しましま猫の届け物

ひろか

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05・しましまさんの縁結びー1

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「にゃあーん」
「はーい、しましまさん、おはよう」

 軒下で耳を澄まして待っていたようで、開けてーと、声を上げるしましまさん。
 今日の拾い物は、四角い封筒。
 ドキリとして封筒を裏返すが差出人は“M”。宛名は“芦田ヨウコ様”と書かれてあった。  

「……えーと、届けた方がいいのかな……」

 今日の拾い物には名前があるのだから。

「ユキちゃん、おはよー」
「あ、桐矢とうやくんおはよ」

 桐矢くんに聞いてみようと、封筒をエプロンのポケットに入れ、朝ごはんの準備を始めた。

「お、しましま、おはよー」

 撫でようと伸ばした手をにゅるんと避けて、私の足に擦り寄る安定のしましまさん。

「相変わらずだなー、あ、トマト持ってきたから切るよ」
「ありがとー」

 差し入れはトマトとオクラ。器用な桐矢くんは包丁を持つ手も危なげない。

「ハムエッグにするね」
「にゃぁ」
「うん、鍋、味噌入れるよ」
「んにゃ」
「ん、お願い」
「にゃあ」
「しましま邪魔!」
「にゃあ!」
「ふふ」

 こうして二人と一匹で台所に立つのも慣れたものだ。

『いただきます!』

 向かい合って両手を合わせる。

「あ、そうだ、桐矢くん」
「ん?」

 ハムを咥えたままの桐矢くんに吹き出してしまったが、「しましまさんの拾い物なんだけど」と、エプロンのポケットから色褪せた封筒を見せた。

「芦田ヨウコ……、あー」
「桐矢くん知ってる人?」
「うん、先月こっち帰ってきたんだよ」
「へー」

 私には知らない人だ。子供のころから過ごす広くはない町だけど、みんなの顔も名前も知ってるわけじゃないから。

「オレの二つ下の子だし、ユキちゃんは知らないだろね」

 桐矢くんは私の一つ下。芦田ヨウコさんと三つも違うなら中高とも会わないだろう。

「桐矢くん、渡してくれる?」
「ん。んー……、いや、オレが渡すより、ここに取りにきてもらった方がいいだろ、オレが猫が拾ってきましたって言っても、信じられない話だし……」

 「なー?」と、しましまさんに手を伸ばすが、また、しゅるんと避けて私の側にぺったりした。かわいい。
 体重をかけて寄りかかるしましまさんの喉をかいてやる。
 「連絡しとくから」と言ってくれた桐矢くんが「で、さ」と続ける。

「明日、天神祭なんだけどさ」
「あ、そうだったね」

 カレンダーを見上げたその側には総司くんと私の写真が置いてあり、思い出されるのは最後に行った天神祭。もう六年も前になるのだけど。

「祭、一緒に行こ」
「へ?」
「天神祭、一緒に行こって」
「桐矢くん……、彼女、いないの?」
「いたらユキちゃん誘ってない」

 半眼の桐矢くんに「それは失礼しました」と目をそらす。

「明日、十六時ね」
「え、ちょっと待って」
「じゃ、行ってきますー」

「もう、行くって行ってないのに……」

 桐矢くんは強引に私を引っ張り出す、そうしなければ私が引きこもったまま何もしなくなると知ってるから。食事も、睡眠も……。

 総司くんと私と桐矢くんは、近所で、一つずつ違いの幼馴染。
 小学校までは何をするのも一緒で、よくお互いの家に泊まりにも行ったりもしていた。
 中学、高校と、時が経つにつれ一緒にいる時間は短くなったけれど、仲の良さは変わらなかった。
 高校を卒業し、総司くんは大学へ通うため町を離れた。そして私も翌年から働き始め、さらに次の年には桐矢くんも就職し、私たちはバラバラの時間を過ごすようになったけれど、総司くんは月に一度は必ず町に帰ってきて、長期の休みは今までのように変わらず三人一緒に過ごしていた。
 三人で過ごすのは自然で、心地よくて、ずっとこのままであればいいのにと、そう思っていたのに、それが終わりになったのは総司くんが卒業した年。

『雪、僕と結婚して下さい』

 総司くんからのプロポーズだった。

 私は総司くんの手を取り、この町を離れた。
 それ以来、桐矢くんと電話で話すことは合っても、三人で会ったのは片手ほど。

 そして、一緒になってたった六年で、総司くんは事故でいなくなってしまった。

『総兄は追わせるなって言ってきたんだよ! 連れ戻してくれって!』

 眠ることもなく、食べることもなく、ただ泣いていた私を桐矢くんはここへ連れ戻した。
 今思えば、おかしな話だ。総司くんは意識を取り戻すことなく逝ってしまったのに、まるで総司くんに頼まれたような言い方をするのだから……。

 それでも、私はその言葉が嘘だとは思えないでいる。


 いつものように引き出しから便箋を取り出した。

『総司くんへ
 明日は天神祭だよ、真っ先に思い出したのは、総司くんがポイを全滅させた金魚すくいのことです』

 この町に戻り、 周囲から気遣われ、与えられるままに食べて眠って、起きている時間は泣いていた私にしましまさんは真っ白な封筒を銜えて持ってきた。

 封筒の裏には“総司”。

 そして便箋にはよく知った右上がりのクセのある文字で、

『ニンジン残すんじゃない』

 と、だけ書いてあった。

 朝ごはんにと、桐矢くんが用意してくれたものの中に甘く煮たニンジンがあった。
 食べれないわけではないけど、甘く煮ただけのニンジンは少し、苦手だった。
 それがまだ皿の上にころんと載ってる状態だったのだ。

『あー、またぁ、ニンジン残すんじゃない』

 そんな声が聞こえた気がして、涙も止まった。

「はい、食べます……」

 総司くんの筆跡を真似た誰かのイタズラかもしれない。

 それでも良かった。

 総司くんはいる、そう思いたくて、手紙を書いた。

『総司くんへ
 好き嫌いしないって約束するから、返事をください』

 送り先のない手紙をしましまさんに託した。

「お願い、しましまさん、総司くんに届けて……」

「にゃん」

 応えてしましまさんは封筒を銜えて家を出て行ったのだ。
 その返事が来たのは翌日の夕方。

『雪へ
 好き嫌いと泣くのをやめて、笑顔でいたら返事を届けますよ』

「注文増えてるし……」

 その日から泣くのをやめた。

 心のどこかで、ありえないことだと分かっていた。 
 でも、私はこの手紙が誰かのイタズラでも良いと、そう思っていた。
 総司くんと同じ右上がりのクセのある文字が見られるなら。

 でも、私と総司くんしか知らないはずの言葉は、だんだんと、本当に総司くんと繋がってる気がして……。

 しましまさんは私と総司くんを繋いでくれている。
 今ではそう思うようになった。


 誰にも言えない、私だけの秘密。
 今日も私は総司くんに手紙を書く。

「しましまさん、お願いね」
「にゃん」
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