシードは馬のたずなを緩めながら、話し始める。
「この国、タルフィン国と言ってもこんな感じだ。砂漠が海なら、それに浮かぶ小さな島。あなたの祖国に比べたら、とるにたらない辺境の小国と思われるだろう」
目も合わせずに話し続けるファルシードにシェランは全力で首をふる。
(そんなことないよ!こんな賑わっている市場とか見たことないし!)
「そのような国に嫁入りとは申し訳ない限りだ。王宮を出たくなる気持ちもわかる――」
じっとファルシードの背中を見つめるシェラン。明らかに自分より年下の少年はなにかしょんぼりしているようにも思われた。
「ええ、っとね」
もじもじしながらシェランは切り出す。
「黙って出たのは悪かったです。ごめんなさい。別に王宮が不満とかそういう理由じゃなくて、っていうか逆に豪華すぎて私にはその、居心地わるいというか......」
馬上のファルシードが振り向く。驚いたような表情。まだまだ大人になりきれていないその顔は、頼りなさげにも見えた。
「......私は、皇族って言ってもその、かなり下の方っていうかなんちゃってというか......」
「......?」
不思議そうなファルシード。無理もない。世界に覇を唱える大鳳皇国の、仮にも皇女が豪華すぎとか下の方とかありえない話である。
はあ、とため息をつくシェラン。
どうせそのうち化けの皮がはがれるだろうという、あきらめの気分で。
ファルシードがくすりと笑う。はじめて見た笑顔にこんどはシェランのほうが戸惑い気味になる。
ようやく、年齢相応の姿を見れたような気がして。
「都会のお姫様の考え方はよくわからないな。まあ、これも両国の親善のためだ。夫が歳上なのは不満かもしれないが、それは我慢してくれ」
ふ、とシェランは言葉に引っかかる。
『年上』『夫』
ええと、自分はこの国に嫁入りにきたわけで.......その相手は国王の......この眼の前の小生意気なヤツで......
『年上!?』
きっと、シェランは身構えて言い放つ。
「あなた、年は?」
シェランの豹変に少し驚くファルシード。
「十六だが、数えで」
だとすれば一五。
シェランは両手を差し出して、ファルシードの前に広げる。
「十七......」
大きな声。シェランはそれをもう一度繰り返す。
「十七だから、私。満で。あなたより上だから。かなり」
はあ、とファルシードは間の抜けた返事をもらす。
「嘘つくな。そんな幼い十八歳がいるか。小さいし」
どん、とシェランは馬からファルシードを突き落とす。
目には涙を浮かべて。
「いてて......」
ファルシードは馬上のシェランを見上げる。とてもご機嫌斜めといった感じである。
幼く見られたことがそんなに嫌なのか、と一瞬思ったがすぐに気づく。
自分もそうだ。
若き国王、というよりはあまりに幼い国王。そんな国王に国が治められるのか。影でコソコソと家臣たちが噂しているのは知っていた。自分と同じ悩みを抱えるシェラン。そんな彼女を傷つけてしまった。
「すまん」
頭を下げるファルシード。あまりに素直な態度にシェランのほうがかしこまってしまう。
「何しろ、まわりにあまり若い女性がいないから見る目がない。失礼した」
シェランはその素直な物言いに逆に恐縮する。思わず馬の上で正座しそうになるくらいだ。
「若い女って......ほら、こういう国の国王ってだいたい側室とかいっぱいいるんでしょ。さぞかし美人の」
シェランの言葉に首をふるファルシード。すこし頬が赤く染めているようにも思われた。
くすっとシェランは笑みをもらす。根拠のない優越感を感じて。
「よろしくお願いする。シェランどの。この国のためにも」
いやいやと思わず手をふってしまうシェラン。完全に立場が逆転したことに少し違和感を感じながらも。
「期待している。都の貴人は様々な有職故実に通じていると。この国は辺境の国なので明るいものも少ない」
ゆうそくこじ......つ?そんな食べ物あったかな、とシェランは視線を泳がせる。
「いかに謙遜されていても、あの『龍の血脈』の一族であれば詩歌はもとより、文芸一般なんでもひととおり学んでおられるだろう」
シェランはなにか冷たい汗が吹き出るのを感じた。
(......だから私はそういう種類の人間では......)
ファルシードのキラキラした目に思わず顔を伏せてしまうシェラン。
これは......やばい......
思わず両手でシェランは顔を覆う。恥ずかしさとこれからの不安に真っ暗になりながら......
はあ、と思わずシェランは息をもらす。
「一面、砂漠......」
それ以外言葉が出てこない。さきほどまでいた街の賑わいがまるで嘘のように感じられた。
ファルシードは馬のたずなを緩めながら、話し始める。
「この国、タルフィン国と言ってもこんな感じだ。砂漠が海なら、それに浮かぶ小さな島。あなたの祖国に比べたら、とるにたらない辺境の小国と思われるだろう」
目も合わせずに話し続けるファルシードにシェランは全力で首をふる。
(そんなことないよ!こんな賑わっている市場とか見たことないし!)
「そのような国に嫁入りとは申し訳ない限りだ。王宮を出たくなる気持ちもわかる――」
じっとファルシードの背中を見つめるシェラン。明らかに自分より年下の少年はなにかしょんぼりしているようにも思われた。
「ええ、っとね」
もじもじしながらシェランは切り出す。
「黙って出たのは悪かったです。ごめんなさい。別に王宮が不満とかそういう理由じゃなくて、っていうか逆に豪華すぎて私にはその、居心地わるいというか......」
馬上のファルシードが振り向く。驚いたような表情。まだまだ大人になりきれていないその顔は、頼りなさげにも見えた。
「......私は、皇族って言ってもその、かなり下の方っていうかなんちゃってというか......」
「......?」
不思議そうなファルシード。無理もない。世界に覇を唱える大鳳皇国の、仮にも皇女が豪華すぎとか下の方とかありえない話である。
はあ、とため息をつくシェラン。
どうせそのうち化けの皮がはがれるだろうという、あきらめの気分で。
ファルシードがくすりと笑う。はじめて見た笑顔にこんどはシェランのほうが戸惑い気味になる。
ようやく、年齢相応の姿を見れたような気がして。
「都会のお姫様の考え方はよくわからないな。まあ、これも両国の親善のためだ。夫が歳上なのは不満かもしれないが、それは我慢してくれ」
ふ、とシェランは言葉に引っかかる。
『年上』『夫』
ええと、自分はこの国に嫁入りにきたわけで.......その相手は国王の......この眼の前の小生意気なヤツで......
『年上!?』
きっと、シェランは身構えて言い放つ。
「あなた、年は?」
シェランの豹変に少し驚くファルシード。
「十六だが、数えで」
だとすれば一五。
シェランは両手を差し出して、ファルシードの前に広げる。
「十七......」
大きな声。シェランはそれをもう一度繰り返す。
「十七だから、私。満で。あなたより上だから。かなり」
はあ、とファルシードは間の抜けた返事をもらす。
「嘘つくな。そんな幼い十八歳がいるか。小さいし」
どん、とシェランは馬からファルシードを突き落とす。
目には涙を浮かべて。
「いてて......」
ファルシードは馬上のシェランを見上げる。とてもご機嫌斜めといった感じである。
幼く見られたことがそんなに嫌なのか、と一瞬思ったがすぐに気づく。
自分もそうだ。
若き国王、というよりはあまりに幼い国王。そんな国王に国が治められるのか。影でコソコソと家臣たちが噂しているのは知っていた。自分と同じ悩みを抱えるシェラン。そんな彼女を傷つけてしまった。
「すまん」
頭を下げるファルシード。あまりに素直な態度にシェランのほうがかしこまってしまう。
「何しろ、まわりにあまり若い女性がいないから見る目がない。失礼した」
シェランはその素直な物言いに逆に恐縮する。思わず馬の上で正座しそうになるくらいだ。
「若い女って......ほら、こういう国の国王ってだいたい側室とかいっぱいいるんでしょ。さぞかし美人の」
シェランの言葉に首をふるファルシード。すこし頬が赤く染めているようにも思われた。
くすっとシェランは笑みをもらす。根拠のない優越感を感じて。
「よろしくお願いする。シェランどの。この国のためにも」
いやいやと思わず手をふってしまうシェラン。完全に立場が逆転したことに少し違和感を感じながらも。
「期待している。都の貴人は様々な有職故実に通じていると。この国は辺境の国なので明るいものも少ない」
ゆうそくこじ......つ?そんな食べ物あったかな、とシェランは視線を泳がせる。
「いかに謙遜されていても、あの『龍の血脈』の一族であれば詩歌はもとより、文芸一般なんでもひととおり学んでおられるだろう」
シェランはなにか冷たい汗が吹き出るのを感じた。
(......だから私はそういう種類の人間では......)
ファルシードのキラキラした目に思わず顔を伏せてしまうシェラン。
これは......やばい......
思わず両手でシェランは顔を覆う。恥ずかしさとこれからの不安に真っ暗になりながら......
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