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三一〇話

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「で? 話しを戻したいのだけど、地図を描くことって出来るのかしら?」

 そう言って、セレスがやや脱線していた話の軌道修正を計る。

「ああ、悪いな。出来るぞ。すぐに必要だっていうなら今から作るけど?」
「手間でないならお願いしたいわ」
「おけまる水産」
「おけま……? なにそれ?」
「あ~、俺の地元の俗語みたいなもので、了解しました、みたいな意味だな。まぁ、あんまり気にしないでくれ」

 ついうっかり口に出たスラングに、セレスが怪訝な表情を浮かべているが、軽くそう説明するだけでその場を流す。
 そもそも、言葉自体に深い意味はないので、逆に詳しく説明出来るものでもないしな……

 というか、ふと、スラングが口に出るくらいには、俺もこの世界に馴染んできた、ということなのかもな。
 
 まぁ、それはそれとして……

 ということで、気を取り直して早速地図製作に取り掛かることにした。

 とはいえ、何もなしに出来るわけでもないので、まずは地図製作に必要な道具をチェストボックスから取り出す。
 といっても、必要なのは紙だけだがな。

 俺はA4サイズくらいの紙の束を取り出すと、それをテーブルの上へと置く。

「これは……随分上質な植物紙ね……こんなに白い紙なんて初めて見たわ……」

 で、取り出した紙の一枚を手に取り、まじまじと観察しながらセレスがそう呟いた。
 この世界では、動物の皮を用いた羊皮紙と、植物の繊維を用いた植物紙の両方が存在しており、植物由来の紙、というものがそこまで珍しいものではなかった。

 ただし、それらが使われるシーンは明確に別れており、羊皮紙の方は行政に使われる公文書や、取引上重要な契約書など、フォーマルな場面で利用されることが多く、反対に、植物紙は簡単な筆記具、また、商品の梱包材など、カジュアルな場面で幅広く使われている。

 実際、市場でもそこそこ安価な価格で流通しているので、一般への認知度もかなり高い。

 とはいえだ。
 この世界の植物紙と、俺が出した紙とでは決定的に違う点が存在していた。
 それが色だ。
 俺が出したのは真っ白な上質紙。
 コピー紙に用いられるような、化学繊維100パーセントのあの紙だ。
 まぁ、『アンリミ』産アイテムなので、この紙に化学繊維が使われているかは謎だがな。

 対して、この世界の植物紙は、文字通り植物の繊維をそのまま使っているため、原材料となった植物の色を結構色濃く残していた。
 感覚としては、再生紙を使ったクラフトペーパーとか、もしくは段ボール色、といった感じか。

 以前、セレスにこの世界の紙事情について雑談程度に聞いたところによれば、これでも色々工夫してかなり薄くなった方なのだとか。
 昔はもっと茶色だったらしいからな。

 なので、セレスもここまで真っ白な上質紙なんて見たことがなかったのだろう。

「ねぇ? この紙、一枚貰えるかしら?」
「別に一枚と言わず束でやるよ。その気になればいくらでも作れるし」

 そう遠慮がちに聞いてくるセレスに、俺は取り出した紙束をそのままずいっとセレスの方へと押しやった。
 これできっちり一〇〇枚だ。
 ぶっちゃけ、この程度の紙ならクラフトボックスでいくらでも製造が可能だった。
 品質こそ多少落ちるが、材料である植物繊維、もっといえば原材料である植物が手に入れば、無限に製造が可能なのである。
 
「いくらでも……作れる……」

 あっ、これヤバいやつや……
 俺が不用意に発した言葉を、空かさず拾ったセレスの目が、一瞬、キュピーン! っと光ったような気がした。

「さぁ~て、地図地図っと~」

 下手に食いつかれると厄介なことになりそうな気がした……というか確実に厄介なことになるので、こちらをじっと見るセレスとは絶対に目を合わせないようにしつつ、そそくさと地図作りの準備に取り掛かることにした。

 新たな紙の束をチェストボックスから取り出し、その中から更に一枚だけを取り出し手に取る。

 そして、オプション画面からマップを開き、更に今日通った遺跡内の地図を拡大表示する。
 で、マップ画面はそのままに、スキル【念写】を使用。
 拡大している地図を範囲指定し、それをコピー元とし、コピー先を手にしていた紙に指定。
 コピーした範囲が紙のサイズに合うように調整して、決定。そして印刷を実行。

 すると、俺が手にしていた紙に、まるで焼きゴテでも押し当てた様な焦げた跡が浮かび上がったと思ったら、それが一瞬で広がるり、その焦げ跡が遺跡内の地図を描き出した。

 俺が所持しているデータを、対象物に焼き写すスキル、それが【念写】だ。
 以前、セリカ達と貴族の屋敷に潜入した時にも、一度だけ使ったことがあるスキルだな。

 普段は、データ化している図面などを紙に印刷したり、資材に直接書き込んで加工の補助にしたりと、そんな感じで使っているスキルだ。

 ちなみに、俺が紙を大量に保有しているのも、そもそもはこうした図面データを残しておくためである。
 【形状変化シャープ・チェンジ】のように、一部のスキルにはCADにも似た製図ソフトが組み込まれているのたが、保存出来るファイル量が少ないので、どうしても残しておきたいデータは、こうして別の媒体に書き写して残しておく必要があるのだ。

 そんなわけで、古いものだと初期の黒騎士の図面なども、今でも確りと残っていたりする。
 
 それを今回は地図生成に使った、というわけだ。

 ただ、今作った地図は今日通った場所だけの為、エリアマップとしての完成度は半分以下と、極めて低いものとなっていた。
 とはいえ、スタートとゴールは分かるので、地図としての機能は十分に果たしているといえるだろう。
 何も、マップをコンプリートすることが目的ではないからな。
 個人的には空白地帯を埋めたい衝動には駆られるが……これも悲しきゲーマーの業なのかねぇ……そうした雑事は今回は完全になしだ。

「ほれ出来たぞ。これが、崩落した場所から1ブロックの終点までの地図だ」

 そう言って、俺は出来上がった地図をセレスへと差し出した。

「……ねぇ? 今、何をしたの?」

 で、地図を受け取ったセレスが、地図をまじまじと観察したあとに、俺がスラングを発した時以上に怪訝そうな顔で、そう聞いてきたのだった。

「何をした? と聞かれてもな……
 地図が欲しいっていうから、俺が記憶している地形を紙に転写した、っていう答えでいいのか?」

 ただ、セレスが言うところの“何を”が、明確に何を求めての質問だったのかがよく分からなかった為、俺としてはそう答える他なかった。
 というか、原理とかやり方なんて、ゲームシステム的なことを聞かれても答えられんぞ?

「……ねぇ、スグミくん。もう一度、今度はあたし達にも見えるようにそれ、やってもらえるかな?」

 と、渡した地図を手に難しい表情を浮かべるセレスの横から、今度はマレアがそんなことを言ってきた。

 さっきまでソファーでゴロゴロしていたくせに……いつの間に来たんだこいつ?
 全然気配を感じなかったんだが……

 そうは思いつつも、特に断る理由もないので、二度目は言われるがまま、セレス達にも見えるように二つ目のブロックの経路を印刷することに。
 
 手順はきっきと同じ。ただ、印刷する段階で、紙をテーブルの上に置き、全員が見えるような状態にする。

 で、出来上がった傍からマレアが地図に手を伸ばし、高速で搔っ攫って行ってしまったのだった。
 なんだ? 急に……?
 
「あの……これは……」
「だね。しかも……」
「ですが……」

 そして、セレスとマレアが地図を手に、何やらゴニョゴニョと小声で密談を始める。
 何を話しているかは断片的にしか分からないが、表情だけを見てみれば深刻な内容を話しているようにも思えた。

「なぁ? その地図に何か問題でもあったのか?」

 作った側としては、そんな二人の態度から地図に何か不備があったのかと不安になってくるのだが……

「スグミくん。こういう地図って他にも作れたりするのかな? 例えば、もっと普通の地図とか……」

 二人して何やらゴニョゴニョして少し。
 唐突にマレアがそんなことを聞いてきた。が、また要領を得ない質問で困る。

「普通のって……それも十分普通の地図だと思うんだが?」

 俺が描いた地図は上から見た俯瞰図ふかんずである。
 これ以上に普通の地図とは一体……

「わかったわ。なら、もっと具体的に聞くけど、王都からスグミくんの屋敷までの地図って作れる?」

 あ~、なるほど、そういうことか。
 つまりダンジョンマップじゃなくて、フィールドマップを作れるか? というこのようだ。
 まぁ、確かにダンジョンマップとフィールドマップとでは、性格が多少異なるからな……

「そりゃ、作れるけど……」
「じゃあ、作って」

 おう……言葉の途中だったが、マレアに食い気味かぶせられ強制中断させられてしまった。
 てか、急にどうしたんだこいつ? なんか目が真剣というか怖いというか……
 
 とはいえ、拒否出来る雰囲気でもないので、言われた通り王都から屋敷までのフィールドマップを制作することに。

 マップを切り替えて、範囲を選択っと……
 
「この紙一枚に描くとすると、かなり縮尺が大きく……あ~、地図自体は小さくなるがそれでもいいか?」
「うん、それでいいよ」

 だそうなので、取り敢えず言われた通り地図を仕上げる。
 ただ、やはり縮尺が大きくなってしまっているため、地図としてはあまり機能しない地図となってしまった。
 
 例えるなら、東京駅に向かうために、東京の都心図を見ている様な感じだろうか?
 大体の位置こそ分かりはするが、範囲が広すぎで詳細はまるで分からない状態になってしまっていた。

 が、出来上がるなり、それを電光石火の勢いで奪っていくマレア。
 そして、また地図をマジマジと眺めたのちに……

「……ねぇ、スグミくん。詳細な地形図が第一級の軍事機密だって知ってる?」

 俺をジっと見つめながら、マレアが口にしたのはそんな言葉だった。 
 
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