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二三五話
しおりを挟む「それに、貴方には古代歴史学的な興味もあるしね」
「歴史だぁ?」
一体、俺の何処から古代のロマンを感じたのかは知らないが、セレスがそんなことを言い出した。
「私が馬車で話した研究の話し、覚えているかしら?」
「人類の発祥には不自然なところがある、ってあれか?」
「そうね。ただ、古代歴史学を研究していると、不自然なのは人類の足跡だけではないのよ」
「と言いますと?」
「技術よ」
「技術?」
「そう。歴史を紐解いていくとね、今までその片鱗さえ見せなかったような高度な技術が、ある日突然、ポっと姿を現すことがあるのよ」
セレスの講義を聞く限りでは、例えば、真空管よりも先にトランジスタが開発されていた、とか、飛行機が作られる前にスペースシャトルが宇宙へ行っていた、みたいなあからさまに不自然な技術革新が起きている時季がいくつも存在しているのだと言う。
「……セレスみたいなスゲー天才が現れた、とか?」
俺がそう聞き返すと、セレスが困った様な……とにかく、非常に微妙な表情を浮かべてみせた。なんか変なことでも言っただろうか?
「まず、断っておくと、根本的に天才の質が違うって話しね。
私はね、一度でも見聞きしたことなら絶対に忘れない特殊体質なの。
この体質のおかげで、私が学部長の椅子に座っていることは否定出来ないけれど、でも、それだけで学部長をやっているつもりもないわ。
相応の観察力や洞察力はあるつもりよ」
と、セレスが語る。
なるほど。所謂、絶対記憶というやつか。ちょいちょい話には書くことがある能力だな。
だがまさか、セレスがその絶対記憶を持っていたとは……
いや、むしろ逆か?
これまでの異常なほどの知識量を考えれば、そういう能力がある、と言われた方がしっくりくる。
だからこそ、セレスは学部長になれた、ということか。
一度見聞きしたら忘れないとなれば、記憶系の分野ではまさに無双状態だろうしな。
特に、この世界にはタブレットやスマホなど、大容量記憶媒体がないので、調べもの一つするのにもワード検索でお手軽に、とはいかず、膨大な資料の中から手間暇掛けて探し出す必要がある。
しかし、セレスの頭の中にはそれらのデータがすべて入っているわけだ。
まさに、生きた図書館といったところだろう。
勿論、本人が言うように、それだけではないのだろうけど、それが大きなウエイトを占めていることは間違いあるまい。
「でも、今、話している天才ってそういうレベルじゃなくて、今までまったくなかった技術を突然作り出すような人達のことね。
生憎と、そんな芸当は私には出来ないわ……」
で、セレスが言う天才とは、例えばエジソンとかノーベルとか、そういう人達のことを指しているのだろう。
「話を戻すけど、この技術革新は一人の天才がどうこうしたとか、そういうレベルの話しじゃないのよ。
技術は文化と同じく積み重ねで発展していくもの。
一があるから二が分かって、三が生まれるの。それを一足飛びどころか十足飛びに一〇や二〇が作られるはずがないわ」
「そりゃ、まぁ、な……」
ケータイを作る前にスマホを普及出来るかって話しだよな。
「私はこの不自然な技術革新を、不連続性跳躍、と呼んでいるわ。
そして、それに渡り人が関係しているんじゃないか、と私は……というか祖父は考えていたの。勿論、私も同じ考えだけどね。
ある日、高度な技術を持った“渡り人”が現れて、その技術をこの世界に広めていった……そんなことが、時折起きていた。
と、こう考えた方が、技術を一〇〇年分くらい軽く押し上げてしまうような途轍もない超天才がポコポコ生まれていた、と考えるよりまだ納得出来るもの」
セレスはそこまで話すと、もの言いたげな目で俺を見る。
「で、私はスグミ、貴方が現代に現れた“渡り人”なんじゃないかって思っているわけ」
はは、そういえば、同じようなことをエルフの村でノマドさんにも言われたわ。
「……根拠を聞いても?」
「逆に聞くけど、今更いるのかしら?」
そう言うと、セレスは絶賛作業中の俺の手元へと視線を落とした。
そこには継ぎ目の一切ない、しかし、木目がどう見ても繋がっていないという、不自然さ極まりない一枚板が転がっていた。
「まぁ、正直な話し、俺自身だって自分が“渡り人”なのかどうかなんて分からんから、何とも言えんよ」
とはいえ、十中八九そうなんだろうなぁ、とは思うが確証があるわけではないからな。だまっとこ。
実際、俺だって自分の身に何が起きてこうなったのか、まるで分かってないのは事実なわけだしな。
それを確認するために古代遺跡に入って調査がしたい、って話しなっているわけだ。
「だからこそ……というべきかしら?
今、私が最も興味を惹かれている研究対象は、スグミ、貴方自身なのよ」
そう言って、セレスの目がギラリと怪しく光った……様な気がした。
そういえば、こうして俺と行動を共にしているのも研究の一環だと、セレスは言っていた。
つまりはそういうことらしい。
「ちなみにだが、もし、俺が“渡り人”だと確定したらどうるするんだ?」
「そうね……取り敢えず、解剖……」
「させねぇからな?」
ちょっとした世間話程度で適当なことを聞いたら、とんでもなく物騒な答えが返って来たぞ……
「別に、死んでからでもいいわよ?」
「死んでからなら……別にいい……のか?」
死んだあとなら、どうせ火葬にされるか土葬にされるかだろうし……まぁ、ねぇ?
死んだあとに、自分の体がどうなろうが知ったことではない、というか知りようもない。
それに、死ぬまでこの世界に居るとも限らんし。
そんな話をしている間に、木材の加工も終了。なので、この話は一旦ここまで。
次の工程なのだが……
「さて、板は完成。次は腐食対策と塗装だな」
というわけで、まずは腐食対策からだ。
そもそも、ゲーム時代であれば、木材に耐久度はあれど長い時間放置したからといって、腐食するようなことはなかった。
システム的に、そういうのが無かったからな。
なので、着色すればそのまま建材として利用出来たのだが、現実となった今となっては、おそらくそうもいかないだろう。
俺が今したのは、あくまで木材同士を結合しただけで、木材が木材であることは何も変わっていないのだ。
このままでは、多分、虫に喰われもするし、経年劣化や雨による腐食だってする。
今の段階では、な。
「腐食対策って……ニムの搾り汁でも使うの?」
俺のつぶやきに、セレスがそんなことを聞いて来た。
てか、ニムって何ぞ?
ということで説明してもらったら、メッチャ渋くてとてもじゃないが食用には適さないそういう果実がらしい。
だが、食用には適さない反面。その果実を粉砕、圧搾して搾り取った果汁を発酵、熟成させて作った薬液は、殺菌、抗菌、防腐、防虫、硬化、撥水作用があり建材の保護剤として広く利用されているとのことだった。
ああ、渋柿と柿渋ですね。はい。分かります。
セレスは、食べない、そもそも食べられない、と豪語していたが、仮にこのニムなる果実が渋柿と同じ性質であれば、干したりすれば甘くなり、ちゃんと食べられるようになるのだが……そういう加工法はないのだろうか?
まぁ、いい。今度聞いてみよう。
「いや、そういうのは使わない。もっと手っ取り早く済ませたいからな」
「手っ取りは早くって……」
言葉で説明するより実際に見せた方が早いと、俺はセレスの質問に答えることなく次の作業に取り掛かった。
まずは、今しがた作った板材に触れ、アイテムにアクセス。
すると、板材のステータスがARウインドウとして開かれ、そこには耐久力や状態を示す項目がいくつか表示されていた。
その中から俺は、エンチャント加工、という項目を選択。
すると、今まで表示されていたARウインドウが専用の表示へと切り替わった。
【名称 板材 エンチャントポイント 1 空スロット数 1】
名称はそのままアイテムの名前、で次のエンチャントポイントというのが、そのアイテムに付与出来る特殊効果の最大ポイント数を表しており、空きスロット数というのが付与出来る数になる。
付与出来る効果は、高い効果程多くのポイントを必要とするので、このエンチャントポイントが沢山あるアイテムは、それだけ高い効果をアイテムに付与出来る、ということになる。
大体、高い物だと、一つの効果に対して必要なポイントが100とか200とか必要になるからな。
で、空きスロットが多ければ、沢山の種類を付与出来るようになる、ということだ。
まぁ、今回はどっちも1だがな。所詮ただの板材なのでこんなものだ。
しかも今回は、クラフトボックスでの手抜き加工だからな。これで妥当というものだろう。
ちなみに、俺がちゃんと丁寧に手ずから加工すれば、所持しているスキルの関係でただの板材だったとしてもエンチャントポイントなら10くらい、スロット数なら2くらいは行けたかもしれない。
面倒だからやらないけど。
更に余談だが、エンチャントポイントとスロット数は使う素材によって大体予め決まっており、エンチャントポイントやスロットを多くしたいなら、相応の素材を材料にする必要がある。
例えば、自慢ではないが俺が作ったアマリルコン合金だと、初めからエンチャントポイントとスロットが多いオリハルコンやミスリル、そして魔水銀を使用しているので、エンチャントポイントは1000くらい、スロット数は10くらいある。
自慢ではないがな。
しかし、たかが1、されど1である。
俺は“通常加工”と“簡易加工”と二つある選択肢の中から、“簡易加工”を選択。
消費するエンチャントポイントの項目に1と入力すると、そこからエンチャント可能な一覧が表示された。
その中から、【腐食耐性・LV1】を選択。 LV1なのでそこまで高い効果を得られるわけではないが、柿渋程度の防腐効果はあるはずだ。
ということで、はい、付与を実行。
すると一瞬、板材がペカっと光る。これは、付与を実行した時のエフェクトである。
「きゃっ! 何っ! 急に板が光ったけどっ!」
当然、そんなことは知らないセレスが、慌てて顔を板材から背けた。
「この板材に、腐食耐性の特殊効果を付与したんだよ」
「……術式を付与したったいうの? この短時間で?」
そう説明すると、セレスが板から背けていた顔を俺へと向け直し、胡散臭そうなものを見る様な目で、そう聞いて来た。
「セレスの言う、術式の付与、ってのがどういう物か分からんが、感覚的には似た様なものなんじゃないか? 知らんけど」
「知らんけどって……
はぁ、特定の物品に、魔術的な加工を施して、特殊な効果を与えることを、術式の付与、というの。
で、こうして術式が付与された品を、魔道具とか、魔具、魔器、なんて呼ぶわ」
「ああ、今やったのもそんな感じだな」
「そんな感じって……
いい? 術式の付与には、魔術に耐えられるだけの相応な素材が必要で、そこらに転がっている木材に気軽に出来るものじゃないの。
普通なら、付与された魔力に耐えられずに素材が吹っ飛ぶわよ?
ましてや、加工にも専用の道具とかが必要で、こんな野ざらしの場所で魔具を気軽に作るなんて、普通、出来ることじゃないんだけど……」
そう言いながら、俺を見上げるセレスの目が、次第に死んだ魚のそれへと変わっていく……
「解剖……」
「させねぇからな?」
てか、解剖したら分かることなのか、それは?
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