上 下
43 / 70
第3章 ブリュメールのクーデター

『新世界』第四章フィナーレ

しおりを挟む
 長い空白の意識が、朦朧と開けていく。水面のそこから空を見上げているような感じ。不思議と息苦しさはない。ゆっくりと上へと登っていく感じ。
 何か、声が聞こえる。それは自分の名前——目をゆっくりと開ける。ぼんやりと視界に入るのは——人の顔。輪郭がだんだんとクリアになっていく。
 知恵。最近知り合ったばかりの友人は、泣きそうな顔でこちらを見ている。
背中に感じるぬくもり——どうやら知恵に抱きかかえられているらしいこと察する。そして先ほどの記憶。体を弾丸に貫かれて——
「ナポちゃん!」
 そう知恵が叫ぶ。はっと我に戻る奈穂。そっと首筋に手をやる。いつもの感触。血にまみれているはずの自分自身の体は痛みも感じないし、服装も現実世界の寝巻に戻っていた。
「大丈夫か?」
 墨子がそう気遣う。
「俺も、何回か経験があるけどよ……シミュレーション中の『死亡』は。まあ、気持ちのいいもんじゃないよな。痛みはないけど、臨死体験をするような感じだから……まあ、柔道とかの締め技で『落ちる』っていうけど、あれとも次元が違う感じがするな」
 奈穂は悟る。自分がシミュレーションで『死亡』したことを。なんだか、体がだるい。墨子の説明だと、肉体的にはダメージを受けないはずなのに、何かいやに重たく感じられた。
「ごめんね……」
 いつもはふてぶてしい感じの知恵が、涙ながらにそうつぶやく。奈穂はくすっと笑い知恵の頬にそっと手を重ねる。
「ご……ごめんね……『私』が変なシミュレーションさせたせいで……」
 眼鏡をかけた、髪の毛がぼさぼさな少女がそうすまなそうな感じで謝る。これも『大須桃』である。シミュレーションが終了し、もとの『大須桃』に戻ったようだ。
「『私』から忠告だって……ええと……」
 そういいながら、情報携帯端末を開く桃。音声が再生される。
『奈穂さん。残念な結末でしたね。あなたはことを急ぎすぎた。それがベストの選択だったとしても。結果、運命をも早めることになってしまった。『ケネディ暗殺』という運命を』
 情報携帯端末からの命令により、空中にフィジカルウィンドウが開かれる。銃を持った白人の青年。名前が英語で示される。
『犯人はすぐ逮捕されました。名前はリー・ハーヴェイ・オズワルド。逮捕直後にジャック・ルビーによって暗殺されます——どう思うかは、あなたの自由。司法当局は彼の単独犯行として、背後に政治的な陰謀は一切ないという、調査委員会の最終判断が下されました。どうなのでしょうね。さまざまな思惑、行動が重なった結果意図しない事件が起こってしまう。それが歴史です。一人の人間の意志だけで歴史は動きません。それを私からの忠告とします——またお手合わせさせてくださいね——普段の『私』とも仲良くしてくださると嬉しい限りですわ』
 ウィンドウが消える。空中を見つめる三人。そして慌てふためく桃。
 奈穂はため息をもらす。歴史の持つ、そしてアリストテレス=システムの持つ何とも言えない深さを目の当たりにした気がして。
 そして——二日連続で午前様を迎えてしまったことに気づいて。
 次の日も奈穂は睡眠不足の一日を過ごすこととなる——
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

処理中です...