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二〇四話
しおりを挟むなんてことをセレスと話している間にも、セリカとラルグスさんの議論はほぼ平行線のまま続いていた。
相変わらず、セリカが圧倒的に劣勢のままではあったがな。
しゃーなし、か。
正直、あまり他所のお国のことに自分から進んで首を突っ込むのもどうかと思ったのだが、隣であーでもないこーでもないと、真剣な表情で一人奮戦している、そんなセリカを見て、ちょっとばかり一肌脱ぐことにした。
以前、成り行きでエルフの救出を手伝ったことはあったが、まぁ、あれはソアラのこととかも色々あったのでノーカンだ。
「ちょっと、横から失礼してよろしいですか?」
と、議論が一時中断したタイミングで俺は発言の許可を求めるように手を上げた。
「……今は正式な軍議の場ではないからな。思うところがあるのなら、好きに発言するがよかろう」
「ありがとうございます」
と、ラルグスさんから許しが出たところで、一言礼を述べておく。
「確認ですが、今、問題になっているのは、情報の確度が低すぎて軍を派遣する為の資金が出せない、ってことですよね?」
「簡単に言えばな」
俺の確認に、ラルグスさんが同意する。
「そこで、俺からの提案ですけど、自由騎士に探索という形で依頼を出したらどうですか?
そうすれば、軍を動かすより余程経費を安く抑えられるでしょ?」
と、そう提案を出したのだが、俺からの意見を聞くや、ラルグスさんは、これだから素人は……とでも言いたげな顔で深くため息を吐いた。
「スグミ……言っていることは確かにその通りだが、おそらく依頼を出したところで誰も受けてはくれまいよ。
依頼の内容が、伝説の魔獣の探索、という酔狂なものになるうえ、なにより場所がユグル大森林のその奥地なのだからな。
お前は知らないかもしれないが、ユグル大森林は奥へ行くほど、魔獣の数も質も桁違いに上がって行く魔の地なんだ。
正に、人の力などまるで及ばぬ、魑魅魍魎が跳梁跋扈する魔境。
そんな所に、誰が好き好んで行ってくれるというのだ?」
「お前……そんな所に部下を少人数で放り込もうとしたのか?」
そりゃ、パパさんだって呆れたように溜息を吐くわ……
「あっ、いやっ……も、勿論、私自身志願するつもりだったぞ!
他の者に押し付けるようなことはしたくないからなっ!」
セリカの取っ手付けたような言い訳に、ホントかなぁ、と疑惑の目を向ける。
と、すっと目を逸らすセリカ。分かり易い奴だな……
「まぁ、それは別にどうでもいいとして、だ」
「どうでもいいって、お前な……」
からかわれたのだと気付き、ムスっと頬を膨らませて睨むセリカを他所に、俺は言葉を続けた。
「酔狂で物好きといえば、ここに一人、貴族邸へのカチコミに手を貸した、手頃な奴が居るじゃろ?」
そう言って、俺は親指で自分を指さした。
「まさか……お前が行くと言うのか?」
「ああ。セリカだって、俺の人形のことは知っているだろ?」
「それは……確かにそうだが……しかし、いくらお前の自慢の人形があっても無事に帰れるか分からんのだぞ?」
「それは割と大丈夫だと思うけどな。忘れたのか? セリカが全力でぶん殴っても傷一つ付かなかったんだぞ?
そうそう簡単にやられるかよ」
そう答えて、セリカと初めて会った日のことを思い出す。
いきなり絡まれて、散々な目に遭ったんだよなぁ……
「うむ……」
セリカもあの日のことを思い出したのか、眉間に皺を寄せ渋い顔をする。
全力の一撃が無傷だったことを、なんだかんだで悔しがっていたからな。
それがぶり返してきたのだろう。
「確かに、頑丈なのは認めよう。
しかし、どうやって探しに行くつもりだ? 場所はユグル大森林の奥深くなのだぞ?
お前ご自慢のあの鋼馬も、森の中では使えまい? もしかして、おの巨大な虫で移動するつもりか?」
セリカが言う鋼馬とはドーカイテーオーのことで、虫とは百貫百足のことだ。
だが、残念ながらどちらも不正解である。
「どっちも違うな。大体、森の奥深くに居る奴を、地上を這いずって探す、ってのがそもそもハードルが高過ぎなんだよ。
そこが危険な場所だっていうなら、尚更な」
「人が足を地に着けずにどう探すの言うのだ? 空でも飛んで探すか?」
つまらない冗談だ。とでも言うように、セリカは少し人をバカにするような感じでそう言ったのだか、生憎とまさにその通りなのである。
「その通り。空を飛んで探すんだよ」
そして、そう自信たっぷりに言う俺に、否応もなく周囲の視線が集まってくる。
「……冗談、ではなさそうだな。どういうことか詳しく話してもらおうか」
と、そう聞いて来たのはセリカではなくラルグスさんだった。
相変わらず、そう尋ねる目つきが鋭いのなんの……
その得物を狩る前の鷹の様な目にびくつきながら、俺は概要をみんなに説明した。
といっても、そんな難しい話しなんてしていない。
俺が所持している飛行可能な人形でユグル大森林の奥深くまで行って、上空から目視で確認してくる、と単純かつ明快な方法を提案しただけだ。
これなら、森という不整地を移動する手間も、森に潜むという危険な魔獣を相手にする必要もなく、安全簡単に探索をすることが可能だ。
ぶっちゃけ、大金使ってまで大人数でぞろぞろ森の中を歩いて探すより、余程確実なうえ安全だ。
それに俺には赤鎧こと、アーマジロを討伐するときに使ったパラボラバードもある。
パラボラバードは大型のモンスターを探索するのに特化したアイテムだ。
ベルへモスが超大型のモンスターだというのなら、近くに行けば、簡単に見つけることが出来るはずだ。
「なんなら、その場でひと狩りして来てもいいしな」
「……笑えぬ冗談だな」
一通り説明した後、俺の発言にラルグスさんの眉根が吊り上がる。
怒る、ほどは行かないまでも、気分を害した、くらいには思っていそうだ。
が、俺も負けじと言葉を返す。
「生憎と、つまらない冗談を言う趣味はないもんでね。俺は出来ることしか言わなないようにしているんですよ」
「ならば大言壮語も甚だしいな。相手は一国を滅ぼすとも言われる魔獣なのだぞ?
人ひとりで、どうこう出来る存在だとは思えぬが?」
「それが俺なら出来るんですな。これが」
正直、そのベルへモスがどれくらいの強さなのかは知らないが、プレーヤー絶対殺すマンを体現したような、理不尽の権化たる『アンリミ』のワールドボスより強い存在であるとは到底思えない。
というか、そんな奴がリアルに存在していたら、国どころが世界がとっくに滅んでいるレベルだ。
「はぁ……ギュンターの時といい、お前のその妙な自信は何処からくるんだ?」
そんな俺に、セリカが溜息交じりにそう言った。
「まぁ、これでも全一ですし」
「……ゼンイチ?」
「いや、なんでもない」
ここで全プレーヤー一位の意味を説明しても仕方ないからな。
ちなみに、全一というと日本全国で一位、という意味で使われることが多いが、最早、国とか関係ないオンラインゲームの世界においては、全プレーヤーの中で一位、という意味で使われている。
まぁ、俺が全一なのはダメージランキングだけなのだが……
「さて、以上が俺からの提案となるわけですが……
俺も自由騎士なわけでして、当然、無償で働くのも……ねぇ?」
主な目的はセリカの手助けではあるが、だからといって、それだけで終わるつもりもなかった。
こういうチャンスは、活かせる時に活かしていかないとな。
一石二鳥、一挙両得である。
「……出来る出来ないの前に、まずは望みくらいは聞いておこうか」
「ありがとうございます。
実は俺は訳合って、古代遺跡の未踏破領域に入りたいのですが……」
と、俺の置かれている状況について、簡単にではあるがラルグスさんに説明した。
その上で、俺の望みが自由騎士の金級を得ることであると告げる。
「貴族が直接、金級へと推薦をすることが出来なくなくなった、という話しは聞いていますが、何かご助力願えれば、と思いまして」
「……ふむ。出来ぬ、こともないだろうな。
スグミ殿の提案通り、今案件を国家依頼として自由騎士組合へと落とし、それをスグミ殿が受領する。
内容が内容だけに、ベルへモスを発見しただけでも、金級への推薦には十分の実績といえるだろう。
なんなら、私からジュリエルド殿に直接掛け合っても良い。
勿論、実際に発見出来れば、だがな」
暗に、いなかった場合は何も無いからな? と示唆しつつ、ラルグスさんはそう言った。
「それだけで十分ですよ」
そう答えつつ、ただ、ジュリエットの名前が出たことが気になり、関係を聞いたら騎士学校時代の後輩と先輩という間柄であるらしい。
当然、ラルグスさんが後輩で、ジュリエットが先輩だ。一時期は寄宿舎でルームメイトだったこともあると言っていた。
現役騎士と元騎士だ。しかも、兄貴であるブルックの元部下ともなれば、そういう接点もあるんだろうなと、一人納得する。
これにて、ベルへモス対策については一応の目途が立ったことになり、ここからは、俺の提案を軸に、更に踏み込んだ詳しい話し合いが行われることになった。
で、まず俺がしたのが……
「それじゃあ、セレス。そのベルへモスってモンスターについて、もう少し詳しい情報はないか?
大きさとか特徴とか。あとは、どんな伝承が伝わっているのか、とか。
とにかく、知っていることがあればなんでも教えて欲しい。
何せ、俺はその伝説やら伝承もなにも知らないからな」
「分かったわ。私が知っていることは全部教えてあげる」
と、そんな感じでセレスからベルへモスの詳しい話しを聞くことだった。
こうして、俺が出来る事を話したり、ラルグスさん達国側からの要望などなどを……
互いの情報や条件などの擦り合わせなどをしていたら、話し合いの決着が着いた時には、すっかり日が暮れててしまっていた。
ということで、決まった作戦の実行については、明日の早朝からということになった。
自由騎士組合などへの連絡、手続きなどの雑務は、すべてラルグスさんの方で処理してくれるらしいのでお任せすることにした。
楽が出来ていいね。
で、だ。
ラルグスさんから時間も遅いからと、一緒に夕食でもどうかと誘われたのだが、今日はミラちゃん達と一緒に夕食を食べると約束していたので辞退することにした。
これで約束を反故にして、俺だけ良いものを食べて帰ったらミラちゃんに何を言われるか分かったものじゃないからな……
というわけで、俺はセリカ、セリス、そしてラルグスさん達に別れを告げてお暇することに。
セレスは折角だからと、ご相伴に預かって行くらしい。
そうして、さて帰るかとなった時に、徒歩で帰るのも大変だからと、ヘンリーさんが来た時同様馬車で送ってくれることになったので、ご厚意に甘えることにした。
こうして俺は馬車に揺られながら帰路へと着いたのだった。
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