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三四二話

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 表示されたARウインドウには、次の様なことが書かれていた。

“竜の血
 高い純度の魔力を秘めた生物の血。血そのものに特別な効果はないが、精製することで高純度の魔石や、貴重な薬の原料となる”
 
 竜の血って……こいつカメやぞ? って、違う、そうじゃない……

 竜の血といえば、以前、エルフの村でミウラという、病気の女の子を治療する薬を作った際に使った素材の一つだ。
 正確には、竜の血を精製した“竜血晶りゅうけっしょう”が薬の材料となる。

 あの時は、たまたま運よくソアラの父親であるノマドさんのお師匠さんが、竜血晶を所有していたから薬を作ることが出来たのだが……

 にしても、まさかこんな形で竜の血を入手することになるとは驚きだ。
 『アンリミ』でも、竜の血は入手し難いアイテム筆頭だったからな。
 それが、今は目の前で山積みとなっていた。
 
 しかも、ノマドさんから分けてもらった竜血晶は品質レベルが6とやや低かったのだが、ここにある竜の血の品質レベルは10と最高品質。
 そこからも、この血を採取した職人達の腕の良さが伺い知れるというものだろう。

 ということは、だ。
 これを材料に竜血晶を精製すれば、最高品質の竜血晶が手に入ることになる。
 そしてそれは、最高品質の秘薬丸が作れるということであり、それは、最高品質の神命酒ネクタルが作れるということで、そして、最高品質のエクストラ・エリクシルが作れる、ということであった。

 ちなみにだが、普通のエリクシルはHP回復系の最上位アイテムであり、神命酒ネクタルとエリクシル、そしてその他の材料で合成されるのが、エクストラ・エリクシルである。

 この世界で、品質レベル10のエクストラ・エリクシルがどれだけの効果を発揮するのか……
 ゲーマーとして、単純にそんな好奇心が湧いてくる。

 なにせ、エクストラ・エリクシルのフレバーテキストには“死者も蘇る”とか“若返る”とか、とんでもなことが色々と書かれているかなら……

 素材は竜血晶以外はすべて揃っているので、作ろうと思えば作れるが……

「あの? スグミ様、どうかされましたかな?」

 俺が呆然と試験管を眺めていることを不思議に思ったのか、バレーノがそう話しかけて来た。
 いかんいかん。つい、ゲーム思考に陥ってしまっていた。

「ああ……いや、何でもない。ただ、見た感じが俺が作る薬の材料に似ているな、と思っただけだよ」

 そう俺は軽く答えて、手にしていた竜の血入りの試験管をバレーノへと返した。

「薬の材料……ですか? 
 それは見ただけで分かるようなものなのですか?」

 俺から受け取った試験管を小箱へと戻しつつ、驚いた様子でバレーノがそう返す。
 いかん……これは藪蛇だったな……
 俺は鑑定系のスキルがあるので、スキルを使えばそれと分かるが、普通はそう簡単に成分なんて分かるわけがない。
 ましてや、見ただけで分かる、なんて論外だろう。

「ま、まぁ、長年の勘ってやつだな……」
「ほぉ……スグミ様は魔道具だけでなく、薬学にも精通されていたのですね」
「せ、精通というほどでもないが……ちょっと特殊な薬品を作る過程で、薬についても少し齧った程度だよ」

 正確には、アマリルコン合金を作る際に、高位の錬金スキルが必要だったためレベルを上げていた、というのが正直な話しだ。
 錬金スキルはポーションなどの回復アイテムを作る上では必須スキルとなっているが、俺としてはポーションよりもアマリルコン合金を作る際に必須となる、魔水銀アマルガムの精製が目的だった。

 魔水銀アマルガムの精製だけ知り合いに頼んでもよかったのだが、無駄に凝り性なこともあり、やるなら全部手作りしたい、ということで魔水銀アマルガムの精製の為だけに、錬金スキルをアホほどレベル上げしたのだ。
 俺が回復アイテム系を自作出来るのは、あくまでその副次効果、ということになる。

「そうなのですか……もし、差し支えなければ、その“似ている”という素材について伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ~、言って分かるか知らんが竜の血っていう素材だな。
 正確には、竜の血を精製して作った竜血晶が素材になるんだよ」
「“ドラゴンの血”ですか……」

 それを聞いて、バレーノが難しそうな顔をする。
 まぁ、その反応も分からなくはない。なにせ、この世界でも“竜”とは伝説上の存在とされているらしいからな。
 そこで“竜の血”といったところで、は? それ? ホンキで言ってんの? となるのが普通だろう。
 現代で、ユニコーンの角が万病の薬になる、と言われるようなものだ。

 が、バレーノの反応は少し違っていた。

「古来、“ドラゴン”と称される存在が、伝説や言い伝えの中に度々その姿を現しますが、生物として、その存在が確認されたことは、現在に至るまで一切ないというのが現状です。
 ドラゴンが空想上の生き物だ、と言われる所以ですね」

 と、突然そんな話しを始めたのだ。

「らしいな。そんな話しを前に聞いたよ」
「ご存じでしたか。
 でしたら、そうしたドラゴン伝説に出てくるドラゴンの姿が、必ずしも統一されているわけではない、ということはご存じですか?」
「いや、それは初耳だな。てか、ドラゴンっていったら“羽の生えた巨大なトカゲ”みたいなヤツじゃないのか?」

 俺がそう聞くと、バレーノは一つ頷いて見せた。

「はい。今でこそ、それが一般的なイメージとなっていますが、ドラゴンを目撃したという文献には、実は様々な姿のドラゴンが描かれているのです。
 曰く、空を飛ぶ巨大なヘビだった。
 曰く、人を一飲みにするほど巨大な狼だった。
 曰く、山程の大きさの影だった。
 曰く、帆船を一飲みにするほど大きな巨魚だった。などなどです。
 スグミ様が言う“ドラゴン”もまた、そうして伝えられている姿の一つなのです。
 これらの証言から、私なりに出した結論が“ドラゴンとは、単一の生物ではなく、強大な力を持つ生物の総称である”というものなのです。
 であれば、スグミ様の言う“ドラゴン”と“ベルヘモス”がある意味同種の存在であり、結果、種は違えど血に似たような効能を秘めている、と考えられるのではないでしょうか?」
「……なるほど。つまり、“竜”とは本質であり形態は関係ない、と。
 確かに、その理論からすれば、ベルヘモスも立派な竜・・・・の一種、というわけか」

 特に、山程の大きさの影、なんてまんまベルヘモスのことだしな。
 それに、言われてみれば、“竜の血”のフレーバーテキストには“高い純度の魔力を秘めた生物の血”と書かれている。
 『アンリミ』では“竜の血”をドロップするモンスターは竜族系……要は爬虫類系に統一されていたが、フレーバーテキストの定義に倣えば、必ずしも竜族系である必要はない、ということになる。

「はい。……とはいいましても、所詮は門外漢な私の持論ですが」

 実際のところはどうなのかなんて知りようもないが、バレーノの持論を聞いて、なるほどな、と思うところはあった。

 今でこそバハムートといえばドラゴンの代名詞のようになっているが、原点であるイスラムの伝承では巨大な魚であったりクジラ、または巨大なウミヘビとして伝えられているらしい。

 そうした人知を超えた生物を、“竜”という言葉にひとまとめにしてしまっていると考えれば、ベルヘモスの血が“竜の血”と表示されたことに説明は付く……か。

「もう一つ、ついでにお聞きしたいのですが、その竜の血を使った薬というのは、どんな症状に効くのでしょうか?
 怪我でしょうか? それとも病ですか?」

 バレーノの持論に対して、俺なりに考えをまとめていたところ、バレーノが追加でそんなことを聞いてきた。
 まぁ、竜の血で薬作ってます、といえばどんな効能の薬だよ? と思うわな。

「ああ……ざっくりいえば病気だな」

 とはいえ、ここで答えないのも、それはそれで怪しいので、取り敢えず、取って付けたような返答でお茶を濁すことにした。
 竜の血から直近で作れるのは秘薬丸だ。
 秘薬丸の効能は、病気レベル4以下を完治させる、というものだが、正直にそんなことを話したところで、は? 何言ってんだこいつ? ってなるだけだしな……
 そもそもそ、病気レベルってなんだよ? と、突っ込まれたら説明のしようがない。

「病気ですか……例えば、どんな症例に対する薬でしょうか?」

 ぐいぐい来るじゃない……
 てか、どんな……と聞かれるとぶっちゃけ困るっす……

 どんな病気が、病気レベルのいくつに相当するか分からんからな。
 何か実例があると、説明しやすくていいのだが……そういえば確か……

「例えば……血咳症けっせきしょうに効く、とかかな?」

 血咳症。
 ノマドさんに、ミウラちゃんが患っている病名を聞いた時、確かそんな名前を言っていたはずだ。
 正直、俺にとっては治療に必要なのは病名よりも病気レベルの方だから、あの時は特に病名とかには興味がなく、チラっと聞いてほぼ聞き流していたが……
 まさか、こんなところで役に立つとは。聞いておいてよかったよかった。

「っ!? ……血咳症……ですか……」

 ん? 今、一瞬バレーノの目つきが変わったような? 気のせいか?

「失礼ながら、実際に投与されたことはあるのでしょうか?」
「ん? ああ……以前、エルフの村に少し滞在していた時があったんだが、そこに血咳症を患っていた女の子がいて、その子に飲ませて治療したな」
「その子は現在は?」
「今どうしているかは流石に分からないが、薬を飲ませた後は完治して元気にしていたよ」
「……完治……ですか……」

 そうバレーノは呟くと、その後、何やら考え込むように途端黙ってしまった。
 かと思えば。

「申し訳ありませんが、急遽やらねばならないことが出来ましたので、私はこれにて失礼いたします。それではまた」

 と、早口にそれだけを言い残して、バレーノは足早に解体所を去って行ってしまったのだった。
 で、一人ぽつんと取り残される俺だが、別にバレーノのことを悪くは思わない。
 何故なら、バレーノの気持ちも分からなくはないからだ。
 あれはつまりあれだ。ヤツも学者だということだ。

 俺の話しを聞いて、早く自分も竜の血について早速調べてみたくなったのだろう。
 
 人から、こうすると出来る、とか、ああしたら出来た、とか、そういう情報を手に入れると、まずは自分で試したくなるその気持ち。分かる。
 昔は、俺もそうだったからな……
 『アンリミ』を始めたばかりで、一番のめり込んでいた時期は、仕入れた情報全部検証していたこともあるくらいだ。

 と、立ち去ったバレーノに妙な懐かしさを感じつつ、俺もまた解体所を後にしたのだった。
 
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