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一三一話
しおりを挟む俺は今、器用に黒騎士ケンタウロスフォームを右へ左へと揺らしながら、生い茂る木々の隙間を縫うようにして、あるいは、その巨大な体格と重量に物をいわせて、細い邪魔な木々を薙ぎ倒しながら、森の中を爆走していた。
不整地な森の中でこんな動きをするなど、普通の馬であったら不可能なことだろう。しかし、俺なら出来るんです!
何せ俺は今、自身の知覚能力を向上させるスキル、【全能領域】を使用して黒騎士以下略を操っていた。
倍率は一〇倍。つまり、一秒を一〇秒に感じる世界の中に俺はいる、というわけだ。
ここまで世界がゆっくりになってしまえば、どのルートを進めば黒騎士以下略が引っ掛からずに、また足止めをされずに走れるかを、じっくり……とはいかないが、それなりに考えながら走ることが出来た。
要は、チートツールを使って、画面速度が遅くなったシューティングゲームをプレイしているようなものだ。
対して、俺を追っているイオスの方はというと、そういうわけにも行かない。
必死に木々を躱しながら、それでも置いて行かれまいと俺の背後に食らいついていた。その様子は、結構一杯一杯な感じだな。
まぁ、それとて先を行く俺を追うから出来ることであって、単独でこの速度で走れといわれたら難しいのではなかろうか。
と、黒騎士の顏を正面に向けたまま、後方を確認する。
実は、黒騎士の頭部には視界を確保する為の補助眼がいくつか取付られていた。正面にメインとサブの二つ。左右側面に一つずつ。後頭部に一つ、の計五つの眼を黒騎士は持っている。
今、イオスの様子を確認するのに使ったのが、後頭部に設置された眼だ。
黒騎士の頭部の可動域はそこまで広く作られていないので、視界を広く確保するために複数の眼が取り付けられていた。
この複眼により、黒騎士は正面を見ながらにして、ほぼ全周囲を視界内に収めることが出来るようになっているのである。
ただ、普段はあまり使う意味もないので、メイン表示以外はオフにしていることが多い。
だが今は視界の悪い森の中ということもあり、すべての眼を開いている状態にしていた。
ちなみに、これでもイオスを置いて行かない様にかなり手加減して走っている。
全能領域の倍率のMAXは二〇倍だからな。その気になれば、更なる高速化が可能なのだ。
更に付け加えるなら、イオスが追い付けていないのは、それだけが理由ではない。
黒騎士とドーカイテーオーが合体したことで、単純に出力が上昇していた。
黒騎士の純粋な【力】値は1000で、ドーカイテーオーは3000。
その二体が合体としたとなれば、単純計算4000くらいになりそうなものだが、実はそうではない。
なんと、ケンタウロスフォームの【力】は驚異の5000にも及ぶのである。
何せ、傀儡操作のサイズ補正は、比例ではなく二次関数的な増加をするので、巨大化すればするほどその上昇値がエグイことになっていくのだ。
その為、サイズ的には二倍程度しか違わない黒騎士とドーカイテーオーで、【力】値に三倍もの差が開いている。
ちなみに、【力】値だけを比較すると、ドーカイテーオーの方が黒騎士より大型な分、数値がかなり高い。
ただ、【力】値=戦闘能力ではないので、どちらを使った方が強いかといえば、断然黒騎士の方が強いし、使い勝手も良かったりする。
黒騎士は装備も豊富だし、人型故に取れる戦術の幅も広い。しかし、ドーカイテーオーはいってしまえば馬だ。
使える武器なんて当然ないし、出来る攻撃の手段といったら体当たりか踏み潰し、あとは後ろ脚での馬キックのどれかくらいなものだった。
【力】値の高さ故のパワーはあれど、攻撃の選択幅の狭さ、そしてなにより攻撃範囲の狭さは、戦闘をするうえで致命的だろう。
とはいえ、ドーカイテーオーはあくまで黒騎士の機動力強化ユニットなわけで、戦闘能力についてはあまり考えていない造りをしていた。
そもそも、ドーカイテーオーで戦うくらいなら、今みたいにケンタウロスフォームになればいいだけの話しだからな。
更にいえば、ケンタウロスフォーム状態は黒騎士でもドーカイテーオーでも、どちらでもない状態であるため、これはこれでまったくの別固体という扱いになっている。
となればだ、この個体はこの個体で別途【銘切り】を施すことが出来た。
結果、スキルの効果で【力】値に三割のボーナスが乗る為、現状のケンタウロスフォームの【力】値は、素の状態で6500もあるということだ。
これは、以前戦ったギュンターの最終強化のほぼ二倍だ。
戦う場所が場所だったなら、【潜在開放】やら【蟷螂之斧】やら使わずとも、こいつ一体で余裕で勝てたということになる。
こう考えると、ホント、俺ってば閉所での戦闘には弱いのだと、つくづく思い知らされる
それだけのパワーアップもあったことで、速力がかなり増加し、俺は今、森の中を時速50キロメートル程の速さで走っているのだ。
そんな速度で森を激走する俺も大概だが、いくら後追いとはいえ、それにギリギリだが付いて来ているイオスも大概だよなぁ……
なんてことを考えながら走っていると、ズシンっズシンっと、黒騎士以下略とはことなる振動を感じて、俺はその場で黒騎士以下略の足を止めた。
マップを確認すると、赤鎧に付けたマーカーがすぐ近くにまで迫っていた。となると、この振動の主が赤鎧だと思って間違いないだう。
いくら体感時間をゆっくりに出来るとはいえ、脇見運転出来る程楽な道ではないからな。
マップを確認する時は、こうして一度足を止める必要があった。
脇見運転事故の元、スマホ運転、ダメ絶対! である。
と、背後からイオスが近づいて来るのを察し、俺は一度、【全能領域】を解除した。
これがオンになっていると、碌に会話も出来なくなってしまうからな。
「これは……おそらく赤鎧の足音だろう……」
少し遅れてやって来たイオスが、黒騎士以下略の隣に並び、僅かに上がっていた息を整えながらそんなことを言う。
いくら魔力が見える眼を持っているとはいえ、まだ距離がある所為か確信はなみたいだな。
イオス曰く、魔力はある程度の物体なら透過して見えるらしいが、はっきりと確認するにはある程度まで接近しなくてはいけないらしい。
『ああ。反応がかなり近い。イオスは安全の為に、一旦俺からは離れてくれ。
あと、絶対に俺の前に出るなよ? 赤鎧以上に黒騎士の攻撃の巻き添えになる方がヤバいからな』
「心得た」
イオスは短くそう答えると、森の木々の中へと消えて行った。
さて、赤鎧、一体どんな奴が出て来ることやら。
奴は間違いなく、パラボラバードが発している魔力波を感知していて、俺へと向かって迷わず真っすぐ進んで来ていた。
なので、俺は動かず、赤鎧が姿を現すのをこの場で待つことにした。
正直、この世界での大型モンスターというの初めてなので、ちょっと楽しみだったりしている。
と、ズシンっ、ズシンっという振動が大きくなるに連れ、ミシミシ、バキバキっ、という木が圧し折れられる音もまた、次第に大きくなっていった。
そして、遂に俺の視界内に現れたそれは……
あ、うん……一言ことでいうなら、そいつは巨大なアルマジロの様な姿をしていた。
小さい頭部に大きく丸い体。その体を、蛇腹状の殻が覆っている。
うん、モンスターをハントするゲームに似たような奴がいたような気がする……
なんだろう、この残念感は……
新キャラが実装されたからと楽しみしていたら、既存キャラの色違いだったでゴザル、みたいな肩透かし感がハンパない。
しかも、赤鎧、なんて呼ばれているものだから、どれだけ赤いのかと思ったら、むしろ茶色、赤レンガの色に近い赤だった。
思っていたより地味だな。もっとこう鮮やかな赤を想像していたんだが……
例えば、彗星とか稲妻とかなみたいにな。
しかし……
森の中で赤い色をしていれば、かなり目立つだろうと思っていたが、なるほど。
体は大柄ながら、この赤茶けた色が木の幹の色と同化して保護色になっていた、というわけか。
確かにこれなら、じっとされていたら発見が遅れるかもしれないな。
【身体解析】による分析結果は、【敏捷性】【魔力】【器用さ】はかなり低いが、【力】【生命力】【頑丈さ】が驚異的に高い数値を示していた。
何せ、【力】値は4000、【生命力】値は3000、【頑丈さ】値に関しては6000くらいあるからな。
これを『アンリミ』のボスランキングに照らし合わせて考えれば、概ね中の中といったところか。
ただし、【頑丈さ】に関してだけなら、上の下くらいはあるな。
なるほど。確かにこいつを相手にするには、腕にかなりの自信がないと無理だろうな。中途半端な実力じゃ、手も足も出まいよ。
数値だけなら、ギュンターよりずっと上な訳だしな。
とはいえ、俺からいわせてもらえば、殴れば当たる分、こっちの方が楽そうだ。
あんな、斬っても斬っても攻撃を無効化するようなチート野郎の方が絶対に面倒臭い。
にしても、バラドはよくこいつの攻撃を食らって逃げ切ったなと感心してしまう。
当たり所が腕であったこと、それと赤鎧の【敏捷性】の低さが功を奏したといった感じか。
これがもし、当たっていたのが、頭とか胴体、足だったら終わっていただろうな。
と、俺が詳細に赤鎧のことを観察している間、奴もまた俺に興味があるのか、その場で足を止め、小さな口から長い舌をチロチロと覗かせながらこちらの様子を伺っているようだった。
まぁ、小さい口とはいっても、体と比較してなので、人と対比したら頭から丸齧りされる程度には大きいんだけどな。
余談だが、これは後で聞いた話だが、この舌を出し入れするのが、赤鎧の威嚇行動らしい。
さて、粗方の分析も終わったので、サクっと片付けて帰りますかね。
赤鎧よ、お前に直接恨みはないが、居座られると迷惑だという人達がいるんでな。
遠慮なく狩らせてもらおうかっ!
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