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三一一話
しおりを挟むその昔、地図とは軍事機密だった。
確か、そんな話を聞いた覚えがある。
現代でこそ、検索エンジンのおまけ的な機能として、都市の航空写真などを気軽に見ることが出来るが、当然、昔からそんなことが出来たわけではない。
地図とは、人が自らの足を使い調べ、地道な測量を行ったうえで、初めてえられる貴重な情報なのである。
ましてや、それが戦時下ともなれば、何処に何がある、その情報一つが勝敗の趨勢を決めることすらあったわけだ。
少し見方を変えれば、それは現代の方がより顕著となっており、攻撃目標の位置や、侵攻ルートの確認などが容易に行うことが出来るようになった、ということでもあった。
勿論、そうした航空写真も本当に重要な場所はボカシが入っていたり、黒塗りにされたりするのだが……
裏を返せば、それは今でも地図というのが軍事的に重要な要素を含んでいる、ということ示しているわけだ。
つまり、何が言いたいかというと……
これは、やっちまったかもしれない……ということだった。
俺は、ただその辺をウロウロ歩き回るだけで、ノールデン王国内の地形情報をバリバリに引き抜いているのである。
しかも、それを測量などの面倒な手段を用いずに、かつ短時間で地図に起こすことが出来た。
それを俺は、自分の能力、そして力についての詳細を、何も考えないままにベラベラと話してしまっていたわけだが……
それも、頭の良いセレスと、軍関係者であるマレアの目の前で、だ。
で、その危険性にいち早く気づいたマレアにテストをされ……
何も考えていなかったおサルな俺は、それを難なくクリアしてしまった、と。
いや、うん……知ってはいたんだ。知識としては……な。
ただ、こう、その知識が実体験と合致しなかったといいますかなんといいますか……ねぇ?
「あぁ……いや、これはそれがあれで、あれしてそれしたんだよ。うん」
「……ようやく自分が何をしでかしたか理解したみたいだね。てか、言葉になっていんだけど?」
自分のしたことに気づき、慌てふためく俺にマレアが呆れた様にそう言葉を放つ。
「なぁ? これってやっぱヤバかったりするのか?
あっ悪用する気とかはないぞ? これだけは真実を伝えたかった……」
「別に、そこまてでビビらんでも……
まぁ、今までのスグミくんの功績を考えれば、いきなり捕縛して投獄、とかにはならないから大丈夫だと思うよ?
これが他国のスパイとかだったら、即刻精神魔術で拷問に掛けたうえで、洗いざらい吐かせて廃人ルート確定なんだろうけど……」
だから怖いっての……
「ただ……」
で、マレアの奴は意味深に変なところで言葉を切る。あんな話を聞いた後の為、怖さも倍増だ。
「ただ……なんだよ? 怖いところで言葉を切らないでくれるか?」
「いやね……ただ、これを知ったら、フューズ卿やプレセアっちが余計スグミくんにご執心になるんじゃないかな? と思ってさ」
そういえば、プレセアはハニトラを仕掛けてまで、俺を自分の勢力に組み込もうとした張本人なんだよなぁ……
んで、それをラルグスさんも支持している、と。
彼女達からすれば、俺の取り込みが死活問題なのかもしれないが、こちらとしてはいい迷惑でもある。
「あっ、だったらマレアが黙ってくれればワンチャン……」
「まぁ、バッチ報告しますけどね。仕事だし」
クソっ! なんでこういう時だけ仕事熱心なんだよっ! さっきまで散々サボってただろっ!
「そこまで嫌がらなくても、そんな悪い扱いにはならないって……多分」
「だといいがな……」
そうであることを切に願う俺だった……
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
その後は、セレスに頼まれた地図製作をコツコツと手伝うことに。
今更地図を作るのを止めたところで、なんの足しにもならないだろうしな……
だったら真面目に手伝って、少しでも無害をアピールし、心象を良くしておくことに務めた方が建設的である。
とはいえ、俺はひたすら地図をコピーするだけなので、作業時間にしたら五分もしないうちに終了。
まぁ、量自体もそんなに多くなかったしな。
今日の探索で移動したブロックの数は七。1ブロックにつき地図一枚で製作しているので作った地図は合計七枚。
一枚、大体三〇秒程で作れるので、七枚でも都合四分あれば終了となる。
で。
印刷作業が終わった俺はやることがなくなってしまったが、セレスの方はというと、出来上がった地図を眺めながら何やらカリカリと熱心に研究に没頭していた。
断片的な地図しかないこの状況で、何が分かるのか俺には皆目見当もつかないが、セレスなら分かることがあるのかもしれない。
そんなことを思いながら、真剣に研究に取り組むセレスをぼーっと眺めつつ、俺はというと作業後の一服……まぁ、大したことはしていないのだが……として、食後のコーヒーを飲んでいる最中だった。
そんな時間が暫し流れ……
「ふぅー、いいお湯でしたなぁ~。
いやぁ~、こんな所でまさか湯あみまで出来るなんて信じられないね、ホント」
なんて言いながら、マレアがシャワー室から出て来たのだった。
しかし……
「ごふっ!」
その姿を見て、俺は咳込んでしまった。
……危うくコーヒーを吹き出すところだったぞ?
何故かって? それは、こいつがシャワー室からパン一で出てきやがったからである。
「おまっ……ちょっ、なんて恰好してんだよっ! 服を着ろっ! 服をっ!」
一応、首にタオルをかけているため胸の肝心な部分こそ見えてはいないが、下は丸出しだ。
しかも、さっき見たカボパンではなく、ちゃんとした下着……所謂、パンティーとかショーツと呼ばれるそれであった。
あまり飾り気こそないが、シンプルな白地で……って、何マジマジと観察してんねん俺っ!
「えぇ~、ちゃんと着てるじゃん?」
俺の指摘に対して、マレアが何やらニマニマした表情でそう答えると、パンツの腰紐部分を軽く引っ張って見せた。
「パンツだけだろがっ! パンツは服とは言わないし、着るとも言わねぇんだよっ!」
「えぇ~、あっちぃじゃん……」
なんてマレアがぶぅー垂れているが、とにかくこちらとしては今のままでは目のやり場に困るのだ。
喩え、マレアが幼児体形だとしても、だからといってガン見していい理由にはならないし、むしろそっちの方がマズイような気さえする。
「取り敢えず、それでも着てろっ! 着ないと明日からの食器の片づけ、毎日お前にやらせるからな?」
ということで、チェストボックスから適当な服を取り出し、マレアに向かって投げつける。と……
「わふっ!」
投げた服がマレアの顔面へと直撃した。
俺がマレアに投げたのは、黒地に『アンリミ』のロゴが入っているだけの何の変哲もないTシャツである。
確か、『アンリミ』のサービス開始何周年だかを記念して配布されたオフィシャルアイテムだ。
サイズもメンズ用と大きめのため、マレアくらいのサイズなら隠すべきものを隠すくらいのことは十分に出来るはずだ。
「ぶぅ~、横暴だぁ!
あっ、それともなに? もしかして、マレアちゃんの美しい肢体を見てると欲情しちゃうから隠せってこと?」
「言ってろ。……ただ、まぁ、目のやり場に困る、ってのは確かだがな」
「もう、しょうがないにゃ~スグミくんは……」
なんて言いつつ、ちゃんとシャツに袖を通すマレアだったのたが……
「……クンクン、スグミくんの匂いがする……」
と、シャツの襟元を鼻に近づけ、そんなことを宣った。
「んなわけないだろ? そんなダサT一度たりとて袖を通したことがないわ」
「それは色々と酷くないかなっ!? 普通、自分がダサいとか思ってる服を女の子に着さたりするっ!?」
だって、ぱっと見、手頃なのがそれしか見つからなかったんだから仕方ないじゃないか。
探せばもっといい物もあるかもだが、めんどくせぇ。
「うるせー、パンイチでうろつくお前が悪い」
てか、大体ゲーム時代に着用したことがあったとして、匂いとか残るものなのだろうか?
まぁ、どうでもいい話したが。
「ぶぅー、娼館に務めてる友達から、男から服を借りた時はこう言っておけばイチコロだよ、って聞いてたのに……まさかの策略により不発に終わるとは……この策士めっ!」
いや、策略でもなんでもないと思うがな……
というか、娼館に友達がいるとか、マレアの交友関係の方がやや気になる。
「チクショー……これでスグミくんもあたしにゾッコンラブになるはずだったのに……」
「喩え、渡したのが普段着だったとしても、そうはならねぇよ」
てか、今日日、ゾッコンラブとか言わねぇだろ……いや? あくまで日本では廃れたというだけで、こっちの世界では普通に使っていたりするのだろうか?
「またまたぁ~、照れちゃってぇ~」
と、もはやウザいとすら感じるニヤニヤ顔を浮かべながら、マレアがキッチンへと向かい、コンロ下に設置してある簡易冷蔵庫を開ける。
この冷蔵庫にはピッチャーに入った水が、何時でも飲めるよう常設されていた。
さっき、暑いとか言っていたからてっきり風呂上がりに水でも飲むのかと思ったのだが……
マレアが冷蔵庫から取り出したのはピッチャーではなく、見覚えのない小振りのビンだった。
俺が知らないということは、おそらくマレアの私物だろう。
そしてマレアは慣れた手つきでビンの栓を抜くと、それをラッパで飲み始めたのだった。
しかも、空いている手を腰に当てて、だ。
「んぐっんぐっんぐっ……ぷはぁ~っ! やっぱりねっ!
これ、冷やして飲んだら絶対美味しいだろうなって思ってたんだぁ~♪」
そう言って、マレアが吐き出す息から香る酒精に、手にしているビンが酒瓶であることに気づく。
まぁ、そんなことだろうとは思っていたが……
てか、腰に手を当てて酒瓶を煽るその姿は、もはや風呂上がりにビールを飲むおっさんのそれである。
俺だってしねぇぞ、それ。
しかし、風呂上りに腰に手を当て何か飲むのは、もはや時空すら超越する様式美か何かになっているか?
「この際、それが酒だということには何も言わんが、何時の間に酒瓶を冷蔵庫にしまってたんだよ……」
「今朝。スグミくんが設備の説明し終わったあとにこっそりと、ね」
ね、じゃねぇーよ……まぁ、別にいんだが、全然気づかんかった。
「スグミくんも飲む? あたしの飲みかけだけど?」
なんて言いながら、マレアは手にした酒瓶を軽く持ち上げて見せる。
「いらん」
流石にこれから風呂に入ろうというのにアルコールはな……
入浴の前のアルコール摂取はいろいろと危険が危ないのでやめましょう。
「あっ、そ」
俺が断ると、特に気分を害した風もなく、マレアは酒瓶片手にソファーへと飛び込むと、大きく足を広げて胡坐で座る。
その所為で、もう色々と丸見えである。
これではシャツを着せた意味がないだろ……なんて、そう思っていると、ニヤニヤしているマレアと目が合った。
「いやぁ~ん♪ スグミくんのエッチィ~♪」
ワザとか……てか、ウザっ!
「さて、んじゃ俺も風呂入ってくっかな……」
このままマレアを相手にしているのも疲れそうだし、そもそも特にやることもなし。
俺は残っていたコーヒーを一気に流し込むと、カップを片手に席を立つ。
「ふふふっ、マレアちゃんの残り香を楽しんで来るといいよ!」
で、立ち上がる俺に、マレアが下品な笑みを浮かべてそんなことを言う。
またこいつは下らんことを……
明日から風呂禁止にしてやろうか? なんて一瞬本気で考える。ついでに冷蔵庫の私的利用もなっ!
そんな中、チラっとセレスの姿が視界に入った。
そこには、横であれだけ騒いでいながら、そんなことなど気にも留めずに一心不乱に何かを書き綴っているセレスが居た。
すげー集中力だなこの子……
そういえば、こうしてセレスが仕事をしてる姿を見るのは、何気に初めてかもしれないな。
その姿に、ふと、昔、仕事の先輩に言われた言葉を思い出した。
集中出来ないことを環境の所為にする奴は三流。どんな状況でも集中力を維持出来る奴が一流……だったか?
それに照らし合わせるなら、セレスは間違いなく一流なのだろう。
まぁ、だから最年少で学部長とかやってるんだろうけど……
なんて、改めてセレスに関心しながら、俺はカップ洗ってからシャワー室へと向かったのだった。
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