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七八話

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「はっ! ご報告致しますっ! 半刻程前、クズーム騎士爵邸、及びアグリスタ駐屯騎士団詰め所に火災が発生!
 その規模甚大にして苛烈であり、近隣住民の手を借り、先ほどようやく鎮火致しました。
 ですが、その火勢激しく、騎士団詰め所は全焼。クズーム騎士爵邸も八割近くが焼失したとのことでありますっ!
 また、邸宅の焼け跡からは、クズーム騎士爵本人と思われる焼死体が発見されております。
 現在は、本人確認、及び火災の原因について調査を進めているところでありますっ!」

 男はそこまでを一息で報告すると、走って来た疲労と合わせて、ゼェゼェと肩で息を始めた。
 顔の煤は火事があったからか。

「やはりクズームも殺されていたか……分かった。報告ご苦労」
「クズームが死亡。奴の秘書がバハルを暗殺したことを考えると……」

 男の報告を聞き、グリッドがセリカにそう囁く。

「無関係……なんてことはあるまいよ。おそらくバハル同様口封じで殺されたのだろう。
 バハルがクズームの秘書に暗殺された時点で、既にクズームも殺されているのではないかとは思ってはいたが、よもや火まで放つとはな」
「証拠の隠滅……ですかな?」
「だろうな。となれば、バハルの屋敷ここも狙われる可能性が高い……か。 
 この屋敷にどれだけ有用な情報があるかは分からんが、調べる前に屋敷を焼かれてはかなわん。
 首謀者は逃亡しているが、何処に行ったのか分からん以上、戻って来る可能性も十分に考えられる。
 本人が戻ってこなくとも、仲間が犯行に及ぶ可能性もあり得る。
 屋敷周囲の警戒を厳に、特に地下水路の警戒は徹底させよ。ただし、単独行動は厳禁とする。必ず三名以上で編成を組み行動すること。
 また、女神の天秤我々以外の者は決して屋敷にも地下水路にも近づけさせるな。
 不審な行動、こちらの指示に従わない者は拘束しても構わん。ただし、殺しはするな。
 その旨を周知徹底させるよう、他の者にも伝えよ」
「はっ!!」

 セリカの指示に、伝令の男はビシっと敬礼し返す。と、

「隊長。一つよろしいでしょうか?」

 セリカの指示出しが終わったところで、グリッドがそう進言した。
 これにより、伝令の男が立ち去ってよいものかどうか迷っていると、グリッドが少し待つよう手で示す。

「なんだ? グリッド」
「はい。アグリスタの監督官であるバハル、及び、騎士隊の団長であるクズーム両名が死亡という状況にあり、現在ここアグリスタは統治者不在の状態になっております。
 新たな代官もしくは、騎士団の団長が派遣されるにしろ、数日は掛かるかと。
 その間に街が機能不全を起こすは必至。
 隊長が臨時監督官となれば収拾もつくでしょうが、しかし、女神の天秤我々が表立って行動するのは如何なものかと……」
「ふむ……確かにそれは拙いな」

 グリッドの進言に、セリカが眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
 そういえば、セリカ達って秘密部隊なんだっけ?
 裏方が表舞台に出るのは、確かにそれはよろしくないわな。

「……致し方ない。多少強引ではあるが現時点を持って、女王特別措置法第四項に基づき、アグリスタを女王陛下直轄区とする」
「臨時代官には誰を置くつもりでしょうか?」
「申し訳ないが、叔父上にドロを被ってもらうことにしよう。
 フューズ家に名を連ねている人物であり、元とはいえ王国騎士団の大隊の団長を務めたお方だ。それになにより我々に理解がある。
 叔父上なら周囲からは・・・・・文句は出まい」
「……ですな。それがよろしいかと」

 一応、そのなんたら法というのが何か聞いたら、何かしらの理由により統治者が不在になり、至急代理の人物を擁立出来ない状況になった場合、一部の貴族が代理の監督官として就任する。というものらしい。
 その一部に含まれているのが、セリカ達の家系なのだそうだ。
 元々は、この国がまだ周囲と戦争をしていた昔、街を治める代表が戦死した場合など、速やかに指揮系統の移譲が行えるようにする制度とてし作られた法だという。
 とはいえ、現在は当時の名残として法そのものは存在してはいるが、既に形骸化されており、実際に発令されたことはここ数十年では一度もないらしい。

「と、いうことだ。まずはブルックランズ殿へ今の話しを伝よ」

 ちなみに、ブルックは非常時に備えて、自由騎士組合ギルドで待機してもらっていた。
 こんな深夜まで待機とは、ブルックも大変だ。

「然る後に、隊長の指示に従い行動せよ。行けっ!」
「はっ!!」

 伝令の男は、今度はグリッドに敬礼をすると、踵を返して元来た廊下を来た時と同じようにダダダダダっと駆けて行った。

「では、我々もここに転がっている傭兵を移送した後に、屋敷の調査と参りましょう。
 何か重要な資料が残されているかもしれませんからな」

 伝令の姿が見えなくなるや否や、グリッドが空かさずそう提案する。

「そうだな。では各員の持ち場についてだが……」

 と、セリカとグリッドが人員配分について話し合い出したのだが、如何せん圧倒的な人手不足により、傭兵の見張り、屋敷周辺及び地下水路の警戒に人手を割いてしまうと、屋敷の調査に殆ど人が残りそうになかった。
 あーでもない、こーでもない。あちらを立てれば、こちらが立たず。
 と、両者侃々諤々かんかんがくがくの意見を交わすが、話し合いで人数が増えるわけでもなく、根本的な問題の解決には至らなかった。
 仕方なし、ということで、

「傭兵の見張りと、屋敷と地下水路の警戒は俺が一人で引き受けるから、全員でさっさと屋敷を調べて来な」

 と、ここは俺が一肌脱ぐことにした。

「いや、流石にこれ以上スグミ殿を頼るわけには……それに一人でなどと……」

 と、グリッドが申し訳なさそうに言うが、それこそ今更だろう。

「俺に迷惑を掛けてると思うなら、さっさととやること終わらせて俺を解放してくれ。
 どのみち、『じゃ、俺はこの辺で』なんて言って帰れる状況でもないだろ?」
「それは、確かにその通りなのだが、しかし……」

 それでもまだなにか言い淀むグリッドに対して、セリカがグリッドを押し退けてずっと一歩前に出る。

「本当に任せても良いのか?」
「問題ない」
「ならば、今暫くはお前に甘えさせてもらうとしよう。この礼はいずれ必ず」
「おう。期待して待ってるわ」
「しかし、いくらスグミ殿とて一人で見張りなど……」

 だが、話がまとまりかけた時、グリッドが待ったを掛けた。
 まぁ、本来なら数十人でやるべき仕事を一人でやるというのだから不安にもなろう。が、

「奴が出来ると言うのなら、出来るのだろうよ。現に、私達は嫌と言う程それを目の当たりにして来たではなかったか?」
「…………」

 と、セリカにそう言われ、グリッドは口を噤んでしまった。

「それともなにか? 代わりにグリッドが一人で見張りでもするか?」
「ご冗談を」
「今はゴブリンの手すら借りたい状態だ。それが、獅子の方から手を貸すと言われれば、断る道理がどこにある?」
「……その通りですな」

 で、最後にはグリッドが折れてこの話に決着が着いた。

「では、任せたぞスグミ」
「オーケー。任された」
「それでは、現時点を持ってここをバハル邸調査の本部とする。
 グリッドは至急屋敷内外にいる隊員、及び他で重要度の低い任務に当たっている隊員をすべて招集せよ!
 これから大規模な家探しを行う。持ち出せるものは全て持ち出すつもりでかかれ。
 特に書類、書物関連は内容如何に関わらず最優先で回収するように」

 と、方針が決まるや否や、セリカがそう颯爽と指示出しをする。
 流石は一団を率いるだけあって、決断が速いな。
 
「はっ!! 直ちに」

 そのセリカの命に、グリッドがビシっと敬礼で返す。

「スグミ殿。申し訳ないが、ついでに一つ仕事を引き受けてくれまいか?」

 で、本当についでといった感じでグリッドが俺へと声を掛ける。

「ん? どんな?」

 話を聞くと、グリッドの頼みとは集めた傭兵達を見張っている騎士達に、自分に代わりセリカの命令を伝えて欲しいと言うものだった。
 そんなことなら、と二つ返事で引き受ける。
 俺が了承すると、グリッドは他の騎士達に声を掛けて来ると、スタスタと部屋を出て行っていってしまった。
 イオスもまた、人手は多い方が良いだろうと、その後ろを着いて行く。
 あぁ、向こうは向こうでこれからまた大仕事か。

 って、俺も他人事じゃなかったな。さて。んじゃ俺もお仕事をしましょうか。
 俺はセリカに別れを告げると、ここに居る傭兵を一纏めにして、他の傭兵が集められている場所への移送を開始した。
 場所はさっきグリッドから聞いているので問題ない。別館の広間だそうだ。
 最悪、分からなくなってもマップで確認すればいいだけだしな。

 で、移動方法だが……これはまぁ、至って簡単。全員まとめて黒騎士で引きずって行くだけだ。
 床をズルズル、階段もそのままゴトゴト移動したため傭兵共から不平不満の声が上がったが、知ったことではないので無視を決め込んだ。

 目的の場所に着くと、そこには確かに数多くの傭兵が集められていた。ざっと三、四〇人くらいだろうか?
 俺は見張りの騎士達に、セリカの命令を伝え、代わりに俺が見張りを引き継ぐことを告げたのだが……
 部外者である俺の言葉では信用値が低いらしく、難色を示され素直には従ってくれなかった。
 あっ、そういえばグリッドが部下が素直に従わなかったら、これを見せろって言っていたな……

 と、俺はグリッドから預かってた短剣を取り出し、それを騎士達に見せたらビックリするくらい素直になり、文字通りセリカの待つ部屋に向かってすっ飛んで行った。
 うわぁ、なんたる効力。まるで某ご隠居の印籠だな、これ。 
 グリッドに言われるがままに預かっていたが、改めてまじまじと短剣を見てみれば、その造りは非常に精緻であり美麗。一見しただけで特別な品だと分かる物だ。
 武器としてではなく、むしろ美術品としての価値の方が高いのでないだろうか?
 無くしたら絶対拙いことになりそうなので、大切にインベントリに保管しておくことにした。

 さて、んじゃこっちはこっちで仕事を始めるとしようか。

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