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二六三話
しおりを挟むSIDE マレア
「申し訳ありません、お待たせさせてしまって……」
荷物の片付けが終わったところで、セレスは椅子に座って待っていたマレアへと申し訳なさそうに声を掛けた。
というのも、持って来た荷物が個人的な物だけに、マレアに整頓を手伝ってもらうわけにもいかず、こうして暫く待ちぼうけさせてしまっていたことに、罪悪感を感じたからである。
「別にいいよぉ~、気にしない気にしない。
あたしはあたしで、ゆっくり考えごとが出来たから問題なしっ!」
これは別に社交辞令でも何でもなく真実である。
ただし、その考え事の内容というのが、如何にしてスグミに取り入るか、という非常に打算的な内容ではあったが。
マレアからそう言われ、確かに作業中にあーでもないこーでもないと、マレアが一人ぶつぶつと呟いていた姿をセレスは思い出す。
待たされたことに、本人も特に気にした風はないので、セレスはまずはそのことにほっと胸を撫で下ろし、本日の本題である屋敷の案内を行うことにした。
CASE1 食堂と厨房
「何ここ? ちょっと広過ぎない?」
ということで、マレアが初めに案内されたのは食堂であった。
長いテーブルが複数平行に並べられたそこは、数十人を……いや下手をすると一〇〇人程を一度に収容出来そうな規模の空間を有していた。
しかも、並べられた長いテーブルその一つ一つに、シミ一つないまっ白な美しいテーブルクロスが皺ひとつなく綺麗に敷かれ、その上には洒落たデザインの、おそらく銀製であろう燭台が等間隔で並べられているではないか。
燭台に関しては、その材質も然ることながら、施された細かい意匠に、遠目からでも決して安物でないことが一目で分かる、それほどの品であった。
(てか、宮廷晩餐会が開けるレベルよね、これって……)
と、玄関に続くこれでもかという豪奢な作りに、マレアの口が開いたまま塞がらなくなる。
ちなみに、長テーブルも燭台も、スグミがクラフトボックスで自動生成した物品である。
更に余談になるが、この部屋にも確りと照明用の魔道具が設置されているので、燭台は単なるインテリアでしかない。
事実、どの燭台にもロウソクは一つとして刺さってはいなかった。
スグミの、なんかカッコいいじゃん? という一言で乗せられているだけであり、完全にスグミの趣味である。
「えっと……ここは元々が食堂として設計されていたみたいなので、スグミがそのまま利用しよう、って。それで、これだけ広いのにテーブルが少ないと格好が付かないから、って数を揃えたらこうなりました。
テーブルも燭台も、何時の間にかスグミが用意したものですね」
食堂を見て驚くマレアに、セレスがそう説明をする。
元々が、貴族の屋敷の食堂なので、見栄えも兼ねて広さだけはバカみたいにあったのだ。
しかし、ここで生活する人数はスグミを含めてたったの数人。
本来ならテーブルは一つあれば事足りたのだが、これだけ広い空間にテーブル一つでは逆にみすぼらしいと、スグミが相応に数を揃えたのが現状である。
とはいえ、研究員とメイドさんを合わせて一〇〇人近い人数を迎えることになった今となっては、むしろ丁度良かったのかもしれない。
屋敷全体の間取りからすると、食堂はほぼ屋敷の中心部にあり、その北側に廊下を挟んで厨房が、その厨房の東隣がミラとイースの私室と続いており、その反対側である西側に大浴場があった。
そして、屋敷の東側の中央辺りにスグミの私室があり、この食堂とスグミの私室の間にあるのが、セレスの私室や研究室だった。
他にも細かい部屋や階段等がいくつかあるが、大まかにはそんな感じである。
「それで、えっと、この食堂の奥が厨房になってます」
ということで、並びで次は厨房へと案内することに。おそらく侍女隊の主な主戦場となる場所だ。
入って来た扉から食堂を突っ切り奥へと進むと、対面にあった扉を潜り一旦廊下へと出る。
そこから向かいの扉を潜ると、そこには広く立派な厨房の姿が見て取れた。
「へぇ~、これはまた随分と立派な厨房ね」
「はい、スグミが幾分手直ししましたが、基本はそのままですね」
「調理器具とかはまだない感じ?」
厨房を見渡し、マレアがそう指摘する。
「はい。ただ、スグミが、近いうちに用意する、と言っていたので何か持ってくるのではないかと思います」
ふぅ~ん、とセレスの説明にマレアは生返事をしつつ、厨房の中をぐるりと歩き視察をする。
マレア自身が厨房に立つことはないのだが、竃の数も多く、動線も広く確保されているいい厨房だということはすぐに分かった。
伊達に、王宮の厨房に無断進入しては、こっそり盗み食いをしているわけではないのである。
決して褒められたことではないがな……
そんな感じてウロウロしていると、厨房の隅にふとよく見慣れた見慣れない物体が目に付いた。
正確には、よく見る物だか厨房にあることはまずない物、という感じだ。
不審に思い、近づいてよく見てみるが、間違いない。
「ねぇ? これ、もしかして井戸?」
それを指さし、マレアは後ろを着いて来ていたセレスへとそう尋ねた。
「……はい、井戸です」
問われたセレスはというと、こちらはこちらで何とも表現しずらい表情を浮かべ、嫌々というか渋々といった感じで肯定していた。
「なんで井戸が厨房の中にあんのよ? もしかして元々もあったとか?」
「いいえ。スグミが置きました」
「……置いた? 掘ったじゃなくて?」
「……はい。置いたら井戸が出来ました」
「……は?」
何を言っているんだこいつは?
そう言いたげな目を向けるマレアに対し、セレスは、ああ、自分もこんな目をしていたのだろうと、マレアに初めて奇妙な親近感を覚えるのだった。
「なんか変な機械みたいなのが付いてるけど……水は出るんだよね?」
井戸の周りを一周、ぐるりと回ったマレアが、普通ならあるはずの水汲み用の桶がないことを疑問に思いそう口にする。
セレスの話しではなんだか要領を得ないので、井戸がここにある経緯については取り敢えずここまでとして、マレアは話題を変えることにしたのだ。
「はい。この“ぽんぷ”という機械を操作すると、水が出る仕組みになっているんですよ」
マレアの問いにそう答えると、セレスはポンプをガッコンガッコンと操作し、マレアの目の前で実際に水を出して見せた。
取水口から飛び出した水が、下に置かれたタライに僅かに溜まると、セレスはその手を止める。
「うわ……ホントに出たよ……」
マレアは信じられないという思いでそう口にすると、タライの前に屈み、タライを傾け溜まっていた水を一ヶ所へと寄せた。
(セレスの口ぶりからすると、この井戸を掘ったのって、スグミくんがこの屋敷の改修を始めてからってことよね?
なのに何? この透明度? おかしくない?
てか、そもそもどうやって室内に井戸を掘ったのよ? そういえば、井戸を置いてた、とか言ってたけど井戸を置いたってなに?)
そして、汲み上げられた水を前に、マレアの頭の中では次々へと答えなき疑問が溢れ出して来た。
マレアが不思議がるのも無理からぬことであった。
井戸水など、多かれ少なかれ多少は不純物が混じっているのが当然のことであった。
それがどうだ。
スグミの造ったという井戸から出る水は、チリ一つ浮いていない、まるで清流の如き清らかさではないか。
ましてや、最近出来たというなら尚のことおかしな話だ。
本来、井戸を掘って水が出たとしても、すぐに飲料水として利用出来るわけではない。
完成したばかりの井戸は、まだ不純物が多く滞留しており、まずはその沈降を待つか、汲みだして物理的に除去する必要があった。
仮にそれらの工程を行っていたとしても、やはりこの透明度は異常という他なかった。
それに、どうやって施工したのかという問題もある。
井戸を掘るには、かなり大掛かりな機材が必要だった。
予め、屋敷を立てる以前に井戸を掘っていたというならまだ分かるが、屋敷が出来た後に井戸を掘るなど、どうやってそれらの機材をこの空間に運び込んだというのだろうか?
いくら悩めども、マレアに答えを出すことは出来なかった。
CASE2 大浴場
「えっと……なにこれ?」
「……浴場です」
「えっと……それは見ればわかるんだけど、なにこれ?」
「……浴場です」
マレアの要領を得ないその問いに、セレスはただただ無気力にそう答えるだけだった。
セレスが次にマレアを案内したのが、屋敷の西側奥に設置された浴場であった。
二人が現在居るのは、女湯の脱衣所であり、そこから浴場を眺めている、といった状況だ。
事前にセレスからは、この屋敷の中で最も理不尽で、摂理にツバを吐いたうえで後ろ足で砂を掛けた様な場所だ、とマレアはそう聞かされていた。
確かに、王族や高位貴族でもない一個人の邸宅に浴場があるなど、ある意味、理不尽極まりないことだろうとは、話を聞いた時にマレアも思ったことだった。
この国における浴場とは、それほどまでの贅沢品なのである。
しかし、話はそんな簡単なものではなかったと、現物を見てマレアは考えを改めるしかなかった。
そこで見た光景が、正にセレスの言う通りであったからだ。
まず、その浴場はマレアが想像していた浴場……所謂、蒸し風呂やサウナとは全く違う物であった。
巨大な浴槽を、なみなみと満たす大量の湯。
それは、浴場の種類の中でも最上位でかつ、最もカネの掛かる仕様のものであった。
こじんまりとした蒸し風呂を想像していたマレアに取って、その光景に正に驚愕するべきものだった。
それだけをもっても、理不尽、といえなくもないが、問題はそんな小さいことではなかった。
浴槽を満たす大量の湯。そして、それを供給しているのが、壁に飾られた獅子を模した像であった。
その像は、どういうわけか口から大量の湯を無尽蔵に吐き出し続けているのである。
それはまるでこの世に存在しないはずの魔法のそれであった。
しかも、だ。
(ってか、この壁の裏って外だったはずよね? このお湯、どこから来てんのよ?)
その事実に、マレアの脳は理解することを拒絶した。
なので、別のことを考えることにした。
マレアが次に視線を向けたのは、浴槽から溢れるお湯だった。
定められた大きさの器に、無尽蔵に湯が供給されているのだから、当然、入りきらなった分の湯は器から溢れることになる。
では、溢れた湯はどうなるのか?
その答えが、近くに空いている穴……排水溝へと吸い込まれ消えて行く、ということだった。
溢れるお湯が勿体ない、という思いもあるが、それ以上に、この溢れた湯が何処に消えているのか方がマレアは気になった。
マレアが記憶している限り、この屋敷の周囲に排水施設のようなものはなかったはずである。
「ねぇ……このお湯って……」
「……浴場です」
「?」
マレアがそう疑問を口にするや、途端、セレスから要領を得ない返答があったので、どうしたのかと思いマレアがセレスの方へと振り向けば……
「おっ、おぅ……」
そこには、まるで人形のように気力の無い目をしたセレスが、影を薄くして虚空を見つめて立っていた。
正に、心ここに有らず、の表情である。
で、当の本人の心境はといえば、ただただ……
(考えたら負けだ考えたら負けだ考えたら負けだ……)
と、呪詛の様に繰り返し滅私に徹していたのであった。
その様子から、マレアはその優れた観察眼で、これ以上は踏み込んではいけないと本能的に察し、この場での視察を早々に終え、次へと移動することにしたのだった。
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