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二五四話
しおりを挟む「なにこれ……」
昼も近くなり、そろそろ休憩でもしようかと思っていた矢先。
自分の部屋の整理が終わったのか、セレスが俺の作業場に顔を出した時の第一声がそれだった。
この感情がどこかにふっ飛んで行ってしまった様な目も、もう随分と見慣れて来たなっ!
「何って、ラルグスさんから注文のあったベルへモスの施設だよ?」
俺は切りも良いと手元の作業を止め、建物を見上げるセレスにそう答えた。
「いや、それは分かってるけど、そうじゃなくって……まぁ、もういいわ。貴方に何を言っても今更って感じだし……」
で、なんか投げやりな感じの返事が返って来たのだった。
まぁ、自分で言うのもアレだが、セレスの言いたいことは分からんでもない。
現在の建設の進捗状況は、大体、四、五割といった感じで、床と壁は既に完成していた。
後は屋根を残すのみ、というような状態だ。
昨日まで……正確には、今日の朝まで何も無かった場所に、突然デカい建物が半分程完成した状態で建っているのだ。
そりゃ、普通に考えれば、何だこれ? っとなるわな。
「で? この建物。一体、どうやって建てたのかしら?
スグミのことだから、普通の方法ではないんでしょ?」
建物に近づきながら、セレスがそんなことを聞いて来た。
何か言い方にトゲがあるような気がしないでもないが……まぁ、事実ではあるからな。甘んじて、その言葉を受け入れようではないか。
で、お望み通り、普通ではない俺流の建築方法の作業手順を説明することに。
まぁ、そう大したことでもないんだが。
単純に、事前に地面の上で壁となるパーツを作ってしまい、それを亜空間倉庫に入れて、現場でペタペタと張り合わせて完成である。
とはいえ、一枚板状態に加工している壁をドンと出したところで、何の支えも無い状態では倒れてしまうのがオチである。
そのため、予め設置場所に壁が倒れないように、ある程度の傘の溝を掘って、そこに壁を差して固定する、というこをしていた。
亜空間倉庫内で、事前に四枚の壁を結合出来たりすればいいんだが、生憎とそういう機能はないからな。仕方ない。
ぶっちゃけ、この壁になる一枚板を四枚作る方が一番大変だったっよ。
「どうだ? 簡単だろ?」
「……簡単に言っているだけで、普通に出来る方法ではないわよ、それ」
俺から一通りの話しを聞いたセレスが、呆れた風にそう言うと、そのまま建物の壁沿いに歩き出した。
そして、少しすると角を曲がって姿が見えなくなった。
どうやら、建物をぐるりと一周して来るみたいだな。
で、それから数分。
ようやっと、建物の反対側からセレスが姿を現した。
建物のサイズがサイズなうえ、背の低いセレスの足では一周するにも結構な時間が掛かったみたいだな。
「ねぇ、スグミ。何処にも入るための入り口が無かったんだけど?」
そして、帰って来たセレスが、不思議そうにそう聞いて来る。
「そりゃ、まだ作ってないからな。入り口とか窓とかは、ガワが完成してから作る予定なんだよ」
正しい建築の手順というものがどういうものかは知らないが、『アンリミ』で建物を作る際は、まずガワを作って後から入り口や窓を開ける、という作り方をしていた。
自己流なものだから、他の方法は知らないのだ。
「ふーん。ということは、この建物はまだ完成してないってってこと?」
「ああ、ここからじゃ見えないが、まだ屋根が出来てないんだよ。屋根を乗せたら、一応の完成になる」
背の高い建物だからな。一見、完成している様に見えても、ここからの視点では屋根があるかなんて分からないので、セレスからしたら当然の疑問だろう。
ちなみに、既に屋根となるパーツは完成しているので、後は上に登って設置するだけだなのだが……
ここからが、またちょいと大変なんだよなぁ……
というのも、この作業場は高さがかなりあることから、屋敷の屋根を設置する時に使った、鉄腕28君による釣りクレーンを使うことが出来なかった。
鉄腕28君で大体10メートル程度、竿で5メートル程度、まんま足したとしても15メートル程度にしかならず、建屋の半分程の高さまでしか届かないのである。
これでは全然高さが足りていない。
単純に竿を長くする、という解決手段もなくはないが、今回は不採用としていた。
竿が長くなればそれだけ正確なコントロールが難しくなるうえ、高さがあればその分風の影響なども強くなる。
下手をしたら壁にベチンっ、なんて事故も起こり得るからな。安全第一だ。
そんなわけで、別の方法で上に登らなければならないのだ。
勿論、その方法については既に考えてあるし、そのための準備も概ね終わっていた。
後はその装置を設置するだけなのだが……それはまぁ、午後からでいいだろう。
時間も時間だしな。
というわけで、セレスを連れて昼休憩をすることに。
で、キャリッジホームで昼飯を食べつつ、セレスの方の進捗状況を聞いたら、持って来た資料の荷解きはすべて終わったらしい。
ただ、まだ貸倉庫には多くの資料を保管している、とのことで、今後は少しずつ移送していく予定なのだと、そう話していた。
「でも、そんなに荷物をこっちに持って来ていいのか?
一応、俺があの屋敷を利用する期間って、マキナバハムートの修理が完了するまでなんだぞ?
それが終わったら、その後はどうなるか分からんし、最悪、また荷物を持って王都に帰ることになるんじゃないのか?」
と、セレスから話を聞いて、ふと感じた疑問を口にする。
「ああ、その点は問題ないわね。喩えスグミがあのお屋敷から出て行ったとしても、私はそのままあそこに住んでいていいっていう許可を、フューズ卿から頂いているし」
「ラルグスさんから? どういうことだ?」
「えっと……まず、この第二王都予定地なんだけど、本来は開拓を担当していた貴族が管理することになっていたんだけど、例のアレで首が飛んで、それからは王家預かりになっていたのね」
「ああ、横領事件な」
「そそ」
セレスはそう答えると、昼食に出したハンバーグを小さく切り分けて、その小さな口へとパクリと放り込む。
セレスの話しでは、その件以降、ここの土地そのものは王家預かりとなっていたのだが、ここにベルへモスの解体、研究施設を作ることになったことでその管理をラルグスさん……というかフューズ家が担うことになったらしいのだ。
つまり、ここいら一帯が王家所有の直轄地であることは変わらず、その管理を現在はフューズ家が行っており、それに伴い、建っている建築物も書類上ではフューズ家の管理物、ということになったみたいなのだ。
勿論、その中にはベルへモスの解体施設は勿論、俺が補修した屋敷も含まれているらしい。
そんなわけで、一応、フューズ家預かりの土地、そして建物に住むことになりましたが大丈夫ですか? とセレスがラルグスさんに報告を入れたら、問題なし、という返答を頂いたそうだ。
また、これはまだ現段階では予定の話しだが、もし俺が今後、あの屋敷を放棄した場合、現在の屋敷はそのまま研究施設として利用し続けるらしいという旨の話しもしていたらしい。
だから、俺が屋敷を放棄した後でも、研究員であるセレスはそのまま屋敷に住んでいていいですよ、というお墨付きをもらった、ということのようだ。
これはセレスに限らず、今回ベルへモスの解体調査に参加する研究員全員が対象なのだとか。
更に、セレスが屋敷に住むに当たり、だったらと、ラルグスさんから直々に、セレスもベルへモスの研究に参加しては? という打診も頂いたそうだ。
これにはセレス自身予想外だった様で、本人は既に参加する気満々であった。
ちなみに、ベルへモスがあのサイズなので、早々簡単に研究が終わるということはないと思うが、仮にベルへモスの研究が完了したとしても、ここは第二王立研究所的な立ち位置として存続させ続ける、という話しも出ているらしい。
そのために、フューズ家の領土とするのではなく、王家所領のフューズ家管理、という形になっているみたいだな。
俺の方には特にこれといった話は来てはいないが、セレスによればまだ本決まりというわけではなく、正式に決定したら何か話があるのではないか? ということだった。
ラルグスさんのことなので、別に俺に何か不利益があるような内容はないと思うが……例えば、施設が完成したらすぐに出ていけ、とかな。
取り敢えず、こちらとしては要連絡待ち、といったところか。
と、話が一区切りついた頃にはいい時間になっていたので、午後からの作業を再開することにした。
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