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第3章 ブリュメールのクーデター

孫子『計篇』

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 シミュレーションの中ではアメリカ東部標準時間で十月十八日を迎えようとしていた。
 しかし、未だに会議の結論は出ない。
 参加者はAIとはいえ、不満をつのらせ始めている。その不満は数値化され、場合によっては良くない行動を起こすことも考えられるくらいの数値である。独断専行による予期もせぬ行動や、最悪クーデタがおこる可能性——
 しかし、大統領——奈穂はなかなか決断できない。情報の少なさ、そして『相手』の動きの見えなさが、決断を阻害していた。
 斜め上を見やる。空中にプロジェクションマッピングされた豪奢な椅子に深く座り、肩肘をついて遠くを見つめている桃。
 この間全く『ソ連』側のアクションが見えない。
 将棋や碁と違いこの対戦は多人数零和無限未確定不完全情報ゲームとも言えるものだった。せめて、相手の出方がわからないと、手のうちようがない。先手必勝、とは行かないのだ。その部分は逆に将棋に似ている。先手が一手指すことによって完全な初期の陣が崩れる。そして弱点が示される。
 できれば相手の手を伺い、その上で対応したいのが本音である。
 しかし、もう状況は限界に来ていた。このまま軍部を押さえつけることは大統領への不信感だけではなく、暴走させてしまうことにもなりかねない。場合によっては——クーデタの危険すら——
 奈穂はしょうがなく決断する。
 空爆の承認を与えようと、右手を握ろうとしたその時。
『アメリカ合衆国司法長官担当者【AUTOより本校生徒への変更申請あり】』
『アメリカ合衆国大統領特別補佐官担当者【AUTOより本校生徒への変更申請あり】』
『アリストテレス=システム:生徒のID確認 パーミションを与える』
 それまで無機質だった二つのマークが突然、人間の姿に変わる。
 グリーンとグレーのスーツ——下は奈穂と同じようにスカートを羽織った——二人。
「遅れたな。司法長官『ロバート・ケネディ』を担当する、孫墨子見参!」
「同じく、大統領特別補佐官『ケネス・オドネル』担当、知恵=ベルナルディ、おまたせ!」
「……」
 無言になる奈穂。なにか、昔の朝の子供向けアニメを見ているような雰囲気。ちょっと恥ずかしくもある。
「いやぁ、ナポちゃんいつまでたっても戻ってこないから」
 知恵が恩着せがましくそういう。もう『ナポちゃん』で呼び名が統一されたらしい。
「そういや、桃とかいう親友生代表と、一緒にどこか行ったと思ってな。寮監室のAIに直接コミットしてみたら……まあ状況が大体つかめたわけだ。こういう楽しいことには、われわれもまぜてくれんとね、奈穂氏」
 こちらも、いつのまにか呼び名が『奈穂氏』とかになっていた。もうすこし……こう……女子高生らしい呼び名をだな……とか困惑する奈穂を尻目にずい、と墨子が会議の正面に躍り出る。
「空爆の方針自体は、間違っていないと思う」
 ピシャリと一言。
「ただ、全く警告なし、政治的予備折衝なしに、これを行うのはどんなものか」
 反応する参加者のAI。墨子の一言によって、参加者の数値ステータスに、明らかに今までとは違った影響を与えていることを示していた。
「われわれは、かつての日本軍の悪辣な不意打ち、『パールハーバー』の愚行を繰り返そうというのか?世界に、アメリカの正義を伝えなければならないこのときに!」
 しんとしずまる座上。シークレットで、奈穂の発光式情報展開コンタクトに墨子のメッセージが届く。
『兵は詭道なり』
 にっ、と笑顔を向ける墨子。
 奈穂は気づく。自分の力だけでは、突破できない状況というものがあることを。それを助けてくれる、存在があることを。
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