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第4章 会議は踊る

誰がために鐘は鳴る

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 ゆっくりと籠の扉が開く。
 あれほど激しく行われていた戦は、新手の登場により完全にその勢いを飲まれた感じであった。
 はっきりとは言えないが、何か逆らってはいけない強力な力の出現を、この場すべての人たちが感じていたのかもしれない。奈穂や宗世、そして一兵卒に至るまで。
 籠の中から現れる人影。狩衣の上に鎧をまとう老人。どうやら公家らしいが、その放つオーラは尋常なものではない。一般の文弱な公家とは一線を画しているその雰囲気——AIであってもここまでの威圧感があるというのはよほどの人物なのであろう。
「近衛前関白准三宮前久である。御門よりの勅命である。しかと申しつける」
 老人とは思えない、引き締まった声。奈穂はそっと情報携帯端末でその名前を検索する。
「近衛前久——とんでもねえやつを引きずり出してきたな——上杉謙信とともに関東で戦い、本能寺の変の黒幕とも——さらには俺に徳川姓を与えたのも奴だし、秀吉の養父となり奴に関白の箔をつけたのも——」
 宗世がすらすらとそらんじる。奈穂はそっと情報端末をしまい、彼の人のほうをウィンドウ越しに見つめる。
 ——休戦。それがもつ意味を考察しながら。
 宗世がこれを断る可能性は——ほぼないだろう。
 もう一つのウィンドウを立ち上げる。近衛前久が率いる軍勢の正体——実際に運営を行っているのは増田右衛門少尉長盛、その総軍勢一万。大坂城の守備部隊の一部である。
 東軍よりは数で劣っているが、十分な戦闘能力を持っていることは明らかである。徳川秀忠の本隊が来たとしても、それなりに戦うことは可能だろう。なにより——その背負うものは天皇——朝廷の権威。そしてその背後に見え隠れする、豊臣家の意向。
『もしこの勅命に従わなければ朝廷のみならず、豊臣もそして大阪城の守備部隊すべてを敵にまわすことになるぞ』というメッセージ。
 爪をかみながら、思索を巡らす宗世。戦うという選択肢は——ありえない。ここで勝ったとしても後が続かない。かといって、兵を引くのも——江戸にもどったとして自分の権威は地に落ちる。多分東西の対立はこの後も続くであろうことも予測できた。
 しかし——選択肢はそれしかない。とにかく早く江戸にもどり、体勢を立て直すこと。史実とは異なり『徳川家による幕藩体制』の成立は数十年遅れることに——いやそもそもそれ自体が達成されないかもしれない。
「負けた」
 胡坐をかいて、刀を地面に置く宗世。
 奈穂は馬上から降り、ぺこりと宗世に頭を下げる。
『関ヶ原の戦いのシミュレーションを終了します。これよりお互いの勝利点数を計算します。なお、総合でこの戦いの勝者を——西軍であるとアリストテレス=システムは判定します。参加者はそのまま、待機すること』
 機械的なアリストテレス=システムの声。それはこの長い戦いの終わりを告げる鐘の音でもあった——
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