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番外編

3.ウォーレン伯爵家の人々 1

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   私はカイル・リックス、この春に十六歳になった。リックス家は遺伝が強いのか、一族は橙色の猫っ毛に緑色の瞳を持つ者が多い。私も雨になると収まりの悪い橙色の髪をしている。

 リックス一族は代々ウォーレン伯爵家の執事として仕えている。祖父は隠居した先代様に、父は幼少の頃から現当主のマリウス様にお仕えしている。
 当然息子の私と弟のペイジはご子息のロイス様に十二歳の時からお仕えしている。
   ロイス様と私は同い年で、今は魔法局にお勤めになって私はその助手としてお供をしている。

   ロイス様の双子の弟のエジル様がご結婚をなさったので、もう用心棒は必要ないと学園を中退されてしまった。
   エジル様はとてもお美しい方なので婚約者がいても贈り物やお誘いが途切れなかったので、言葉は悪いけれどロイス様が虫のように追い払っていた。
 婚約者がいる相手に懸想をする奴の気持ちが分からない、あいつらの知能は虫と同じかとロイス様はいつもご立腹だった。

   そのロイス様は次期当主だというのにまだ婚約者がいない。御親族の方々が縁談を持って来られても、自分のような若輩者にはまだ早いとお断りをしていた。
   御当主のマリウス様も本人の好きにさせるのでとやんわりとお断りをなさっていたけれど、エジル様がご結婚なさってからは引っ切り無しに縁談話が舞い込んで来ていた。

 最近は同い年のエジル様のことを引き合いに出されるので、ロイス様は御親族のお話すら聞かずにさっさと追い返してしまっている。
 ロイス様は金色の髪に水色の瞳に、彫刻のように美しい端正な顔立ちをなさっている。そんな美貌を持った名門ウォーレン家の次期当主の伴侶の座が空いていれば、躍起になるのも分からなくはないけれど。

 煩わしいのならばさっさと婚約してしまえばいいと思うけれど、まだ婚約しないで欲しいという密かな願いがある。
   そう、私は使用人として許されない恋心をロイス様に抱いている。
 十二歳の頃から魔法や魔道具の実験台にされて散々な目にもあったけど、ロイス様にお仕え出来て本当に良かったと思っている。

 父はそんな私の気持ちはお見通しで、お慕いしても分をわきまえることと他人には悟られないようにと釘を刺された。
 使用人の分際でと叱られるかと思ったと正直に父に言うと、ロイス様に命を捧げるつもりでお仕えするのなら構わないと言われて驚いてしまった。もちろんロイス様のためにこの命は惜しくはない。
 いつかは自分も家庭を持って、我が子をロイス様のご子息にお仕えさせることを努々忘れるなという父の言葉に胸が痛んだ。
 叶わぬ恋なのは分かっているけど、ロイス様以外の誰かを好きになるとは思えない。私は生涯独身を貫くつもりだ。リックス家は弟のペイジが継げばいい。


 魔法や魔道具作成には優秀だけれど、それ以外は全く興味がない変わり者なロイス様の助手兼秘書という雑用係として日々を過ごしている。
 伯爵家の仕事は父と弟が取り纏めているので、魔法局でロイス様のお世話をすることは問題ない。
 魔法の素養のない伯爵家の使用人の私が助手としてお供をすることに陰口を叩かれるかと思ったけれど、書類仕事は滞って研究室は足の踏み場もなく、ガラクタや重要な物が入り乱れ散らかっていたので、同僚の方々に救世主とありがたがられて感謝されてしまった。

 今はウォーレン伯爵家の邸宅のように美しく秩序のある研究室で、毎日午前と午後に同僚の方々にお茶とお菓子をお出しして会話に混ざるのはとても楽しい。
 最初のうちは使用人らしく側に控えて給仕をしていたけれど、同じ研究室のモリソン様とナイルズ様に一緒にと声を掛けられ、ロイス様のお許しもあってご一緒させていただいている。
 研究室の方々は気さくでお茶の準備や片付けも手伝って下さり、違う研究室の方々も差し入れを持って時々顔を出されるので毎日とても賑やかで和気藹々としている。

 今日の午後のお茶の時間はロイス様からのリクエストのチョコレートのケーキとクッキーを王都一の菓子工房から取り寄せた。私もこの店のお菓子は大好きなので、週の半分はその菓子工房に出向いている。すっかり常連になっていつもおまけをして貰っていた。
 私のように小柄で非力な者でも、ロイス様の護符のおかげで安心して街を歩ける。もちろん人通りの多い大通りと午前中か陽が高い時刻にしか一人歩きはしないけれど。

「ロイスの弟のエジルは、騎士団のマックスと結婚したんだよな?」
「ああ、そうだよ。何年も前からマックスが騎士団に入団が決まったら即結婚する予定だったんだ」
「お前ら学園ではいつも一緒だったよな。美形のウォーレン兄弟が居なくなって、みんな残念がっているだろうな」

 ナイルズ様はクッキーを口に放り込んで紅茶を飲みほした。私達より二つ上で、銀髪に金色の瞳で甘い顔立ちをして魔法局の相手のいない独身者からかなり人気がある。

「ロイス、お前はどうすんだ。まだ婚約しないの?」
「今は誰とも考えていない、その話はもうしないでくれ。親戚が色々と話を持ってきて面倒なんだ」
「ふうん。じゃあ、カイル君は?君みたいに可愛いらしい子なら恋人や婚約者はいるだろう?」

 突然の質問に一瞬戸惑ってしまった。ナイルズ様は私に好意を抱いているようで、時々意味深な質問や言葉を投げかけてくる。私はいつもそれに気がつかない振りをしていた。

「どちらも、おりませんが」
「そうなんだ、じゃあ明日の休みは僕とデートしよう?」
「申し訳ありません、明日はウォーレン家での仕事がございます」
「え、もしかして休みないの?だったら僕と結婚したら、毎日楽しく暮らせるよ。僕の世話をしてくれるだけでいいんだ。子供の面倒だって乳母や使用人が見てくれるし、毎日なんでも君の好きにしたらいい。君が思うよりも贅沢な暮らしをさせてあげるよ」

 ナイルズ様は国で一番の商家の次男で、嫁げばきっと言葉通りの生活が送れる。ウォーレン家もかなり裕福なのだけれど、ナイルズ様のご生家の暮らし振りには到底及ばないと言いたいのだろう。あまりに分かり易い条件の提示に、周りの皆さんは少し引き気味だった。
 さすが甘やかされて我が儘なボンボンだなとナイルズ様の親友のモリソン様が突っ込んで、その場に笑いが起こった。

「私は死ぬその日まで、ウォーレン家にお仕えいたします。もちろん、子や孫もそうです」
「ナイルズ、完全に振られたね。引き際が大事だよ、カイル君を困らせるんじゃないぞ」

 研究室の責任者のカーク主任が笑顔で助け舟を出して下さった。私の断りの言葉は少し露骨だったかもしれない。
   ナイルズ様の気分を害したかもしれないけれど、どう言って断っていいのか分からない。

「ここまで言って断られるとは思わなかったなあ。気が代わったらいつでも声をかけてよ。僕は永久就職先には最高の相手だよ」
「いやいや、お前は馬鹿かナイルズ。そんな下衆な誘い方に、はい良いですよってカイルが応えるわけないだろう。まあ、普通なら飛びつくだろうけどね。お前の実家はすげえもんな、知っていたら魅力的な口説き文句だよ。よし、代わりにこの俺様を甘やかしてくれよ」
「モリソン、僕の子を産んでくれるのか?」
「・・・うーん。ごめん無理」
 
 モリソン様とナイルズ様の掛け合いに皆さんが大爆笑をした。モリソン様はお優しくていつも私のことを気にかけて下さる。おふたりの息はぴったりで、いっそのことお付き合いされたらいいんじゃないのかな。そうすれば、ナイルズ様が私に対して絡んで来ないだろうに。

「お前、ナイルズの求婚を断らなくても良かったのに」

 ロイス様の何気ない言葉に胸が貫かれた。決して顔に出さないようにと努めながら、ロイス様にチョコレートケーキのお替りをお出しした。

「今のはナイルズ様のご冗談でしょう」
「お前がいい縁だと思うならば別に構わんぞ。弟のペイジもいることだし、カイルの好きにしたらいい」
「ありがとうございます。でも、私はロイス様に一生お仕えします」

 でも、って一体何だと聞かれるととてもまずい返答をしたと気が付いて内心冷や汗が流れた。忠実な使用人らしい返答だと思ったのか、それ以上はロイス様に聞かれることはなかった。
 私が気にし過ぎなんだ。お慕いしているからの言葉だなんて、ロイス様は思うはずもない。自意識過剰にならない様にしなければ。

 ロイス様は私の将来を気にかけて下さってのお言葉なのだろうけど、涙がこぼれそうになるほど傷ついていた。悟られないようにその場から逃げるように空いたティーカップやお皿を研究室の片隅の小さな流しに運んで洗った。
 気が付くとナイルズ様が布巾を持って、洗った食器を渡してと手を差し出して来た。独りにして欲しかったけど、ありがとうございますと笑顔を作って食器を拭くのをお願いした。

「カイル君、大丈夫?ロイスはひどい奴だね。君の心を奪うだけでなく、そんなに悲しませるなんて」
 
 どう返答していいのか分からず、目を合わさずに無言で食器を手渡すと、ナイルズ様は私の気持ちはお見通しと言わんばかりの独り言を続けた。

「泣かないで。誰にも言わないから大丈夫だよ。僕はいつまでも待つよ」

 私が泣いている?その言葉に指で目元を触れたけど涙なんか流れていない。

「ほら、やっぱり。まあ、僕がカイル君に対して気がせいてしまって、余計なことを言ったのが悪いんだけどね。ごめんね、カイル君」
 
 ナイルズ様にかまを掛けられたことに気が付いて、思わず大きくため息をついてしまった。

「誰にも言わないよ。君と僕との秘密だ。君に対する気持ちは本気だよ。僕は君が好きだ」

 誰かから告白されるなんて初めてだった。ナイルズ様は真摯な眼差しで告白をしてきたけれど、目も合わさずに手早く食器を戸棚にしまった。
 私はここでのナイルズ様の言葉は全て無視をすることに決めた。動揺してしまってそれ以外の対処が思いつかないほど頭が回らないせいもあったのだけど。

「お手伝いありがとうございます」

 何も聞こえていなかった様に満面の作り笑顔でお礼を言うとナイルズ様は茶目っ気たっぷりに、耳まで赤くなってやっぱり君は可愛いねとウィンクをして部屋を出て行った。
 
 鏡の中には真っ赤になって情けない顔をしている自分がいた。今にも泣きそうで、これはとてもまずい状況だ。父に言われた言葉を思い出して、両手で頬をぴしゃりと叩いて深呼吸をした。
 もうこれ以上の失態は犯してはならない。私は従者だ。ロイス様の忠実なしもべなのだ。

 ロイス様への想いをナイルズ様に気取られたことと、初めての告白に少し舞い上がって動悸が激しくなってその日はずっと落ち着かなかった。

   それからナイルズ様は何事もなかったかのように、明るく優しく接してくれるのでほっとしている。
 ナイルズ様に嫁いでしまったら、私はロイス様にお仕えすることは出来ないだろう。それだけは絶対に嫌だ。この恋が叶わなくとも、せめてお側から離れたくはない。

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