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14話 僧侶の受難 りたーんず に
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この“迷宮回廊”と言うのは、一体どこまで続いているのでしょうか……
通過した十字路は、優に10を越えました。
同じ様な風景の中を、延々と歩き続けなければならない所為か、正直、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方がキツいです……
「……ここにも何かあるな」
勇者がそう言って、足を止めますが、もう誰も隊列を組もうとはしませんでした。
それもそうでしょう。
だってバカらしいんですから。
あの失礼なロープの罠以降、勇者は結構な頻度で罠を発動させていました。
しかし……
そのどれもが、子どものイタズラレベルのちゃちな罠ばかりだったのです。
例えば、天井から何故か金盥が落ちてきて、一番背の高かった戦士の頭部に直撃した、とか……
例えば、床から変な顔の描かれたカカシの様な人形が飛び出してきた、とか……
例えば、通路いっぱいの丸い巨石がすごい勢いで転がって来て必死に逃げ回った、が、実は凄いふかふかした玉だった、とか……
警戒するとか、逃げるとか……もうバカバカしくなるよな罠ばかりだったのです。
幾つ目かの罠を発動した後からは、私たちは一切警戒しなくなりました。
もう、勇者に普通に罠のスイッチを踏ませています。
「気にせず先に行って下さい……」
私は鎖を軽く振って、勇者を歩かせました。
カチッ
案の定、信頼の勇者クオリティのおかげできっちり罠を踏んだようです。
しかし、もう誰もそんな事は気にしてはいませんでした。
どう言う訳か、ここの罠は皆時間差で発動するものばかりでした。
スイッチを踏んでから、少しすると何が起こるのです。
なので、私たちはスイッチを踏んでも気にせず進みます。
むしろ今では“次はどんなくだらない罠なのか”と、楽しみになって来ているほどですよ。
そんな無警戒で進む中、突然、
ガコンッ
と言う、大きな音が響きました。
それが罠の発動する音であることは、誰もが認識していました。
さて、次は一体どんなくだらない……
「「「「えっ!?」」」」
気付いたとき、私たちの足元には既に床がありませんでした。
そう、今度の罠は古典的で典型的な罠・オブ・ザ罠っ!
“落とし穴”だったのです。
一瞬の浮遊感の後にやってくる、落下感。
私たちは、皆まとめて落とし穴に引っ掛かってしまったのでした。
「きゃゃゃゃっっっ!!」
「ぬぉぉぉぉっっっ!!」
落下する中、直ぐ隣から魔法使いの女の子とは思えない悲鳴が聞こえて来ました。
普段なら、ツコッミの一つも入れるところですが、今はそんな余裕はありません。
落とし穴といえば、その底にあるのは毒蛇の群れや針山といった危険度の高いものがあると相場が決まっています。
このままでは、私たちを待っているのは最悪な未来しかありません。
何とか打開策は無い物かと必死に考えていると……
「御困りのようですが、お助けした方がよろしいのでしょうか?」
と、なんとも間抜けか事を聞いてくる声が聞こえたのです。
何事かと思い、声のした方へ振り向けば……そこに居たのは、“迷宮回廊”の入り口付近で別れたはずのドロシーでした。
ドロシーが、私たちと一緒に落ちていたのです。
しかし、今はそんな事を考えている場合ではありませんっ!
彼女は確か、飛翔系の呪文を略式詠唱で使えたはずです。
「おっ、お願いしますっ! 助けて下さいっ!!」
私は、体裁やプライドをかなぐり捨てて懇願するようにドロシーへそう返答しました。
私たち勇者の一行が魔王の配下であるメイドに、助けを求めるのか? ですか?
ええ、そりゃもう求めますよっ! 求めまくりですよっ!
命あっての物だねと言う言葉だってあるくらいです。
助かるためなら、使えるものは魔王の配下だって使ってやりますよっ!
「……本当によろしいのですか?」
何を言っているのですかこのメイドはっ!
ドロシーは念を押すように、再度そう聞いてきました。
いやいや……このまま見過ごされたら私たち死んじゃうじゃないですかっ!
「本当も何も、早く助けてくださいっ!」
「……分かりました。では、天翔爽駆!」
ドロシーが呪文を唱えると、一気に落下速度遅くなり、停止、そして私たちを落とし穴のあった通路まで急上昇を始めました。
「はぁはぁ……死ぬかと思ったぜ……」
「今のは流石に焦ったな……」
「びっくりしたぁ……」
勇者は簀巻きのまま、戦士はだらしなく床に座り込んでほっと一息ついていました。
かく言う私や魔法使いも、勇者や戦士のことをとやかく言えるような状態ではありませんでしたが……
落とし穴に落ちた拍子に、うっかりグラウプニルの鎖を手放してしまってしまいましたが、鎖の巻きついた今の勇者に何が出来るものでもないので、回収するのは後でもいいでしょう……
「この度は助けて頂きありがとうございました。
それにしても、なんでドロシーがここにいるのですか?」
私は、ドロシーに助けて頂いたお礼を言ってから、先ほど抱いた疑問を本人に問う事にしました。
例え、ドロシーが魔王の配下であったとしても、私たちを助けて頂いたことは事実。
礼を失するようなマネは出来ません。
「はい? 私、初めから皆様の後ろに付いておりましたが?」
すると、ドロシーからは意外な答えが返ってきました。
てっきり、“迷宮回廊”で別れたとばかり思っていのですが……
と、言うか一体どこにいたのでしょうか? 全然気が付きませんでした。
「私、いくら、案内が出来ないとはいえ、大切なお客様を放置するなど、メイドとして有るまじき行為はいしません。
その様な事、私のメイドとしての矜持が許しませんので」
ドロシーの話では、道案内は出来ないが何かあった際にはサポート出来るように同行していたとのことでした。
で、私たちがものの見事に落とし穴にはまったのを見て、ドロシーも後を追い落とし穴に飛び込み、今に至る、と言うわけです。
「何にしても、助かりました。ドロシーが居なかったら今頃私たちはどうなっていたことか……
でも、今まであんなふざけた罠ばかりだったのに、何故急にこんな危険な罠が……」
初めこそ、子ども騙しの様な罠で進入者を油断させ、油断しきった所で本命の罠を置くという巧妙な罠……なのでしょうか?
もしそうであるなら、私たちは物の見事に引っ掛かってしまった事になるわけですね……恐るべし魔王城……
「危険……でしょうか?」
私が何の気なしにポツリと零した言葉を、ドロシーは聞いていたらしく、ポワンとした表情でそんな事を聞き返してきました。
「落とし穴ですよ! 落とし穴と言ったら、底に毒蛇の群れがいたり落ちて来た者を針山で串刺しにするのが一般的ではないですか!」
魔王に仕えている身でありながら、そんな事も知らないとは……
いくら、温厚な私でも流石に腹が立ってきました。
「そうなのですか? 世の中にはそんな恐ろしいものがあるのですね……」
ドロシーは、私の話を聞いてまるで他人事のようにそう言っていました。
「……いやいや。今の……落とし穴……ですよね?」
「はい。確かに落とし穴ではありますが、そのような物騒な仕掛けはございません。
第一、魔王城に命を奪うような危険な罠は存在しませんので」
……なんですと?
私には、このメイドが何を言っているのかよく分かりませんでした。
物騒でない落とし穴が存在すると?
そもそも、ダンジョン内で危険がない罠に存在意義はあるのでしょうか?
ここはもう何もかもが謎ですよ……
「……では、あの落とし穴の先には何があると言うのですか?」
何だか、どっと疲れがこみ上げて来た感じがします……
私は溜息まじりにドロシーにそう聞きました。
「それは“迷宮回廊”の入り口でございます」
「……へ?」
今、このメイドさんは何と言ったのでしょうか?
「落とし穴の行き先には、幾つか種類がございまして、今の作りですとリターン・トラップ……スタート地点に強制転送するトラップにございます。なので……」
つまりなんですか?
あの穴に落ちれば、この結界だらけの迷宮から出る事が出来るという事ですか!?
この際、穴に落ちるているのに、出口が同じ階なのは何故かとかそんな野暮なツッコミはしません。
私は、ドロシーの解説もそこそこに、戦士に向かって声をかけました。
「戦士、勇者を落とし穴に叩き落してください」
「はぁ!?」
「ん? 急に何を言っているのだ? 折角助かったというのに……」
「その落とし穴は落ちても安全だそうです。説明もあとでしますから、とにかく勇者を穴に放り込んでください」
「ちょっ、お前何考えてんだよ! 頭おかしいんじゃねぇーの!」
「ふむ……僧侶がそういうなら、何か意味があるのだろうな……分かった」
「戦士! お前何フツーに納得してんだよっ!
だからっ! お前ら少しくらい俺の話聞けって!!」
勇者が何がごちゃごちゃ言っていましたが、相手にするだけ面倒なので完全にムシです。
その辺りの事は戦士も心得たものです。
戦士はよこっらしょっと、シジ臭く立ち上がると、近くに転がっていた勇者を担ぎ上げてポイッと穴に向かって投げました。
バタンッ
「ちょっ! 本当に投げる奴がいる……ヘボァ!!」
戦士が、何の躊躇いも無く勇者を放り投げた瞬間、今までポッカリ開いていた落とし穴の口が音を立てて閉じてしまいました。
そのため、投げ飛ばされた勇者は落とし穴に落ちる事無く、哀れ床石に顔面からダイブする事とあいなりました。
「作動時間限界のようですね」
ご丁寧にも、落とし穴の口が閉じた理由をドロシーは説明してくれました。
私は、素早く落とし穴の作動スイッチの所まで移動すると勇者を落とすためにカチカチとスイッチを踏みました。
もう何度も踏みました。踏みまくりました……
しかし、待てど暮らせど落とし穴が作動する事はありませんでした。
「一度発動した罠は、再発動までにインターバルが御座います。短時間での連続発動を防止する仕様となっております」
私が苛立たしげにガスガススイッチを踏んでいると、ドロシーが近寄ってきてそっと説明してくれました。
「どれくらいの時間がかかるのでしょうか?」
勿論、罠の再発動までの時間のことだが、その辺りの事は説明せずともドロシーは理解してくれました。
「一日程度、と思っていただければ」
「チッ……」
この落とし穴を使って勇者を外へ引きずり出す作戦だったのですが……うまく行かないものですね。
そもそもドロシーは私たちが、勇者をこの“迷宮回廊”の外に連れ出したい事は知っているはずです。
“迷宮回廊”入り口での一部始終を見ていたのですから。
そして、あの落とし穴が外に繋がっている事も知っていた……なら、何もせず放っておいてくれれば私たちは晴れて“迷宮回廊”を脱出出来たと言うのに……
いえ、彼女を恨むのはお門違いと言うものでしょう。
結局の所。助けを求めたのは私なのですから……
「で、今のは一体どう言うことなんだ僧侶?」
いまいち現状が理解できていない戦士が、皆のところにしぶしぶ戻ってきた私に問いかけました。
まぁ、後で説明すると言いましたしね。
「あの落とし穴は、“迷宮回廊”の入り口部分に繋がっていたそうなのです。
なので、あのまま落ちていればこの結界だらけの迷宮から抜け出すことが出来たのですが……」
「……なるほどな……おしいことをしたかもしれんな……」
「……僧侶が“助けて”なんて余計なこと言うから……」
「そんな事知らなかったのだから仕方ないじゃないですかっ!」
戦士は納得してくれたようですが、魔法使いはボソッと文句を言っていました。
「そんな事より、この俺に対する仕打ちにたいして謝罪はないのかっ!?」
私は周囲を見回して、近くに落ちていたグラウプニルの鎖の端を手に取りました。
「むぎゃ!! 締めるなっ!! 無言で締めるなぁぁぁ!!」
「はぁ……だから、誰の所為でこんな目に会ってると思っているのですか?」
「出るからっ! 何がとは言わないが、いろいろ出るからぁっ! それ以上締めたら、ホント出るからっ!!」
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私たちが落とし穴にはまってからしばらくが経ちました……
ドロシーに助けてもらった直後に、少しの休憩を挟んだ後、私たちは再度迷宮の攻略に取り掛かってます。
とは言っても、やっている事はあまり変わりませんけどね……
ただ、隊列は少しだけ変更しました。
「うむ……異常ないようだな」
「ですね……」
結構前方にいる……大体20mくらいでしょうか?……勇者の様子を確認しつつ私たちは進みます。
そう、勇者と私たちの間隔を広めに取ったのです。
今の隊列は、
勇者-----------私・戦士・魔法使い
と、なっております。
これなら、先ほどのような落とし穴にはまったとしても、引っかかるのは勇者だけとなりパーティーの安全は保障されます。
現に、落とし穴から現在に至るまでに勇者は三度の罠を発動させましたが、引っかかったのは勇者だけで、私たちは無事でした。
まぁ、引っかかったところで大した罠ではなかったでけどね……
天井から白い粉……小麦粉でしょうか?……が大量に降ってきたり……壁が迫出してきて挟まれたと思ったら、実は柔らかかったり……突然、やたら粘着質な床が現れて足を取られ転倒。からの、粘着床へ顔からダイブで髪の毛が張り付き惨劇……勇者的にこれが一番キツかったようですね。
ひっぺがす際に、ブチブチ引き抜けて行く髪を見ながら、いろんな意味で号泣していましたから。
まぁ、大した事はないのですが、自分が同じ目に合ってもいいかと言われるとムカつくので断固拒否しますけどね。
たまに、怨めしそうな目で勇者が私たちを振り返りますが、足を止めようものなら私がグラウプニルの鎖を使って締め上げ、無理やりにでも歩かせました。
このグラウプニルの鎖、長ささえも手にした者の意思によって自由自在なのはとても便利ですね。
まるでネビュラチェ……げふふんっ……なんでもありません。
そこから、更に進む事数分……
「おめでとう御座います。
こちら魔王城第二宝物庫となっております」
私たちの前に、右側のルートにあったあの大扉と同じ物が姿を現しました。
「そしてここは、迷宮回廊の終着地点ともなっております。
この先に宝箱があり、更にその先が魔王の間へと続いております。
これより以降、通路には罠はありませんので、ご安心してお進みください」
ドロシーの言葉に、一同が安堵の息を漏らしました。
一名を除いて……ですが……
「よっしゃゃぁぁぁ!!
遂にっ! 遂に着いたぜっ!
待ってろよ宝箱ちゃ……ぐうぇっ!」
「もう……少しは静かにしていなさい……」
「では、開けるぞ……ふんっ!」
騒がしい勇者を黙らせてから、戦士が大扉に手を掛けました。
開かれた扉の向こう側に見えたのは、右のルートにあった宝物庫とは比べ物にならないほど広い空間でした。
私たちは揃って第二宝物庫へと足を踏み入れました。
その宝物庫の中央辺りには、全部で10個の宝箱が置かれていました。
「確か、残りの宝箱は4個だったはずだが?」
「バーロー! 多いに越したことないだろぐはぁっ!」
「戦士が話しているのですから、邪魔をするんじゃありません」
「はい。ご覧の通り宝箱は10個御座いますが、当りはこの中の4個のみとなっております。
残りは全てハズレとなっており、ハズレを引いてしまった場合はなにかしらの罠が発動する仕掛けとなっております」
「なるほど……通路には、か」
「罠を避けたい場合は、宝箱を開けずに先に進むことを提案いたします」
「バカ言ってんじゃねぇーぞメイド!
俺が何のためにここまで来たと思ってぼらぁっ!」
もう皆慣れたもので、ドロシーですら勇者の奇行を気にしなくなってきていました。
今では、誰も視線すら向けなくなってきていますよ。
まぁ、それをさせているのは、私なんですけどね。
「……あの~僧侶さん。その、無言のまま突然締め上げるの、マジ勘弁して欲しいんですけど……」
と、勇者は事もあろうに私に講義をしてきました。
ただし、自分の立場というものを多少は理解したのかずいぶんと謙った言い回しなっていましたが……
「貴方が黙っていれば締めませんよ?」
「いえ……その、当方にも主張がありますし……できれば話だけでも聞いて頂きたいなぁー、と……」
勇者の意見など、初めから聞くつもりはありませんが、ここを無視すると結局また騒ぎ出すので、とりあえず聞くフリだけでもしてあげましょう。
「はぁ~、なんですか? 言ってみなさい。
分かっているとは思いますが、もし私の気に触るような事言ったら……」
「あっ、はい……それはもう存じ上げておりますです、はい」
もし、手が自由になっていたら、この勇者はどこぞの商人のようにもみ手をしていたに違いありません。
「そのご覧の通り、現在私は体の自由が殆どありません」
「そうですね」
「これでは、とても宝箱を開けることができません。
それはご理解頂けるでしょうか?」
「そうですね」
「そこでっ! 当方の要求としましては、せめて腕だけでも自由に……」
「却下です」
「大丈夫! 大丈夫! 大丈ぉ~夫ぅ!」
なぜ三回も言いましたか?
むしろ不安しかないのですが……
「ご安心ください!
私、僧侶さん……いえ、僧侶様が懸念しているような行いは一切いたしません!
鎖が緩んだ隙に逃げようだとか、腕が自由になったら鎖を奪おうだとか、そんな事一切考えておりません!
なので、せめて! せめて腕だけでも自由にしてください! お願いします!」
勇者は私の前に膝を付くと、恥も外聞もなく頭を床へとこすり付けて懇願していました。
……これが、我が国の王子の姿かと思うと、涙が出てきます……ですが、
「却下です」
「何でだよぉ~! こんなに頼んでるのに何でダメなんだよぉ~!
少しくらいいいじゃないか! 俺は宝箱を開けるためにここまで来たってのに……
宝箱を開けられると思っていたからこそ、あのクソくだらない罠にも耐えてきたんだ!
それなのに……それなのに……
これじゃ何のためにここまで来たのか……」
男泣きでした……
「頼むよ僧侶~! お願いだから宝箱を開けさせてくれよぉ~!
一生のお願いだからぁ~後生だからぉ~!」
「貴方の“一生のお願い”はさっきも聞きましたっ!
それに、貴方は一体どれだけ私に“徳”を積ませるつもりですかっ!
貴方の“後生”を聞いていたら私の来世は安泰ですねっ!」
勇者は顔中得たいの知れない汁まみれにして、イモムシのように私へと擦り寄ってきました。
流石に、気持ち悪かったので私は近づく勇者の頭をふんずけて動きを止めることにしました。
触るのに抵抗があったので足です。
ホントは靴を履いた足でもちょっと嫌なくらいです……
……別に、そういう趣味じゃありませんからね?
ですが、ずっとこのまま、と言うのは流石にウザいので、私は慈母神のような慈しみを持って勇者の提案を呑むことにしました。
「分かりました……では、腕だけは自由にして上げます。
だから、離れてください、モチワルイ……」
「ありがとうございます! ありがとございます!」
勇者は何度も何度も頭を下げて、お礼を言っていましたが……
この構図だと、まるで勇者が私に踏まれ、罵倒された事にお礼を言っているように見えるのですが気のせいでしょうか……気のせいだと思いましょう。
シュルシュルシュル……
私はグラウプニルの鎖に、勇者が腕を抜く程度の隙間を作るように指示を出しました。
鎖は私の思い通りに隙間を作るように少しづつ解けて行き……腕二本をようやく引き抜けるほどの隙間が出来たとき、
「今だっ!」
「そうくると思ってましたよ……」
勇者が咄嗟に、出来た隙間を利用して鎖から全身を抜き出そうとしたのです。
まぁ、分かっていたので勇者が行動を起こした瞬間にはまたグルグル巻きの簀巻き状態に逆戻りだったのですけどね……
「そういう行いが信用を失うと、何故学習できないのですか貴方は……」
「まぁ、勇者だからな……」
「脳みそスライムだからじゃない?」
「あの……申し訳ありませんが、スライム族をこんな能無……コホン……失礼、その……このような個性的な方と同じにされては、聊か不愉快なので訂正をお願いします」
「それは、悪い事を言った。
じゃあ、脳みそ馬糞並と訂正しよう」
「馬糞は馬糞で利用価値があるのですが……御心遣い感謝致します」
一部始終を見ていた一堂が、口々に何か言っていました。
しかも、魔王付きのメイドにまで……無能呼ばわりとは……なんだか泣けてきました。
「ぐっげっ……がぁっ……かはぁっ……」
おや?
勇者が文句も言わず静かにしていると思ったたら、何やら顔を真っ赤にして呻いていました。
面白いのでしばらく見ていると、顔色は次第に赤から青へ、そして紫かがった青へと変わっていきました。
まぁ、原因は無理に抜け出そうとした所為でグラウプニルの鎖が首周りに絡みついて窒息状態に陥ってるから……なのですが、自業自得なので仕方ないですね。
いい機会です。自らの愚行を悔い改めるとよいでしょう。
「げっ……あがぁっ……うう゛ぁっ……(がくっ)」
チーン……
勇者はお亡くなりなられました……と、いう訳にも行かないので、気を失った直後に鎖は解いてやりました。これで死ぬ事は無いでしょう。
こんな小物風情に、私の手を汚したくはありませんしね。
「僧侶……その笑い方やめて、マジコワイ……」
「お前は本当に聖職者なのか……?」
「罪に対して罰を与えるのもまた、聖職者の務めですよ」
もう、ここまで来れば勇者を縛っておく必要もないでしょう。
私は、紫色の顔で伸びている勇者からグラウプニルの鎖を外すとそっとアイテムバックに仕舞いました。
戦士と魔法使いは、地面転がってピクピクしている物体をただじっと見つめていました。
きっと、何か思うところでもあるのでしょう……
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蛇足知識その14(言い訳 りたーんず)
その いち
・後生だから~について
“後生”とは仏教用語で“来世”のことです。(字のまんまですね)
だから“後生だからお願い”というのは字のままの意味だと“来世分のお願い”になるのですが、これ少し違います。
仏教的には人を助ける事は“徳”を高めることに繋がります。そして、徳が高い人は死後極楽浄土へと行くことが出来ると考えられています。
つまり、“私を助けると貴方の徳が高まりますよ~極楽浄土いけますよ~だから、助けてくださいよぉ~”と言う、実に都合のいいお願いなんですね。
その に
今回で僧侶編を締めるつもりがまた長々と続いてしまった……
もう少しだけ御付き合いください……
次回は微妙な文字数で終わる……かも?
通過した十字路は、優に10を越えました。
同じ様な風景の中を、延々と歩き続けなければならない所為か、正直、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方がキツいです……
「……ここにも何かあるな」
勇者がそう言って、足を止めますが、もう誰も隊列を組もうとはしませんでした。
それもそうでしょう。
だってバカらしいんですから。
あの失礼なロープの罠以降、勇者は結構な頻度で罠を発動させていました。
しかし……
そのどれもが、子どものイタズラレベルのちゃちな罠ばかりだったのです。
例えば、天井から何故か金盥が落ちてきて、一番背の高かった戦士の頭部に直撃した、とか……
例えば、床から変な顔の描かれたカカシの様な人形が飛び出してきた、とか……
例えば、通路いっぱいの丸い巨石がすごい勢いで転がって来て必死に逃げ回った、が、実は凄いふかふかした玉だった、とか……
警戒するとか、逃げるとか……もうバカバカしくなるよな罠ばかりだったのです。
幾つ目かの罠を発動した後からは、私たちは一切警戒しなくなりました。
もう、勇者に普通に罠のスイッチを踏ませています。
「気にせず先に行って下さい……」
私は鎖を軽く振って、勇者を歩かせました。
カチッ
案の定、信頼の勇者クオリティのおかげできっちり罠を踏んだようです。
しかし、もう誰もそんな事は気にしてはいませんでした。
どう言う訳か、ここの罠は皆時間差で発動するものばかりでした。
スイッチを踏んでから、少しすると何が起こるのです。
なので、私たちはスイッチを踏んでも気にせず進みます。
むしろ今では“次はどんなくだらない罠なのか”と、楽しみになって来ているほどですよ。
そんな無警戒で進む中、突然、
ガコンッ
と言う、大きな音が響きました。
それが罠の発動する音であることは、誰もが認識していました。
さて、次は一体どんなくだらない……
「「「「えっ!?」」」」
気付いたとき、私たちの足元には既に床がありませんでした。
そう、今度の罠は古典的で典型的な罠・オブ・ザ罠っ!
“落とし穴”だったのです。
一瞬の浮遊感の後にやってくる、落下感。
私たちは、皆まとめて落とし穴に引っ掛かってしまったのでした。
「きゃゃゃゃっっっ!!」
「ぬぉぉぉぉっっっ!!」
落下する中、直ぐ隣から魔法使いの女の子とは思えない悲鳴が聞こえて来ました。
普段なら、ツコッミの一つも入れるところですが、今はそんな余裕はありません。
落とし穴といえば、その底にあるのは毒蛇の群れや針山といった危険度の高いものがあると相場が決まっています。
このままでは、私たちを待っているのは最悪な未来しかありません。
何とか打開策は無い物かと必死に考えていると……
「御困りのようですが、お助けした方がよろしいのでしょうか?」
と、なんとも間抜けか事を聞いてくる声が聞こえたのです。
何事かと思い、声のした方へ振り向けば……そこに居たのは、“迷宮回廊”の入り口付近で別れたはずのドロシーでした。
ドロシーが、私たちと一緒に落ちていたのです。
しかし、今はそんな事を考えている場合ではありませんっ!
彼女は確か、飛翔系の呪文を略式詠唱で使えたはずです。
「おっ、お願いしますっ! 助けて下さいっ!!」
私は、体裁やプライドをかなぐり捨てて懇願するようにドロシーへそう返答しました。
私たち勇者の一行が魔王の配下であるメイドに、助けを求めるのか? ですか?
ええ、そりゃもう求めますよっ! 求めまくりですよっ!
命あっての物だねと言う言葉だってあるくらいです。
助かるためなら、使えるものは魔王の配下だって使ってやりますよっ!
「……本当によろしいのですか?」
何を言っているのですかこのメイドはっ!
ドロシーは念を押すように、再度そう聞いてきました。
いやいや……このまま見過ごされたら私たち死んじゃうじゃないですかっ!
「本当も何も、早く助けてくださいっ!」
「……分かりました。では、天翔爽駆!」
ドロシーが呪文を唱えると、一気に落下速度遅くなり、停止、そして私たちを落とし穴のあった通路まで急上昇を始めました。
「はぁはぁ……死ぬかと思ったぜ……」
「今のは流石に焦ったな……」
「びっくりしたぁ……」
勇者は簀巻きのまま、戦士はだらしなく床に座り込んでほっと一息ついていました。
かく言う私や魔法使いも、勇者や戦士のことをとやかく言えるような状態ではありませんでしたが……
落とし穴に落ちた拍子に、うっかりグラウプニルの鎖を手放してしまってしまいましたが、鎖の巻きついた今の勇者に何が出来るものでもないので、回収するのは後でもいいでしょう……
「この度は助けて頂きありがとうございました。
それにしても、なんでドロシーがここにいるのですか?」
私は、ドロシーに助けて頂いたお礼を言ってから、先ほど抱いた疑問を本人に問う事にしました。
例え、ドロシーが魔王の配下であったとしても、私たちを助けて頂いたことは事実。
礼を失するようなマネは出来ません。
「はい? 私、初めから皆様の後ろに付いておりましたが?」
すると、ドロシーからは意外な答えが返ってきました。
てっきり、“迷宮回廊”で別れたとばかり思っていのですが……
と、言うか一体どこにいたのでしょうか? 全然気が付きませんでした。
「私、いくら、案内が出来ないとはいえ、大切なお客様を放置するなど、メイドとして有るまじき行為はいしません。
その様な事、私のメイドとしての矜持が許しませんので」
ドロシーの話では、道案内は出来ないが何かあった際にはサポート出来るように同行していたとのことでした。
で、私たちがものの見事に落とし穴にはまったのを見て、ドロシーも後を追い落とし穴に飛び込み、今に至る、と言うわけです。
「何にしても、助かりました。ドロシーが居なかったら今頃私たちはどうなっていたことか……
でも、今まであんなふざけた罠ばかりだったのに、何故急にこんな危険な罠が……」
初めこそ、子ども騙しの様な罠で進入者を油断させ、油断しきった所で本命の罠を置くという巧妙な罠……なのでしょうか?
もしそうであるなら、私たちは物の見事に引っ掛かってしまった事になるわけですね……恐るべし魔王城……
「危険……でしょうか?」
私が何の気なしにポツリと零した言葉を、ドロシーは聞いていたらしく、ポワンとした表情でそんな事を聞き返してきました。
「落とし穴ですよ! 落とし穴と言ったら、底に毒蛇の群れがいたり落ちて来た者を針山で串刺しにするのが一般的ではないですか!」
魔王に仕えている身でありながら、そんな事も知らないとは……
いくら、温厚な私でも流石に腹が立ってきました。
「そうなのですか? 世の中にはそんな恐ろしいものがあるのですね……」
ドロシーは、私の話を聞いてまるで他人事のようにそう言っていました。
「……いやいや。今の……落とし穴……ですよね?」
「はい。確かに落とし穴ではありますが、そのような物騒な仕掛けはございません。
第一、魔王城に命を奪うような危険な罠は存在しませんので」
……なんですと?
私には、このメイドが何を言っているのかよく分かりませんでした。
物騒でない落とし穴が存在すると?
そもそも、ダンジョン内で危険がない罠に存在意義はあるのでしょうか?
ここはもう何もかもが謎ですよ……
「……では、あの落とし穴の先には何があると言うのですか?」
何だか、どっと疲れがこみ上げて来た感じがします……
私は溜息まじりにドロシーにそう聞きました。
「それは“迷宮回廊”の入り口でございます」
「……へ?」
今、このメイドさんは何と言ったのでしょうか?
「落とし穴の行き先には、幾つか種類がございまして、今の作りですとリターン・トラップ……スタート地点に強制転送するトラップにございます。なので……」
つまりなんですか?
あの穴に落ちれば、この結界だらけの迷宮から出る事が出来るという事ですか!?
この際、穴に落ちるているのに、出口が同じ階なのは何故かとかそんな野暮なツッコミはしません。
私は、ドロシーの解説もそこそこに、戦士に向かって声をかけました。
「戦士、勇者を落とし穴に叩き落してください」
「はぁ!?」
「ん? 急に何を言っているのだ? 折角助かったというのに……」
「その落とし穴は落ちても安全だそうです。説明もあとでしますから、とにかく勇者を穴に放り込んでください」
「ちょっ、お前何考えてんだよ! 頭おかしいんじゃねぇーの!」
「ふむ……僧侶がそういうなら、何か意味があるのだろうな……分かった」
「戦士! お前何フツーに納得してんだよっ!
だからっ! お前ら少しくらい俺の話聞けって!!」
勇者が何がごちゃごちゃ言っていましたが、相手にするだけ面倒なので完全にムシです。
その辺りの事は戦士も心得たものです。
戦士はよこっらしょっと、シジ臭く立ち上がると、近くに転がっていた勇者を担ぎ上げてポイッと穴に向かって投げました。
バタンッ
「ちょっ! 本当に投げる奴がいる……ヘボァ!!」
戦士が、何の躊躇いも無く勇者を放り投げた瞬間、今までポッカリ開いていた落とし穴の口が音を立てて閉じてしまいました。
そのため、投げ飛ばされた勇者は落とし穴に落ちる事無く、哀れ床石に顔面からダイブする事とあいなりました。
「作動時間限界のようですね」
ご丁寧にも、落とし穴の口が閉じた理由をドロシーは説明してくれました。
私は、素早く落とし穴の作動スイッチの所まで移動すると勇者を落とすためにカチカチとスイッチを踏みました。
もう何度も踏みました。踏みまくりました……
しかし、待てど暮らせど落とし穴が作動する事はありませんでした。
「一度発動した罠は、再発動までにインターバルが御座います。短時間での連続発動を防止する仕様となっております」
私が苛立たしげにガスガススイッチを踏んでいると、ドロシーが近寄ってきてそっと説明してくれました。
「どれくらいの時間がかかるのでしょうか?」
勿論、罠の再発動までの時間のことだが、その辺りの事は説明せずともドロシーは理解してくれました。
「一日程度、と思っていただければ」
「チッ……」
この落とし穴を使って勇者を外へ引きずり出す作戦だったのですが……うまく行かないものですね。
そもそもドロシーは私たちが、勇者をこの“迷宮回廊”の外に連れ出したい事は知っているはずです。
“迷宮回廊”入り口での一部始終を見ていたのですから。
そして、あの落とし穴が外に繋がっている事も知っていた……なら、何もせず放っておいてくれれば私たちは晴れて“迷宮回廊”を脱出出来たと言うのに……
いえ、彼女を恨むのはお門違いと言うものでしょう。
結局の所。助けを求めたのは私なのですから……
「で、今のは一体どう言うことなんだ僧侶?」
いまいち現状が理解できていない戦士が、皆のところにしぶしぶ戻ってきた私に問いかけました。
まぁ、後で説明すると言いましたしね。
「あの落とし穴は、“迷宮回廊”の入り口部分に繋がっていたそうなのです。
なので、あのまま落ちていればこの結界だらけの迷宮から抜け出すことが出来たのですが……」
「……なるほどな……おしいことをしたかもしれんな……」
「……僧侶が“助けて”なんて余計なこと言うから……」
「そんな事知らなかったのだから仕方ないじゃないですかっ!」
戦士は納得してくれたようですが、魔法使いはボソッと文句を言っていました。
「そんな事より、この俺に対する仕打ちにたいして謝罪はないのかっ!?」
私は周囲を見回して、近くに落ちていたグラウプニルの鎖の端を手に取りました。
「むぎゃ!! 締めるなっ!! 無言で締めるなぁぁぁ!!」
「はぁ……だから、誰の所為でこんな目に会ってると思っているのですか?」
「出るからっ! 何がとは言わないが、いろいろ出るからぁっ! それ以上締めたら、ホント出るからっ!!」
-------------------------------------
私たちが落とし穴にはまってからしばらくが経ちました……
ドロシーに助けてもらった直後に、少しの休憩を挟んだ後、私たちは再度迷宮の攻略に取り掛かってます。
とは言っても、やっている事はあまり変わりませんけどね……
ただ、隊列は少しだけ変更しました。
「うむ……異常ないようだな」
「ですね……」
結構前方にいる……大体20mくらいでしょうか?……勇者の様子を確認しつつ私たちは進みます。
そう、勇者と私たちの間隔を広めに取ったのです。
今の隊列は、
勇者-----------私・戦士・魔法使い
と、なっております。
これなら、先ほどのような落とし穴にはまったとしても、引っかかるのは勇者だけとなりパーティーの安全は保障されます。
現に、落とし穴から現在に至るまでに勇者は三度の罠を発動させましたが、引っかかったのは勇者だけで、私たちは無事でした。
まぁ、引っかかったところで大した罠ではなかったでけどね……
天井から白い粉……小麦粉でしょうか?……が大量に降ってきたり……壁が迫出してきて挟まれたと思ったら、実は柔らかかったり……突然、やたら粘着質な床が現れて足を取られ転倒。からの、粘着床へ顔からダイブで髪の毛が張り付き惨劇……勇者的にこれが一番キツかったようですね。
ひっぺがす際に、ブチブチ引き抜けて行く髪を見ながら、いろんな意味で号泣していましたから。
まぁ、大した事はないのですが、自分が同じ目に合ってもいいかと言われるとムカつくので断固拒否しますけどね。
たまに、怨めしそうな目で勇者が私たちを振り返りますが、足を止めようものなら私がグラウプニルの鎖を使って締め上げ、無理やりにでも歩かせました。
このグラウプニルの鎖、長ささえも手にした者の意思によって自由自在なのはとても便利ですね。
まるでネビュラチェ……げふふんっ……なんでもありません。
そこから、更に進む事数分……
「おめでとう御座います。
こちら魔王城第二宝物庫となっております」
私たちの前に、右側のルートにあったあの大扉と同じ物が姿を現しました。
「そしてここは、迷宮回廊の終着地点ともなっております。
この先に宝箱があり、更にその先が魔王の間へと続いております。
これより以降、通路には罠はありませんので、ご安心してお進みください」
ドロシーの言葉に、一同が安堵の息を漏らしました。
一名を除いて……ですが……
「よっしゃゃぁぁぁ!!
遂にっ! 遂に着いたぜっ!
待ってろよ宝箱ちゃ……ぐうぇっ!」
「もう……少しは静かにしていなさい……」
「では、開けるぞ……ふんっ!」
騒がしい勇者を黙らせてから、戦士が大扉に手を掛けました。
開かれた扉の向こう側に見えたのは、右のルートにあった宝物庫とは比べ物にならないほど広い空間でした。
私たちは揃って第二宝物庫へと足を踏み入れました。
その宝物庫の中央辺りには、全部で10個の宝箱が置かれていました。
「確か、残りの宝箱は4個だったはずだが?」
「バーロー! 多いに越したことないだろぐはぁっ!」
「戦士が話しているのですから、邪魔をするんじゃありません」
「はい。ご覧の通り宝箱は10個御座いますが、当りはこの中の4個のみとなっております。
残りは全てハズレとなっており、ハズレを引いてしまった場合はなにかしらの罠が発動する仕掛けとなっております」
「なるほど……通路には、か」
「罠を避けたい場合は、宝箱を開けずに先に進むことを提案いたします」
「バカ言ってんじゃねぇーぞメイド!
俺が何のためにここまで来たと思ってぼらぁっ!」
もう皆慣れたもので、ドロシーですら勇者の奇行を気にしなくなってきていました。
今では、誰も視線すら向けなくなってきていますよ。
まぁ、それをさせているのは、私なんですけどね。
「……あの~僧侶さん。その、無言のまま突然締め上げるの、マジ勘弁して欲しいんですけど……」
と、勇者は事もあろうに私に講義をしてきました。
ただし、自分の立場というものを多少は理解したのかずいぶんと謙った言い回しなっていましたが……
「貴方が黙っていれば締めませんよ?」
「いえ……その、当方にも主張がありますし……できれば話だけでも聞いて頂きたいなぁー、と……」
勇者の意見など、初めから聞くつもりはありませんが、ここを無視すると結局また騒ぎ出すので、とりあえず聞くフリだけでもしてあげましょう。
「はぁ~、なんですか? 言ってみなさい。
分かっているとは思いますが、もし私の気に触るような事言ったら……」
「あっ、はい……それはもう存じ上げておりますです、はい」
もし、手が自由になっていたら、この勇者はどこぞの商人のようにもみ手をしていたに違いありません。
「そのご覧の通り、現在私は体の自由が殆どありません」
「そうですね」
「これでは、とても宝箱を開けることができません。
それはご理解頂けるでしょうか?」
「そうですね」
「そこでっ! 当方の要求としましては、せめて腕だけでも自由に……」
「却下です」
「大丈夫! 大丈夫! 大丈ぉ~夫ぅ!」
なぜ三回も言いましたか?
むしろ不安しかないのですが……
「ご安心ください!
私、僧侶さん……いえ、僧侶様が懸念しているような行いは一切いたしません!
鎖が緩んだ隙に逃げようだとか、腕が自由になったら鎖を奪おうだとか、そんな事一切考えておりません!
なので、せめて! せめて腕だけでも自由にしてください! お願いします!」
勇者は私の前に膝を付くと、恥も外聞もなく頭を床へとこすり付けて懇願していました。
……これが、我が国の王子の姿かと思うと、涙が出てきます……ですが、
「却下です」
「何でだよぉ~! こんなに頼んでるのに何でダメなんだよぉ~!
少しくらいいいじゃないか! 俺は宝箱を開けるためにここまで来たってのに……
宝箱を開けられると思っていたからこそ、あのクソくだらない罠にも耐えてきたんだ!
それなのに……それなのに……
これじゃ何のためにここまで来たのか……」
男泣きでした……
「頼むよ僧侶~! お願いだから宝箱を開けさせてくれよぉ~!
一生のお願いだからぁ~後生だからぉ~!」
「貴方の“一生のお願い”はさっきも聞きましたっ!
それに、貴方は一体どれだけ私に“徳”を積ませるつもりですかっ!
貴方の“後生”を聞いていたら私の来世は安泰ですねっ!」
勇者は顔中得たいの知れない汁まみれにして、イモムシのように私へと擦り寄ってきました。
流石に、気持ち悪かったので私は近づく勇者の頭をふんずけて動きを止めることにしました。
触るのに抵抗があったので足です。
ホントは靴を履いた足でもちょっと嫌なくらいです……
……別に、そういう趣味じゃありませんからね?
ですが、ずっとこのまま、と言うのは流石にウザいので、私は慈母神のような慈しみを持って勇者の提案を呑むことにしました。
「分かりました……では、腕だけは自由にして上げます。
だから、離れてください、モチワルイ……」
「ありがとうございます! ありがとございます!」
勇者は何度も何度も頭を下げて、お礼を言っていましたが……
この構図だと、まるで勇者が私に踏まれ、罵倒された事にお礼を言っているように見えるのですが気のせいでしょうか……気のせいだと思いましょう。
シュルシュルシュル……
私はグラウプニルの鎖に、勇者が腕を抜く程度の隙間を作るように指示を出しました。
鎖は私の思い通りに隙間を作るように少しづつ解けて行き……腕二本をようやく引き抜けるほどの隙間が出来たとき、
「今だっ!」
「そうくると思ってましたよ……」
勇者が咄嗟に、出来た隙間を利用して鎖から全身を抜き出そうとしたのです。
まぁ、分かっていたので勇者が行動を起こした瞬間にはまたグルグル巻きの簀巻き状態に逆戻りだったのですけどね……
「そういう行いが信用を失うと、何故学習できないのですか貴方は……」
「まぁ、勇者だからな……」
「脳みそスライムだからじゃない?」
「あの……申し訳ありませんが、スライム族をこんな能無……コホン……失礼、その……このような個性的な方と同じにされては、聊か不愉快なので訂正をお願いします」
「それは、悪い事を言った。
じゃあ、脳みそ馬糞並と訂正しよう」
「馬糞は馬糞で利用価値があるのですが……御心遣い感謝致します」
一部始終を見ていた一堂が、口々に何か言っていました。
しかも、魔王付きのメイドにまで……無能呼ばわりとは……なんだか泣けてきました。
「ぐっげっ……がぁっ……かはぁっ……」
おや?
勇者が文句も言わず静かにしていると思ったたら、何やら顔を真っ赤にして呻いていました。
面白いのでしばらく見ていると、顔色は次第に赤から青へ、そして紫かがった青へと変わっていきました。
まぁ、原因は無理に抜け出そうとした所為でグラウプニルの鎖が首周りに絡みついて窒息状態に陥ってるから……なのですが、自業自得なので仕方ないですね。
いい機会です。自らの愚行を悔い改めるとよいでしょう。
「げっ……あがぁっ……うう゛ぁっ……(がくっ)」
チーン……
勇者はお亡くなりなられました……と、いう訳にも行かないので、気を失った直後に鎖は解いてやりました。これで死ぬ事は無いでしょう。
こんな小物風情に、私の手を汚したくはありませんしね。
「僧侶……その笑い方やめて、マジコワイ……」
「お前は本当に聖職者なのか……?」
「罪に対して罰を与えるのもまた、聖職者の務めですよ」
もう、ここまで来れば勇者を縛っておく必要もないでしょう。
私は、紫色の顔で伸びている勇者からグラウプニルの鎖を外すとそっとアイテムバックに仕舞いました。
戦士と魔法使いは、地面転がってピクピクしている物体をただじっと見つめていました。
きっと、何か思うところでもあるのでしょう……
-------------------------------------
蛇足知識その14(言い訳 りたーんず)
その いち
・後生だから~について
“後生”とは仏教用語で“来世”のことです。(字のまんまですね)
だから“後生だからお願い”というのは字のままの意味だと“来世分のお願い”になるのですが、これ少し違います。
仏教的には人を助ける事は“徳”を高めることに繋がります。そして、徳が高い人は死後極楽浄土へと行くことが出来ると考えられています。
つまり、“私を助けると貴方の徳が高まりますよ~極楽浄土いけますよ~だから、助けてくださいよぉ~”と言う、実に都合のいいお願いなんですね。
その に
今回で僧侶編を締めるつもりがまた長々と続いてしまった……
もう少しだけ御付き合いください……
次回は微妙な文字数で終わる……かも?
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