上 下
40 / 70
第3章 ブリュメールのクーデター

アーヘンの和約

しおりを挟む
 奈穂の後ろに立ち上がるフィジカルウィンドウ。一つではなく複数。
 慌ただしく移動する人の群れ。港が見える。その港に横付けされる輸送船団。沖合には駆逐艦と見える船の群れが見える。
「この映像は——キューバ東南端のグァンタナモ海軍基地です。現在、基地の『撤収』に向けて、第一次のオペレーションを実行しています」
 あまりにも意外な奈穂の説明。この基地はキューバにおけるアメリカの橋頭堡ではなかったのか。
 知恵は表情を変えようとはしない。次の一言をただ待つ。
「アメリカは、キューバ政府に対して『租借の返還』という形での交渉を求めます。至急に。これは、その気持ちが本当であることのしるしです。交渉終了後、完全なる撤退をお約束します。なお、現在キューバ周辺に展開している海上封鎖の艦隊はこの輸送部隊を安全に本国まで届けるための護衛部隊として、キューバ政府には認識してほしいと思います」
 正直、譲歩し過ぎだ、と知恵は最初、思った。しかしこれがなかなか、うまい手であることも実感していた。
 このような対価を突きつけられては、キューバ政府も交渉を断ることはできないだろう。キューバとアメリカが交渉に入れば、ソ連もこれ以上強硬策には出にくくなる。
 またキューバの周辺に展開している艦隊群も、輸送のための出動ということで、フリーハンドを手に入れられる。国際的に領海侵犯、公海における臨検を認めさせることができる。
 しかしこれでは不十分だった。ソ連に直接『交渉』を促すさらなる何かの材料がなければ。
「あわせて——ソ連に対して通告します」
 奈穂のその声に合わせて、すべてのウィンドウが閉じる。少しの間の後、再び開くウィンドウ。
 いくつもの白い塔が映し出される。白い塔——それはトルコに配置されている準中距離弾道ミサイル『ジュピター』であった。当然、国家機密に属するその映像。
 知恵はごくんと喉を鳴らす。
「これは——トルコ・イズミルに配置されている我が国の準中距離弾道ミサイル『ジュピター』——核ミサイルです。向いている方向はソ連——首都モスクワ、つまりクレムリン——われわれはこの核兵器を——キューバのグァンタナモ海軍基地を同じく、撤去することをお約束します」
 意外すぎる奈穂の提案。緊張が高まっている中で、あえて手の内を明かし、かつ一方的に戦力を減らすというのは。
 しかし、アメリカの軍部からは、全く異論は出ない。驚きもない。知恵による完全な根回しが功を奏していた。とうぜんその真の意図も通達済みである。
「ソ連政府に通告します。この条件のもと、交渉のテーブルに十二時間以内につくことを希望します。交渉の内容は『今回の危機、および今後の中距離核戦略削減並びに全廃に向けての協議』です。交渉場所は、ニューヨーク国際連合安全保障理事会。多国間での協議を希望します——最後に、国民のみなさんにむけて。これからわが合衆国政府は、ソ連との会議を持つことになるでしょう。それはこの危機だけではなく世界平和に向けて、共存に向けての第一歩になるものと信じます。決して、世界大戦は起こしません。そしてアメリカの国民の権利が損なわれないことも約束します。神の思し召しにより、この目標が達せられますように。ご清聴に感謝します。goodnight」
 流れる沈黙。そして、奈穂は一礼する。国民に向けて始まった演説は今終わりを告げた——核戦争をするか否かを決定するボールはいまや、ソ連の手に投げられたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

8分間のパピリオ

横田コネクタ
SF
人間の血管内に寄生する謎の有機構造体”ソレウス構造体”により、人類はその尊厳を脅かされていた。 蒲生里大学「ソレウス・キラー操縦研究会」のメンバーは、20マイクロメートルのマイクロマシーンを操りソレウス構造体を倒すことに青春を捧げるーー。 というSFです。

銀河文芸部伝説~UFOに攫われてアンドロメダに連れて行かれたら寝ている間に銀河最強になっていました~

まきノ助
SF
 高校の文芸部が夏キャンプ中にUFOに攫われてアンドロメダ星雲の大宇宙帝国に連れて行かれてしまうが、そこは魔物が支配する星と成っていた。

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

霊装探偵 神薙

ニッチ
SF
時は令和。本州に位置する月桑市にて、有能だが不愛嬌な青年こと神薙蒼一は、ある探偵事務所に勤めていた。決して大きくはない探偵事務所だが、世に伝わらない奇妙な依頼業務を請け負うことがあった。 秋風が泳ぎ始める十月頃、事務所へ【協会】からの依頼が舞い込む。眉間に皺を刻む神薙はいつも通り溜息をつき、相棒(笑)である星宮を引き連れ、町へと繰り出す――。

怪獣特殊処理班ミナモト

kamin0
SF
隕石の飛来とともに突如として現れた敵性巨大生物、『怪獣』の脅威と、加速する砂漠化によって、大きく生活圏が縮小された近未来の地球。日本では、地球防衛省を設立するなどして怪獣の駆除に尽力していた。そんな中、元自衛官の源王城(みなもとおうじ)はその才能を買われて、怪獣の事後処理を専門とする衛生環境省処理科、特殊処理班に配属される。なんとそこは、怪獣の力の源であるコアの除去だけを専門とした特殊部隊だった。源は特殊処理班の癖のある班員達と交流しながら、怪獣の正体とその本質、そして自分の過去と向き合っていく。

基本中の基本

黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。 もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~

城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。 一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。 二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。 三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。 四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。 五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。 六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。 そして、1907年7月30日のことである。

処理中です...