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第1章 球戯場の誓い

『バベル』の塔

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 知恵による手慣れたコンソール操作により、眼下に広がる空虚な空間はだんだんとその姿を現していった。
 現れる大地。その茶色い大地を、まるで鳥のように俯瞰することができた。乾燥したそれは、日本のものとは思えない風景だった。
「宍戸さん、どこの地域か、わかる?」
「ええ……と。乾燥帯?いやそれにしては、森林の規模が大きいから……温帯?で全く海が見えないから……」
 知恵はニコッと笑って、ギュッと奈穂に抱きつく。
「ひいっ!」
 突然のスキンシップに、驚く奈穂。
「いいですね。そういう発想……それこそ、歴史好きですよ!」
 奈穂の反応をものともせず、知恵はうれしそうに、そうもらす。
 やばい人だ、この人。
 奈穂は心の中で、そうつぶやいた。明らかに、中学までの知り合いにはいないタイプの人間である。
「ちょっと、時間を経過させます。ちょっと、と言っても数万年単位ですが」
 平地を縦断する大河。時間の経過とともに、その地形は変わっていった。しかしある時を境に、その変化があまり見られなくなる。
 奈穂はその川のそばに自然物ではない、建物の集団を見つけた。それは時間の経過とともにどんどん大きく、そして数を増やしていくのが観察された。
「文明の誕生です。川沿いに、緑の地域が見えますよね。農地。人類が初めて、生産経済に移行した証です。生産経済は余剰食糧も生む。その余剰食糧に支えれられて文明が成立するわけですよ」
 難しいことを、すらすらと説明する知恵。そう言いながら、コンソールを操作する。突然画面空間に巻き起こる変化。大きな水の塊が、建物や農地を飲み込んでいく。いわゆる『大洪水』という現象であろう。
「その文明も、こういう自然災害で、一瞬に消滅してしまうものです。かなしいものですねぇ」
 くすくすと、知恵は笑みをもらした。
「……悪趣味だね。あっ、でも水が引いたら、また建物が復活しはじめたよ」
 奈穂は、フィジカル=プロジェクションマッピングの一部を指さす。そこにはにょきにょきと天まで伸びそうな建築物が、復興しつつある文明の象徴のように伸び始めているのが見えた。知恵はその声を受けて、コンソールをたたき始める。
建築物が、別ウィンドウで表示される。実際の画面が立ち上がる。神々しく垂直にそびえる建物。まるで、高層ビルのようにも見える。
「ジッグラト……ですね。メソポタミア文明に見られる、神殿です」
「ほー、よくまあ、こんなものこの時代につくるね」
「感心してばかりも、いられませんよ」
 知恵は奈穂のほうを向き直り、言い放つ。
「『アリストテレスシステム』で、あなたの歴史改変能力を見せてもらうんですから」
「え?」
 奈穂は、間の抜けた声で返事をする。知恵は恐ろしく、まじめだ。
「これから、この文明はいろいろな試練を受けます。この文明を、どのように育てるか。そう、鉄器の登場までを一区切りとしましょうか。それで、あなたがこの学園にふさわしいかどうかを、確認したいです。同室になった者の義務としてね」
 にやっ、と知恵は嫌な笑みを浮かべた。
(それって、あなたが決めることなの?)
 奈穂は心の中でそう叫ぶが、声には出ない。
『アリストテレスシステム タイトル『文明の興亡』コード〇〇一七八四 シミュレーション開始 非生徒:宍戸奈穂』
 知恵は端末型のコンソールを、そっと奈穂に渡す。
 それを、黙って受け取る奈穂。眼下に広がる空間が、一瞬歪んで見えた。それがシミュレーション——開始の合図であった。
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