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一七三話

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 シャカシャカと、俺達を背に乗せた百貫百足はその巨体を右へ左へとくねらせながら、木々を縫うようにして森の中を駆け抜けていた。
 座席位置はセリカが前で、俺が後ろという並びだ。
 先頭のセリカが賊(仮)の痕跡を探し、セリカの指示で俺が百貫百足を操作する、とそんな感じだな。

 こうして、セリカの指示の下、迷いなく森を走っている俺達ではあるが、実のところ賊(仮)の後を完全にトレースして追っているわけではないらしい。
 セリカ曰く。

「道など無いように見える森の中でも、比較的通り易い場所というのはある。
 人はそうした場所を、知らず知らずのうちに選んで歩くものなのだ」

 とのことだった。
 で、そうした場所を選んで進んでいれば、完全にトレース出来ていなかったとしても、所々で誰かが通った痕跡を見つけることが出来る。
 であれば、見つけた痕跡からどちらに進んだか推測し、更に後を追える。
 あとはこれを繰り返せば、先行している相手に追い付けるのだそうだ。
 
 ちなみに、セリカが所属している部隊ではこうした痕跡追跡訓練を定期的に行っているのだという。
 そんな感じで、セリカの指示て百貫百足を操作すること少し。

「ん? スグミ、止めてくれ」

 というセリカからの命令を受け、百貫百足の脚を止める。
 と、セリカはすぐさま百貫百足の背から飛び降り、何処かへと向かって歩いて行ってしまった。
 取り敢えず、俺も百貫百足から降りてセリカの後を追うことにする。

「何かあったのか?」
「ああ。これを見ろ」

 足を止めたセリカにそう問いかけると、セリカはその場から半歩ずれて俺にその場が見える様にしてくれた。
 そこに見えたのは、枝を何か鋭利な刃物で斬り払ったような跡だった。
 自然にこうなった、とは考え難のでおそらくは人の手によって切られた跡だろう。

「よくこんなんをちょっとしたもんを、走っている百貫百足の上から見つけたな……」

 いくらドーカイテーオー程速くはないとはいえ、それでも人が全力で走るよりは速く移動してたんだぞ?
 まったく……どんな動体視力してんだよ。

「自然の中にある不自然さに気を止めれば、案外簡単に見つかるものさ」

 いやいや……見つからんて……

「切り口がまだ瑞々しことから、賊に大分近づいて来たようだな。おおよそ二日くらい前、といったところか……
 よし、先を急ごう」
「イエス、マム。で、どっちに向かえばよろしいんで?」
「あちらだ」

 そうして、セリカが指し示した方向へ百貫百足を走らせること暫し。

「ふむ。どうやらここで野営したようだな」

 次にセリカが見つけた痕跡は焚火の跡だった。
 それも、トーシローな俺でも分かるくらい、かなり新しいものだった。
 おそらく、これは昨日の晩使ったものだ。つまり、今朝まで賊(仮)がこの場に居た、ということだな。

「近いな。では、ここからは徒歩で追跡することにしよう」

 そういうセリカに理由を聞いたら、俺の百貫百足を見たら、喩え賊でなくても逃げ出してしまうから、だそうだ。
 確かにな。
 こんなん森の中であんなん見たら、誰だってそりゃ一目散に逃げだすわ。俺でもそうする。
 というわけで、百貫百足は一旦ここに置いて、俺達は徒歩で賊(仮)の後を追うことに。

 ちなみに、百貫百足を出したままにしておくのは、現状で百貫百足を亜空間倉庫にしまってしまうと、この場ではもう取り出すことが出来なくなってしまうからだ。
 百貫百足は亜空間倉庫内では渦巻き状に保管されている為、取り出す際には4メートル四方程の開けた空間が必要になる。
 これだけ木々が茂っていると、百貫百足を取り出すための必要スペースがを確保することが出来ないのだ。

 まぁ、取り出しの妨げになっている木々を切り払えば問題ないのだが、取り出す度に木を切り倒していたのではただの環境破壊だしな……
 そういうのはよろしくない。

 そんなわけで、ここからは徒歩での追跡スタート。
 と、なったわけだが……

 当然、道なき道を行くのだが、セリカはそんなこと我関せずと涼しい顔をしてスタスタと森の中を進む。
 反して俺はというと、ただでさえ低い身体能力に加え、慣れない不整地に足を取られつつ、それでも遅れないようにスタミナ回復ポーションをガブ飲みしながら必死にセリカに着いて行く、という有様だった。
 もう、いくら回復してもすぐにスタミナが底を突き息が上がる。

「……男なら少しは体を鍛えたらどうだ? 便利だからと、人形にばかり頼っているからそういうことになるのだぞ?」

 だがそんな努力も空しく、遂にセリカから遅れ始めた息も絶え絶えな俺を見て、セリカが情けないとでも言いたげな顔で俺を見た。
 男だから逞しくなきゃいけないなんていうのは、男女差別だと思いますっ!
 ……なんてのは冗談だが、この虚弱体質、おそらくステータスの影響をモロに受けているのだと思う。

 思えば、元の……この世界に来る前の俺は、そこまで体力に自信がある方ではなかったとはいえ、ここまで酷いものではなかったはずだ。
 得体の知れない現象の所為で、よく分からん力を得たが、反面、失ったものもある、ということか。 
 
「はぁはぁ……俺は……肉体派じゃなくて……知性派なもんでな……はぁはぁ……
 だから、そもそもこんな地道に足で調べるなんて向いてないんだよ……」

 と、そんなことを知るはずもないセリカに軽口を返す。

「ぶっちゃけ、これなら大量のモンスターを片っ端から吹っ飛ばす方がずっと楽でいいんだがな……」 

 そう愚痴りつつ、手にしたスタミナ回復ポーションを一気に飲み干す。

「その発言の何処が知性派だ……
 おそらく、もう少しで賊に追い付くはずだ。それまでもう少し頑張れ」
「へいへい、いえす・まむ」

 そんなこんなで、鬼上司に励まされながら森を進むこと数十分。

「……いたな」

 小声でそう呟いたセリカの視線を追えば、確かに前方に数人の人影が見えた。
 ただ、すんげー先だから俺は言われても暫くは何処にいるのか全然分からなかったけどな。
 何処に? と、必死に探してようやく見つけられたレベルだ。

 ……ホント、セリカはどんな目してんだか。

「で、ここからどうするんだ? とっ捕まえるのか?」
「いや、まずは声を掛ける。限りなく可能性は低いが、ただの旅人ということもあり得ない話しではないからな」

 セリカの話しでは、こうした賊の調査・討伐の依頼を受けている自由騎士には、国家騎士に準ずる一部の権限が一時的に与えられているらしく、一般人に対して所謂、職務質問や持ち物検査のようなことを行うことが出来るようになるのだという。
 勿論、一時的とはいえ国家騎士としての権限を持っているため、こちらの質問に答えなかったり、持ち物検査に応じない、また逃げたりした場合は不審者として拘束することも許されている。
 まぁ、簡単にいえば私設警察みいたな立場になるということだ。
 とはいえ、セリカに関してはマジもんの国家騎士ではあるのだが。

 まずはその立場を使い、声掛け、職質、持ち物検査で身元の確認を行う、というのがセリカのプランらしい。

「とはいえだ。その手の輩は後ろ暗いところばかりだからな。
 大体持ち物検査をしようとしたところで、多くは耐えかねて襲ってくるなり逃げるなりが殆どだ」

 というわけで、急ぎ先を行く賊(仮)に近づき、セリカが俺達が自由騎士で不審者報告を受けその調査をしていることを告げると、一団は返事も碌にしないままいきなり刃物を抜いて襲い掛かって来たのだった。

 話に聞いていた以上に短気な奴らだったようだ。
 まぁ、こちらは二人に対して相手は五人。
 しかもその二人も、一人は線の細い優男と一人は見目麗しい少女だ。
 死人に口なし。下手に言い逃れるより、殺してしまった方が早いと安易な考えに行き着いても不思議ではない。
 しかし……

「遅いっ!」

 そうなることを理解していたのた、奴らが動き出した時には、正に電光石火の勢いで、瞬きの内にセリカが賊(確定)を殲滅してしまっていた……

 どいつもこいつも、セリカの動きにまったくついて行けず、手にしたその無骨な刃物を振り回す前に、鞘付きの剣で顎下や鳩尾、蟀谷こめかみなんかをどつかれて一撃で意識を刈り取られていたな。
 国家騎士の前では、賊など赤子同然か。
 てか、今回、俺ってばマジで何もしてなくね? まぁ、楽っちゃ楽だからいいんだけどさ……

 なので、せめて何か仕事はしておくかと、伸びた賊を一人一人捕縛縄ほばくじょうで縛っていくことにしたのだった。

 
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