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四五話
しおりを挟む急に真剣な眼差しでブルックがそう聞いて来るが……
「急に何者って聞かれてもな……ただの壮大な迷子としか言いようがないぞ?
ここは何処? 私は美青年? ってな」
「茶化してんじゃねぇ……ひょっとして、お前は貴族や王族に名を連ねる様な立場の人間……だったりするんじゃないのか?」
……は?
俺が、貴族? 王族? 一体どこからそんなびっくり話が飛び出して来たのやら……
「ぶっ!! スグミさんが貴族ぅ? 王族ぅ? ないないないないないですよっ!
こんな人が、そんな高貴な生まれなわけないじゃないですか?」
で、俺が否定するより先に、隣に座っていたソアラが盛大に吹き出して、ゲラゲラ笑いながら全否していた。
まぁ、間違ってはいないんだが……
「こんな人って、ちっと失礼じゃないかい? あと、笑い過ぎ」
「スグミさんなんて“こんな人”で十分ですっ! すぐに人のことからかうし、下着買ってる時に覗きに来るし……
こんな人が王様だったら、その国は間違いなく滅びますっ!」
ひでぇ言われようだ。
「ぶふっ! それにしても、スグミさんが王族って……ぶふっ! ぶふふふふっ!」
で、何がそんなにツボにハマったのか、ソアラは笑うのを必死でこらえながら爆笑するという器用な芸当をこなしていた。
「……まぁ、ソアラの反応は気に入らないが、俺が王侯貴族なんて与太話、一体どこから出て来たんだ?
俺は至って普通な庶民だが?」
「こいつは、そうした与太話が出てもおかしくない代物だっつー話しだ」
ブルックはため息一つ、テーブルの上の硬貨を指さした。
「組合の信頼できる鑑定士によれば、まず金属の純度が信じられないくらい高いとのことだ。現在のノールデン王国の技術では、ここまで純度を高めることは出来ないだろう、とも言っていた。
金属としての価値だけで、それぞれの大硬貨の三倍程度の価値がつくらしい」
大硬貨の三倍ってーと……
「さっ、三倍っ!」
ブルックの言葉に、俺より先にソアラが絶叫していた。
「えっと……えっと……大銅貨が10ディルグだから、この銅貨なら30ディルグ。
大銀貨が1000ディルグだから、3000。大金貨が10万だから30万。
あっ、あの……この白銀色の硬貨って、もっ、もしかして白金貨……ですか?
大白金貨は1000万だから……さ、3000万っ!? ファッ!! くぅ~ん……」
で、アンリミ硬貨の価値をディルグに換算していたソアラが、そのあまりに高額な金額にまたしても悲鳴を上げる。
その驚きようといったら、白目を剥いて口から魂が抜けて行く幻が見えたくらいだ。
あっ、こりゃ、完全に意識飛んでるわ。まぁ、確かに俺も驚いたけどさ……
詳しく聞くと、ディルグ硬貨は価値が上がるに連れて、金属に混ぜ物を多く加えているとのことだった。特に、白金貨は半分以上も別の金属が混ぜられているそうだ。
それに、サイズの違いも大きいな理由だとブルックは言う。
ディルグ硬貨は、小が大体一円玉より少し小さいサイズで、大でも一〇〇円玉より少し小さいサイズしかない。
しかし、俺が持ち込んだアンリミ硬貨は大体五〇〇円玉くらいの大きさがあった。
単純に重量だけを比較しても大体二倍ほどの差があり、こと白金貨に関していえば、含有量を比べたら三倍以上も違うことになるのだという。
そこに、信じられないくらいの高純度で精製された金属ということも相まって、この価格なのだそうだ。
「それだけじゃねぇ。この細部まで彫り込まれた緻密な意匠……とても人の手で作られた物とは思えねぇ。
うちの鑑定士は芸術は門外漢で正確なこうは分からないと言っていたが、持って行く所に持って行けば、銅貨だけで一万ディルグの値は付くだろうということだ。
白金貨ともなれば……考えるだけでぞっとする」
それだけ価値がある物を、一庶民が持っているわけがない。だから、これを持っているのはそれなりに高貴な身分の者だろう、という話しが何処から勝手に湧いて来た、ということらしい。
「まだ表に出てはいないが、組合内じゃ“異国の王族がお忍びでお越しになっているんじゃないか”って、上へ下への大騒ぎだぞ?」
なるほど。それであの受付嬢があんな大慌てしていたのか……
「で、こいつは一体何なんだ? 遺跡からの発掘品か? それとも、お前さんがいた国のお偉いさんから、下賜なり恩賜された品か?」
「いや……ただの通貨だよ。ここのディルグ硬貨と同じさ。
俺がいた所では、そいつが普通に使われていたんだ。
手持ちをこっちのカネに換金出来ればと思って、軽い気持ちで査定を頼んだんだが……」
まさか、こんな大事になるとは思いもしなかった。
変に誤魔化しても仕方ないので、俺が正直にそう話すと、ブルックは目を大きく見開き、アンリミ白金貨を手に取って穴が空くほどまじまじと見つめる、というか睨むといった方が正確か。
まぁ、実際は実体を持たない、データだけの存在だったはずなんだが……
そこまで話すと、またややこしいことになりそうだから、そこは黙っておくことにした。
「……これだけの品が、通貨として日常利用されている、だと? 信じられん。お前の国は、一体どれだけの大国だと言うんだ……
お前がいた国、名は何という?」
「あ~、いや……多分、言っても知らないと思うぞ? 俺だってこの国のこと知らなかったわけだし……」
「それは聞いてみなければ分からんだろう? なんだ? 言いたくない理由でもあるのか?」
言い淀む俺に、ブルックが訝し気な視線を向ける。
正直、何と答えればいいのか迷っていたところだ。
現実に所属している国、日本の名前を出した方がいいのか、それとも『アンリミ』というゲームの中で所属していた国名を言えばいいのか……
どちらの名前を出したところで伝わらないと思うが、このまま答えないというのも確かに不審だ。
少し悩んで、こちらの世界に似ている方が色々と都合がいいだろうと、『アンリミ』の方を答えることにした。
「聖ミドガルド帝国、だ。知っているか?」
「……いや、聞いたこともない国だ」
「だろ?」
そりゃそうだろよ。おそらくこの世界には存在しない国の名だ。これで、逆に知っていたら驚愕物だ。
ちなみに、『アンリミ』でプレイヤーが所属出来る国家は三ヶ国あり、一つは俺が所属していた聖ミドガルド帝国、もう一つは神聖アスガルド教国、残りの一つがニブルヘム王国である。
国名が北欧神話に由来しているが、ゲームの設定とはあまり関係はない。
「……聖ミドガルド帝国、か」
ブルックは俺から国の名を聞き出すと、顎に手を当ててボソリともう一度その名を口にしたのだった。
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