5 / 70
第1章 球戯場の誓い
『バベル』の塔
しおりを挟む
知恵による手慣れたコンソール操作により、眼下に広がる空虚な空間はだんだんとその姿を現していった。
現れる大地。その茶色い大地を、まるで鳥のように俯瞰することができた。乾燥したそれは、日本のものとは思えない風景だった。
「宍戸さん、どこの地域か、わかる?」
「ええ……と。乾燥帯?いやそれにしては、森林の規模が大きいから……温帯?で全く海が見えないから……」
知恵はニコッと笑って、ギュッと奈穂に抱きつく。
「ひいっ!」
突然のスキンシップに、驚く奈穂。
「いいですね。そういう発想……それこそ、歴史好きですよ!」
奈穂の反応をものともせず、知恵はうれしそうに、そうもらす。
やばい人だ、この人。
奈穂は心の中で、そうつぶやいた。明らかに、中学までの知り合いにはいないタイプの人間である。
「ちょっと、時間を経過させます。ちょっと、と言っても数万年単位ですが」
平地を縦断する大河。時間の経過とともに、その地形は変わっていった。しかしある時を境に、その変化があまり見られなくなる。
奈穂はその川のそばに自然物ではない、建物の集団を見つけた。それは時間の経過とともにどんどん大きく、そして数を増やしていくのが観察された。
「文明の誕生です。川沿いに、緑の地域が見えますよね。農地。人類が初めて、生産経済に移行した証です。生産経済は余剰食糧も生む。その余剰食糧に支えれられて文明が成立するわけですよ」
難しいことを、すらすらと説明する知恵。そう言いながら、コンソールを操作する。突然画面空間に巻き起こる変化。大きな水の塊が、建物や農地を飲み込んでいく。いわゆる『大洪水』という現象であろう。
「その文明も、こういう自然災害で、一瞬に消滅してしまうものです。かなしいものですねぇ」
くすくすと、知恵は笑みをもらした。
「……悪趣味だね。あっ、でも水が引いたら、また建物が復活しはじめたよ」
奈穂は、フィジカル=プロジェクションマッピングの一部を指さす。そこにはにょきにょきと天まで伸びそうな建築物が、復興しつつある文明の象徴のように伸び始めているのが見えた。知恵はその声を受けて、コンソールをたたき始める。
建築物が、別ウィンドウで表示される。実際の画面が立ち上がる。神々しく垂直にそびえる建物。まるで、高層ビルのようにも見える。
「ジッグラト……ですね。メソポタミア文明に見られる、神殿です」
「ほー、よくまあ、こんなものこの時代につくるね」
「感心してばかりも、いられませんよ」
知恵は奈穂のほうを向き直り、言い放つ。
「『アリストテレスシステム』で、あなたの歴史改変能力を見せてもらうんですから」
「え?」
奈穂は、間の抜けた声で返事をする。知恵は恐ろしく、まじめだ。
「これから、この文明はいろいろな試練を受けます。この文明を、どのように育てるか。そう、鉄器の登場までを一区切りとしましょうか。それで、あなたがこの学園にふさわしいかどうかを、確認したいです。同室になった者の義務としてね」
にやっ、と知恵は嫌な笑みを浮かべた。
(それって、あなたが決めることなの?)
奈穂は心の中でそう叫ぶが、声には出ない。
『アリストテレスシステム タイトル『文明の興亡』コード〇〇一七八四 シミュレーション開始 非生徒:宍戸奈穂』
知恵は端末型のコンソールを、そっと奈穂に渡す。
それを、黙って受け取る奈穂。眼下に広がる空間が、一瞬歪んで見えた。それがシミュレーション——開始の合図であった。
現れる大地。その茶色い大地を、まるで鳥のように俯瞰することができた。乾燥したそれは、日本のものとは思えない風景だった。
「宍戸さん、どこの地域か、わかる?」
「ええ……と。乾燥帯?いやそれにしては、森林の規模が大きいから……温帯?で全く海が見えないから……」
知恵はニコッと笑って、ギュッと奈穂に抱きつく。
「ひいっ!」
突然のスキンシップに、驚く奈穂。
「いいですね。そういう発想……それこそ、歴史好きですよ!」
奈穂の反応をものともせず、知恵はうれしそうに、そうもらす。
やばい人だ、この人。
奈穂は心の中で、そうつぶやいた。明らかに、中学までの知り合いにはいないタイプの人間である。
「ちょっと、時間を経過させます。ちょっと、と言っても数万年単位ですが」
平地を縦断する大河。時間の経過とともに、その地形は変わっていった。しかしある時を境に、その変化があまり見られなくなる。
奈穂はその川のそばに自然物ではない、建物の集団を見つけた。それは時間の経過とともにどんどん大きく、そして数を増やしていくのが観察された。
「文明の誕生です。川沿いに、緑の地域が見えますよね。農地。人類が初めて、生産経済に移行した証です。生産経済は余剰食糧も生む。その余剰食糧に支えれられて文明が成立するわけですよ」
難しいことを、すらすらと説明する知恵。そう言いながら、コンソールを操作する。突然画面空間に巻き起こる変化。大きな水の塊が、建物や農地を飲み込んでいく。いわゆる『大洪水』という現象であろう。
「その文明も、こういう自然災害で、一瞬に消滅してしまうものです。かなしいものですねぇ」
くすくすと、知恵は笑みをもらした。
「……悪趣味だね。あっ、でも水が引いたら、また建物が復活しはじめたよ」
奈穂は、フィジカル=プロジェクションマッピングの一部を指さす。そこにはにょきにょきと天まで伸びそうな建築物が、復興しつつある文明の象徴のように伸び始めているのが見えた。知恵はその声を受けて、コンソールをたたき始める。
建築物が、別ウィンドウで表示される。実際の画面が立ち上がる。神々しく垂直にそびえる建物。まるで、高層ビルのようにも見える。
「ジッグラト……ですね。メソポタミア文明に見られる、神殿です」
「ほー、よくまあ、こんなものこの時代につくるね」
「感心してばかりも、いられませんよ」
知恵は奈穂のほうを向き直り、言い放つ。
「『アリストテレスシステム』で、あなたの歴史改変能力を見せてもらうんですから」
「え?」
奈穂は、間の抜けた声で返事をする。知恵は恐ろしく、まじめだ。
「これから、この文明はいろいろな試練を受けます。この文明を、どのように育てるか。そう、鉄器の登場までを一区切りとしましょうか。それで、あなたがこの学園にふさわしいかどうかを、確認したいです。同室になった者の義務としてね」
にやっ、と知恵は嫌な笑みを浮かべた。
(それって、あなたが決めることなの?)
奈穂は心の中でそう叫ぶが、声には出ない。
『アリストテレスシステム タイトル『文明の興亡』コード〇〇一七八四 シミュレーション開始 非生徒:宍戸奈穂』
知恵は端末型のコンソールを、そっと奈穂に渡す。
それを、黙って受け取る奈穂。眼下に広がる空間が、一瞬歪んで見えた。それがシミュレーション——開始の合図であった。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
8分間のパピリオ
横田コネクタ
SF
人間の血管内に寄生する謎の有機構造体”ソレウス構造体”により、人類はその尊厳を脅かされていた。
蒲生里大学「ソレウス・キラー操縦研究会」のメンバーは、20マイクロメートルのマイクロマシーンを操りソレウス構造体を倒すことに青春を捧げるーー。
というSFです。
銀河文芸部伝説~UFOに攫われてアンドロメダに連れて行かれたら寝ている間に銀河最強になっていました~
まきノ助
SF
高校の文芸部が夏キャンプ中にUFOに攫われてアンドロメダ星雲の大宇宙帝国に連れて行かれてしまうが、そこは魔物が支配する星と成っていた。
霊装探偵 神薙
ニッチ
SF
時は令和。本州に位置する月桑市にて、有能だが不愛嬌な青年こと神薙蒼一は、ある探偵事務所に勤めていた。決して大きくはない探偵事務所だが、世に伝わらない奇妙な依頼業務を請け負うことがあった。
秋風が泳ぎ始める十月頃、事務所へ【協会】からの依頼が舞い込む。眉間に皺を刻む神薙はいつも通り溜息をつき、相棒(笑)である星宮を引き連れ、町へと繰り出す――。
怪獣特殊処理班ミナモト
kamin0
SF
隕石の飛来とともに突如として現れた敵性巨大生物、『怪獣』の脅威と、加速する砂漠化によって、大きく生活圏が縮小された近未来の地球。日本では、地球防衛省を設立するなどして怪獣の駆除に尽力していた。そんな中、元自衛官の源王城(みなもとおうじ)はその才能を買われて、怪獣の事後処理を専門とする衛生環境省処理科、特殊処理班に配属される。なんとそこは、怪獣の力の源であるコアの除去だけを専門とした特殊部隊だった。源は特殊処理班の癖のある班員達と交流しながら、怪獣の正体とその本質、そして自分の過去と向き合っていく。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
基本中の基本
黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。
もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。
我らの輝かしきとき ~拝啓、坂の上から~
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
講和内容の骨子は、以下の通りである。
一、日本の朝鮮半島に於ける優越権を認める。
二、日露両国の軍隊は、鉄道警備隊を除いて満州から撤退する。
三、ロシアは樺太を永久に日本へ譲渡する。
四、ロシアは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。
五、ロシアは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を日本へ譲渡する。
六、ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。
そして、1907年7月30日のことである。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる