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第4章 会議は踊る

Q.E.D.フェルマーの最終定理

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 大一大万大吉の旗が翻る。風が強くなってきたようだ。陣幕の中にはひざまずいて、少女を抱きしめるもうひとりの少女。片手には竹の葉の包み。先程伝令がほうほうの体で届けたもの。それは——墨子のもたらした、貴重な情報。
 そっと包みを開き、中の薄いコンタクトを取り出す。目にはめる奈穂。発光式情報展開コンタクトの画素が、部分部分欠けている。それでも概要は把握することができた。東軍の手の内、その陣容から指揮に至るまで。
 そして、それを伝えてくれた人はこのシミュレーション上にはすでにいない。
「……間にあったんだね……墨ちゃん……」
 切れ切れに、知恵が奈穂に抱きかかえられながらそうつぶやく。
「何も言わないで、知恵ちゃん」
 ギュッと抱きしめる奈穂。それに対して、穏やかな顔で返す知恵。そしてそっと目を閉じる。それまで手とひざに感じていた重みがふうっと軽くなる。
 知恵の姿が消えていく。アリストテレス=システムのシミュレーションにおいて『死』はその存在自体がこのシステム内から消滅することを意味していた。
『ベルナルディ=知恵:安国寺恵瓊 アリストテレス=システムシミュレーション コードF―366 より 消去します』
 無情なインフォメーションウィンドウが立ち上がる。
 しかし、奈穂は抱きかかえた姿勢のまま、それを崩そうとはしなかった。一方で発光式情報展開コンタクトがその寿命を終え、何度かのエラーメッセージの後に沈黙する。
 そっと、目に手をやる奈穂。その手からは、すでに知恵のぬくもりは消えていた。コンタクトをはずそうとするがうまくいかない。指先に——涙が伝う。声も出さずに、ただ涙だけが止めどもなくあふれてくる——
(…………!)
 少しの沈黙ののちに、涙をぬぐいすっと立ち上がる奈穂。
 コンタクトを投げ捨てると、彼女のまわりに無数のフィジカルウィンドウが瞬時に現れる。瞳孔とハンドサインで、膨大な量のデータ入力をしていく奈穂。まるで何かにとりつかれたように。
「許せない……これがたとえシミュレーションだとしても……二人に『死』を体験させた……敵と……それにみすみすはまってしまった私を……」
 空中にあふれるデジタルな、インフォメーションの洪水。
 それを操るがごとく奈穂は舞う。
 そして——すべてのデータが入力され、最終確認のウィンドウが現れる。
『命令をすべてプログラミングしました。最終確認を』
 無数のウィンドウの数値を一瞥し、奈穂は目を閉じてうなずく。了承——そのボタンが押されると、光の洪水が矢になって空に放たれる。
 残存兵力約一万。主力の石田隊はほぼ壊滅。小西、宇喜多隊がその西軍戦力の中心となる。きっ、と街道の奥をにらむ奈穂。
「これで……終わるんだ……終わらせるよ……知恵ちゃんや墨ちゃんに次あったときに……『絶対的な勝利』を報告できるように!」
 そう言い放つとひらりと馬上の人となる奈穂。
 迷いはない。多分唯一の西軍の勝利の方程式を短時間で奈穂は導き出していた。東軍およそ三万。この方程式が果たして通用するかどうかはいまだ——
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