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第2章 桃園の誓い

孫子の兵法

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 太陽の日を浴びて輝く水平線。その内にはただ、海が広がる。そのはるか上の空に二人の少女が舞う。
 孫墨子と知恵=ベルナルディの二人が、向かい合うように空中に浮遊していた。
きちんとした軍服をまとい、対峙しているように見えた。見る人が見れば即座にわかるであろう、そのデザイン。アメリカ合衆国海軍と、大日本帝国海軍の将校が着用する制服——ただ下は、スカートにアレンジされていたが。
「史実通り、貴国の海軍暗号書D1は、解読済みだよ。『AF』がミッドウェー島であることも」
 挑発的な知恵の声。まるで、歴史の授業のように説明する。ミッドウェー海戦の勝敗の最初の分かれ目となった暗号解読。このシミュレーションでも、当然それは織り込み済みのようだった。
「それはしょうがない。暗号関係は、おれの『権限』の範囲を超えている。おれはあくまでも前線指揮官。承知の上さ。逆に、おれもこの世界ではミッドウェー島の周辺に、三隻のアメリカ艦隊の空母が存在することを知っている。お互い情報戦は互角さ。そんなに分の悪い勝負じゃない」
 それに応じたように、知恵は右手をあげる。指の細かい動きで、コンソールを操作する。
「ミッドウェー島に、増援完了。雷撃機『TBFアヴェンジャー』配備、完了。及び精鋭の海兵隊員、ミッドウェー島守備隊に補強。うかつに艦船が近づけば……『TBF』の雷撃で、やっちゃうよ。『大和』を沈めたようにね」
 ふっと、鼻で笑う墨子。
「史実と、全く同じ備えとは片腹痛い。当然、先手は取らせてもらうぜ」
 二人の間に『日本時間六月五日〇一三〇』の表示が、浮かび上がる。そして、それと同時に墨子の背後から、多数の飛行機が放たれた。
(これって一体……)
 そんな奈穂の疑問に答えるように、墨子は声を上げる。
「『零式艦上戦闘機』三六機を先頭に、『九九式艦上爆撃機』三六機上空展開、『九七式艦上攻撃機』三六機その下方に展開、合計一〇八機一気に、ミッドウェー島を攻撃する!目標、敵滑走路及び航空機!」
 遥か彼方へと、無数の飛行機は編隊を組みつつ、消えていく。そう、それは知恵の背後に吸い込まれるように。それを、受け流す知恵。こころなしか、焦りの表情を浮かべて。
「この段階では、我が国の『零式艦上戦闘機』のスペック、そして搭乗員の技能には貴国が及ぶべくもなく高いのは、知ってるよな?アメリカさん」
 こくんとうなずく、知恵。
空中にサイド=フィジカルウィンドウが展開する。
日の丸を掲げた戦闘機に、次から次へと撃墜される基地航空隊。その合間を縫って、島に接近する日本攻撃隊。燃え上がる砲台。そして、土煙を上げる滑走所。基地機能が、次々と失われていく。
その様子を見ている知恵は、違和感を覚える。これほどの攻撃なのに、基地の地上に火柱が見えない。それが、意味するところは——
 知恵は両手を目の前で、固く結ぶ。眼前に溢れ出す、膨大な数字。その中の一つを掴みだし拡大する。アリストテレス=システム機能の一つ、『立体化された、各種パロメータの把握』である。膨大な数字データを、瞬時に解析することができるシステムである。当然、その性能は利用するものの能力に、大きく依存する。
「こ、これは……!」
「『智将は務めて敵に食む。敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当る』」
 慌てる知恵を尻目に、朗々と吟じ上げる墨子。孫子の一節である。
「重油を……あえて、重油施設を爆撃しなかったな!……この戦闘が終わってから自分のものにするために……いいだろう、こちらの勝利に終われば、むしろ勝利点の上乗せになる行為だからな」
「負けることを前提としていては、戦にならない。無論、勝利する算段があっての決断だ」
 ミッドウェー島から、帰途につく日本攻撃部隊。墨子の右耳に着信のマークが浮かび上がる。
『『利根』索敵一号機より報告。敵一五機と見られる部隊、我が艦隊に向け移動中なり』
 ニヤリ、と笑みを浮かべる墨子。人差し指で空を指すと、六機の零戦が直掩へと飛び立つ。
 一方、空中のバーチャル・フィジカル=コンソールを、必死に操作する知恵。
 ついに、空母同士の全面対決が始まろうとしていた——
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