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第4章 会議は踊る

森鴎外の主張

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「まあ……とりあえず調理してみようぜ。やべぇ……これは楽しそう……」
 でかい、青龍刀のような包丁を手にする墨子。一刀両断に肉をたたき切る。
それを見ながら『お菓子とか作ったら、女子高生っぽいかなぁ』とか奈穂は思いをはせる。
「そもそもなぁ……日本人っていうのは戦闘糧食には恵まれてなくて……」
 そう言いながら、墨子は豚肉を切り刻む。
「日本には主食という概念があるから、というか『米』でほとんどの栄養素を補っていたからな。つまりは『玄米』だ。炭水化物、ビタミン……タンパク質以外は偏りこそあるがほぼ完全食だ。まあ今の栄養学から見たら問題、といえば結構問題だがな。戦国時代は『糒』というかたちで、戦闘糧食をつくっていたが、やはり、炊き立てのコメにはかなわないな」
 墨子の口上にあわせて、どんどんどん、とまな板の上で肉が躍る。ミンチにされていく豚肉。
「近現代に入っても米は軍隊の主食。二十キロ以上のコメを背負ってジャングルに出陣なんてことも……当然支障は大きい。米を洗う水、それを炊くための水、そして炊く際に出る煙……米食民族に近代戦はできないともいわれた……アルファ化米の登場まではな!」
 ほぼひき肉になったそれを、すでに、用意してあった餃子の皮にどんどん詰めていく墨子。ダース単位のそれを、火力の高い鍋に並べどんどん焼いていく。
「お湯を注ぐだけで……なんと『ほかほかごはん』が食べられる!これは多分人類の最高の発明!さあ!焼きたての餃子と一緒に食べろよ!炭水化物のダブルパンチだ!こんな贅沢はないぜ!」
 目の前に山盛りの餃子と湯気を上げるご飯。日本人なら、あがなえない魅力をたたえながら。
「美味しいね!」
 米と餃子を、交互に口に運ぶ奈穂。もくもくと量をこなす知恵。
「まあ……戦場では餃子も焼けないがな。それでも米がたかずに食えるっていうのはすごい進化だ」
「墨子さんすごいね~自分で餃子包めるなんて」
 奈穂がそう褒めると、墨子ははにかむ。
「まあ、切って包むだけだからね。ヤクザな感じが墨子さん的かな」
 嫌味を言う知恵。墨子はにへっと笑いで返す。
「そういう知恵はどうなんだ。料理とかできんのか?」
「できるよ!……パスタとか」
「おめーそれ、煮るだけじゃないのか?」
「レトルトをバカにすんの?それこそ戦場の糧食を変えた大発明だよ!」
 ソースはレトルト前提なのか……と奈穂は心のなかでつぶやく。
「まあ、便利だわな。携帯カイロがあれば水で煮る必要もないし」
「そもそもは……ナポレオンだよね」
 奈穂の方を見つめながら、知恵は続ける。
「戦争には、長期保存可能な糧食が必要。そこで懸賞をかけた。『長期保存可能な糧食を発明したものに賞金を与えるぞ』って」
 なんとなく聞いた話。子供のときに読んだ、学習まんがにのっていた話を奈穂は思い出す。
「それが瓶詰め。発明者はニコラ=アペールという人だね。コッホとかパスツールが細菌由来の病原菌を発見する前から、煮沸して真空の状態で、細菌が入らないようにするっていう保存食料を発明したのは……すごいの一言だよね。まあ瓶は重いし、割れやすいからあっという間に缶詰に取ってかわられたけど」
「で、知恵はなんか作れるんかい?」
 話を戻しにかかる墨子。知恵がすっと立ち上がり、厨房に向かう。
 十分もたった頃だろうか。数枚の皿を手に、知恵が戻ってくる。
「まあ、食べてみて」
 スクランブルエッグのような黄色いペーストのそばに、うす切のサラミが数枚。湯気がかすかに上がっている。
「これは……?」
 奈穂はスプーンですっと、そのペーストとサラミを一枚、口の中に運ぶ。
(……へぇ……!)
 なんとも優しい味。コーンクリームスープを濃厚にした雰囲気。
「おばあちゃんがよく作ってくれた。イタリア……北部の伝統料理だよ。日本人なら味噌汁ってとこかな。戦闘糧食もそうだと思うんだよね、故郷の味。子供の時から食べていたものが栄養や効率を超えて一番力になるような……」
「これどうやって作るんだい?」
「えーと……トウモロコシの粉に水と牛乳を混ぜて……今回はコーンスープの粉を牛乳で溶いて……」
「そりゃぁ単なる濃いめのコーンスープでは?」
「違うよ!『ポレンタ』だよ!あのイタリアの独裁者ムッソリーニが最後に食べた料理としても有名だよ!」
 墨子と知恵の、まるで漫才のようなやりとり。ふと、奈穂は桃の方を向く。下をうつむいて、もじもじしている桃。机の上にはなにもない。奈穂は情報携帯端末であることを調べると、まだいい争いをしている二人をしり目に、厨房へと向かう。
 数十分の後——
「おまたせ」
 両手でトレーを掴む奈穂。それを机の上に置く。
「……?」
 知恵はメガネを上にずらして、皿の上をじっと見つめる。そこには四角いスティックが一本。どう見ても市販の栄養補助食品『カロリースタッフ』のように見えた。
驚きの顔を見せる桃。
「自分で作ってみたんだ。特注だよ。これなら——桃さん食べれるよね」
 桃はそのスティックを手に取る。ほの暖かい。口にそっと運ぶ。
「……美味しい……」
 今までにない味。柔らかなフルーツの感触。そして今までの市販品にはない食感である。
「どれどれ」
 墨子と知恵も、口に運ぶ。
「ふ~ん。ちょっとしたお菓子だな。日持ちはしなさそうだけど」
「いいんだよ。桃さんが食べてくれれば」
 その時、墨子と知恵は気づく。まったく、桃が食べ物に手を付けていなかったことを。
「ごめん……二人で盛り上がって」
 桃は大きく首を横に振る。
「ううん……私が偏食なのが良くないんだし……でも、そんな私のために……ありがとうね奈穂さん」
「なんか、逆に気を使わせてしまったかな?他の味が食べたいときは言ってね。レシピは大須さんの情報携帯端末に保存したし、色々食材を入れれば食べられるバリエーションも増えると思うよ」
 奈穂の言葉に、大きくうんとうなずく、桃。
 桃が得意のお茶を入れる。ゆったりとした午後の時間——みんなが幸せに過ごしたある日の午後の授業であった。
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