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二五二話
しおりを挟む「それじゃ、まずはセレスの部屋の方から手を入れていくか」
「ええ、そうしましょう!」
屋敷に到着後。
ベルへモス解体場より先に、セレスの部屋を作ってしまうことにした。
理由としては、こっちの方が簡単に終わりそうだからだ。仕事は早く終わるものから片付けてしまうに限る。
これは経験則だが、簡単だからと後回しにして、結果いいことがあった記憶がないのだ。
大体、別のことをしている途中でコロっと忘れて、土壇場で思い出して大慌てするのがオチだからな。
というわけで、足取りも軽いセレスの案内で、その“目を付けていた”という部屋へとやって来た。
やって来たのだが……
「なぁ、セレス。本当にこの部屋でいいのか?」
「ええ、ここでいいわ。っていうか、ここがいいの」
そう断言するセレスに、俺は眉をひそめるしかなかった。
セレスが俺を連れて来た場所は、屋敷のほぼ中央にある部屋だった。
広さこそそこそこだが、屋敷の中央にあるため、四方を廊下や別の部屋で囲まれており、となれば当然、外光を取り入れる窓など一切なく、そのため、朝だというのにこの部屋だけ非常に暗くなっていた。
住みやすいかどうかでいえば、決して環境がいいとはいえない、そんな部屋だ。
多分、本来は倉庫か何かにする予定の部屋だったと思うんだが……
「セレスは暗い所が好きなのか?」
「そういうわけでもないけど……」
俺がそう尋ねると、セレスは少し思案顔になり、それからゆっくりと口を開いた
「そうね……これはあまり一般的に知られている説ではないのだけど、実は日の光には毒素が含まれているんじゃないか、っていう学説が存在しているの。
まだ仮説の段階で、確証されたわけではないのだけれど、この毒は様々な物に作用して悪い影響を与えてしまうと考えられているわ。
例えば、長い時間日光に当て続けると素材の色素が薄くなったり、また素材の劣化を早めたり、他にも変色や、薬剤によっては性質そのものが変わってしまったりする物があったり、とかね。
実際、日光に長時間晒した物と、そうでない物では劣化具合が大きくことなる、という実験結果も出ているの。
まぁ、この毒は人体にはあまり影響はないようなんだけど……
とにかく、日の光の毒は多くの物に影響を与えてしまうから、変質させたくない物は日が当たらない場所で保管するのが好ましいとされているわけ。
私が扱っているものの多くって、そうした日の光の毒の影響を受け易い物が多いから、こうして日の届かない部屋が最適ってことね」
「……ああ、紫外線か。なるほど、そういうことなら納得したわ」
セレスが口にした症状の多くは、紫外線による影響だろう。
紫外線は科学的な反応が著しいため、様々な物に多くの影響を与えてしまうことは有名な話だ。そのため、別名・化学線なんて呼ばれたりもする。
例えば、日当たりのいい所に雑誌を放置していたら色が薄くなった、とか、外に出しっぱなしにしていた洗濯ばさみがボロボロになった、とかな。
これらはすべて紫外線の影響によるものだ。
特に、よく薬などの保管場所に、直射日光を避けて涼しい所に保管してください、とあるのも紫外線によって成分が変質しないようにするためである。
それに、セレスが言うところの毒、というのも強ち間違いではなく、俗に日焼けと呼ばれる現象も、簡単にいってしまえば皮膚の熱傷、つまり火傷である。
この原因も紫外線だ。
シミやシワ、あと皮膚ガンなんかも、紫外線の影響によって生じたりするといわれているしな。
まさに、過度な紫外線は毒というか害になり得る、というわけだ。
セレスが研究者であることを考えれば、確かにそういう代物を多く持っていもおかしくはない話しだ。
大切な物を保管したいなら、日の当たらない所がベストなのは間違いない。
で、俺としては何気なく口にしたことだったが……
「…………」
「? ……うおっ!?」
急にセレスが静かになったものだから、どうしたのかと思いセレスの方へと視線を向けたら、あの無気力な目と目が合った。
「……この学説はマイナーな説で、一部の学者しか知らないうえ、その中でも殆ど否定的な意見が多いのに、なんでスグミはそんな“当たり前”みたいに話しているの? それに、シガイセンって何? 知ッテイルコトヲスベテ話セ」
やっべ……これはセレスの中の何故? 何? スイッチを踏んだな……
元々、好奇心旺盛というか、“知りたがり”なところがこの子にはあるので、こうして自分の知らないこと、分からないことに関しては徹底的に問い詰めて来るところがセレスにはあった。
ここ数日でそれを嫌というほど体験して来たにも関わらず、うっかり口走ってこの様である。
こうなったら納得するまで延々詰問されるので、仕方なしに色々と説明することにした、というかなった。
とはいえ、化学反応だのなんだといっても理解されないので、ざっくりと簡単な説明をすることに。
ってか、俺だって化学についてそこまで詳しくはないので、あくまで高校化学レベルでの説明だ。
しかし、それだって随分昔の話しなので、記憶があやふやに部分も実に多かった。
そんな拙い説明ではあったが、セレスは何時の間にか何処からか出したメモ帳を片手に、俺の話しを必死にメモしていた。
俺にも分からない質問は、専門家じゃないから分からない、と素直に話せばセレスも理解してくれたしな。
で、そんなこんなでかなりの時間を費やし、セレスがようやく納得してくれたのだった。
なんだかどっと疲れたが、まだ何も始まっていないというか、これから始めるんだよなぁ……
ということで、今からセレスの部屋作りである。
♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢ ♢♢♢
「ねぇ、スグミ? この壁に扉を付けて、隣の部屋と繋げることって出来るかしら?」
手始めに、いつも通り照明関係から手を加え、その作業が終わったところでセレスがそんなことを聞いて来た。
「まぁ、出来るっちゃ出来るが……隣まで使う気か?」
「あら? 部屋数の指定は受けていなかったと思うけど?」
何気に二部屋も私物化しようとしているセレスに、俺がそう言うと、本人は気にした風もなく、したり顔でそう言い返して来た。
確かに、一部屋だけ、とは言っていないが……まぁ、いいか……部屋数だけならいくらでも余っているし。
なんて考えていたら……
「ここを寝室にして、隣を研究室、その隣を資料保管庫にしようと思っているの」
二部屋どころではなく、三部屋ぶち抜きで使う気だったらしい……
遠慮がないというか、物怖じしないというか、面の皮が厚いというか……
一言でいうなら、逞しい子である。
というわけで、セレスの希望通り、個別に並んでいた三つの部屋を内部で繋げ、一続きの部屋とした。
各部屋に最初から付いていた廊下への扉については、移動が便利だから、という本人の希望でそのまま残すことに。
取り敢えず今日のところは、寝室だけ確り手を加えて、研究室と資料保管庫については軽く掃除だけして、本格的に手を入れるのは後日、ということにした。
で、完成した私室の中で……
「こっちが私の部屋……で、こっちが私の研究室……ふふ、ふふふふっ」
なんて一人呟きながら、セレスがご満悦そうに一人ニヤニヤしながら、寝室と研究室を繋ぐ扉を、意味もなくウロウロと行ったり来たりと繰り返す。
そんな様子にやや呆れる。反面。
聞いた限りでは、今住んでいる宿舎は一人部屋ではあるが、あまり広くはないらしく、それに、研究室にしても、仕事先である神秘学研究会の研究棟に、一応はあるようだが、あくまで公用・共用なので自分の好きに使えるというわけでもない。
専用の研究室を持てるのは、高位の貴族か余程の金持ちくらいだ、とそんな話しをしていたことを思い出す。
セレスにしたら、広い私室に、念願の自由に使える自分専用の研究室、それらが手に入れたのが、余程嬉しかったのだろう。
セレスは肩書こそ準男爵と立派だが、中身はミラちゃん同様一平民だからな。
自分用の部屋だとか研究室なんてものに、憧れの様なものを持っていたのは間違いない。
まぁ、俺も高校に入って初めて個人部屋を貰えたので、セレスの気持ちが分からなくはないが……
にしても、セレスさんや。頬が緩みっぱなしじゃないですかい?
そんなずっとニヤニヤしているセレスを見ながら、俺はそんなことを思うのだった。
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