世界史嫌いのchronicle（クロニクル）

第４章 会議は踊る

錦の御旗の下に

　馬上から、奈穂は宗世をにらみつける。その視線の先には宗世の喉に突きつけられる槍の穂。しかし宗世はたじろぎもせず。そっと目を閉じる。穂先はそのまま宗世に突きつけられたまま、一度軽く左右に揺れる。
「私を、ここで討ち取っても勝利はない」
　座って、目を閉じたままそう宗世はつぶやく。奈穂の突き出した槍を囲むように、二つのフィジカルウィンドウが立ち上がる。槍は構えたまま、奈穂はそれを確認する。
「…………！」
　ふっ、と宗世は鼻を鳴らす。
「私の『補正値』を息子——徳川中納言秀忠に補正した。上田城攻めをなるべく早め——なんとかこの戦いに間に合ったというわけだ」
　フィジカルウィンドウに記される大軍。すでに大垣城を抜け、視界に入るようになるもの時間の問題と思われた。
「強行軍とはいえ、脱落者は出ていない。総数三万の無傷の部隊に、満身創痍の西軍が——倒せるかな？私が死んでも、秀忠が総大将として西軍を全滅させる。それだけのことだ。勝利は結局東軍のものさ。せめて——かたきを討ってみてどうだい？」
　目を開けて、奈穂をにらみつける宗世。少しの沈黙の後、奈穂はそっと穂先を下ろす。笑みを浮かべる宗世。
「甘いな……せめて私を討ち取れば『敗戦』のジャッジメントが下るとはいえ、点数は上乗せされただろうに」
「ちがいます」
　騎馬を降りて、奈穂は答える。
「まだ私には——頼るべき人がいます。きっと——この状況を変えてくれると——信じています」
　不思議そうな顔をする宗世。奈穂は無防備に空の方を見上げる。
　それに対して宗世も雰囲気に飲まれて手を出すことができない。
　その刹那——
　両者の目の前に、緊急連絡を告げるウィンドウが開く。赤く縁取りされたウィンドウ。
『緊急【エマージェンー】両軍に告ぐ。われは勅使なり。戦闘を一旦中止すべし。逆らう場合は両者の官位を即、剥奪するものとする』
　ウィンドウに大きく記されたのは『十六葉八重表菊花紋』。言うまでもない。この国で唯一の天子の証である。
　別なウィンドウには鎧に身を固めた武者の大軍の姿が——そしてその中から誂の良い駕籠が速いスピードで前線へと移動し、扉が開く。
　奈穂はホッと胸をなでおろす。本当にこれが最後の一手——桃から与えられた最後の一手であることを確信して——