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四〇話

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バキンっ!

「ぬおっ!?!?」

 そんな、何かが圧し折れる様な異音が響き、突然ブルックが大きく傾き、地面へと倒れ込んでしまった。

 なっ、何が起きたんだ……?

 突然、ブルックが視界外に倒れ込んでしまったので、魔砲杖を停止する。

「クソっ! 流石に持たなかったか……」

 黒騎士の近くで倒れていたブルックが、むくりと上半身を起こすと、おもむろに自分の右足へと手を掛けた。
 俺も黒騎士を起こして、黒騎士の目を通してブルックの足を見てみれば、ブルックの右膝から下が、あらぬ方向へと折れ曲がっているのが見えた。

 そうか。義足がブルックの動きに耐えられず折れたのか……
 それに俺は助けられた、と。

「チっ、良いところで折れやがるとは、オレの足のくせに根性がねぇっ!」

 そう言うと、ブルックは折れた義足にドカンと拳を落とす。
 いや、義足に根性もなにもないだろうに……

「はぁ、こうなっちまったらしゃーない。スグミ、お前の勝ちのようだ」
「いや、流石にこれで勝ちってことはないだろ? あのまま剣を振り下ろされていれば、防げていたかどうか……」
「戦場に“たられば”なんてもんは存在しねぇんだよ。結果がすべてだ。
 仮に、ここが戦場なら、足が折れた時点で俺は死んでいる。それに、な」

 そこでブルックは言葉を一旦区切ると、手にしていた大剣を俺に見えるように突き出した。すると、

 ペキペキペキペキペキ……パリンっ!

「はっ?」

 突然、大剣の刀身全体に無数のヒビが走ったかと思えば、跡形も残さず粉々に砕け散ってしまったのだ。
 残った部分といえば、ブルックが握っていた柄部のみ。
 それと同時に、ブルックから溢れていた鈍色のオーラも姿を消した。もう戦う気はない、ということだろ。

「お前の勝利条件は大剣こいつの破壊だろ? なら、これでお前の勝ちだ。
 って、なんだ? 随分と驚いた顔をしているな?」
「そりゃ、目の前で剣が砕け散れば驚きもするさ」
「ん? もしかしてお前、“闘衣とうい”を知らないのか?」

 闘衣? なんだそりゃ? 

「あ、ああ」
「そう言えば、お前は遠い所から飛ばされて来たんだったな……」
 
 素直に頷くと、ブルックは特に勿体ぶることもなく、闘衣がどういうものなのかを簡単に説明してくれた。

「“闘衣”ってのはな、そうだな……簡単に言っちまえば、物体を魔力で作った膜みたいなもんで包み込む技術のことだ。
 この闘衣で包むと、まぁ、色々なことが出来るようになる。
 例えば、得物への属性付与。得物に炎の力を付与する“炎衣えんい”。いかずちの力を付与する“雷衣らいい”とかな。
 ほれっ、さっきそこの小娘がぶっ放した大技も、闘衣の一つの形だ。
 まぁ、俺はセリカほど器用じゃねぇから、物体の強度を上げる“鋼衣こうい”くらいしか使えねぇけどな。
 で、それを体に応用したのが戦衣という技だ。
 お前ほどの男なら気づいていると思うが、オレの鋼塞こうさい騎装きそうは防御に特化した戦衣になっている」

 これもまた、両方とも『アンリミ』ではなかったスキルだった。

「ただ、この“闘衣”ってヤツはな、様々な能力を付加できる代わりに掛けた物体にかなりの負担を強いる技でもある。
 生半可な素材じゃ、負荷に耐えられず今見たように一定時間で砕け散る、っつーこった。
 戦衣も同じでな。鍛え抜かれた者でなければ、たちまち力に押し潰されちまうような諸刃の技だ。
 言っておくが、この技を使えるのは騎士の中でもそう多くはないからな?」

 なるほど。言外にブルックが「オレは凄いんだぞ!」と言っていることは分かった。
 しかし、これで一つ疑問は解消したな。
 つまり、ブルックはその“鋼衣”というスキルで、ただの鉄の剣をアマリルコンの攻撃に耐えられるような強度にしていた、ということか。
 そして、激しい動きにも耐えられるように義足にも使っていた、と。

 よくよく考えてみれば、セリカが持っているあの細剣で、あれだけ派手な技を繰り出したにも関わらず剣が折れていないところが、そもそも不思議だったんだよな。
 多分、セリカもブルック同様、その闘衣というスキルで剣を強化していたのだろう。
 で、剣が粉々になっていないことから、セリカの持つ剣が結構良い品だということが分かる。
 少なくとも、訓練場の壁に下げられているような剣よりは上物のはずだ。

 しかし、ブルックの義足も、そして大剣もセリカの剣ほど良い素材で作られてはいなかったことで、結果、時間切れで自己崩壊を起こした、ということか。

 だが、それじゃ最初からこの勝負は……

「つまり、これは端から制限時間付きの勝負だったってわけか……」
「そうなるな。どうした? 勝ったわりにはシケた面してるじゃねぇか?」
「まぁ、な。初めからハンデありで戦ってたってことだろ?
 それで勝ったところで、気分の良いものじゃないさ。
 俺が勝ったんじゃなく、あんたがが時間切れで勝手に自滅したってだけの話だろ? こんな勝ち方に価値はないな」

 おっ? 今、俺うまいこと言ったか? 激うまギャクだ。笑っていいぞ?

「……がっはっはっはっはっはっ!」

 俺がそう言うと、ブルックは少しばかり呆けた顔をしてから豪快に笑い出した。
 別に、俺のギャグを理解して笑った、というわけではないだろう。たぶん。

「“勝ち”だけでなく、“勝ち方”にも拘るか。スグミ、お前さん見かけによらずなかなかの武人じゃねぇか! 益々気に入ったぜ!」
「武人? 別にそんなつもりはないけど……」

 強いていうなら、ただのゲーマーです。はい。

「いいや! 武人だ。それも筋金入りのなっ!
 勝つことに拘るのが戦士なら、勝ち方にも拘るのが武人だ。
 ただ勝つ、それだけでは飽き足らず、更に納得のいく勝ち方を求めるってなら、そいつは間違いなく武人よっ!
 オレはな、戦士は好きだが、武人って奴はもっと好きでな」

 ブルックはそう言うと、折れた義足を毟り取り、近場に投げ捨てた。
 そして、黒騎士にではなく、俺へと向かって居住まいを正し膝を突く。

「お前を……いや、スグミ殿を所詮は流れ者と見下し、この程度で勝てると手を抜き軽んじたこと、武人としての非礼、この場にて深く謝罪申し上げる」

 と、深々と頭を下げた。
 な、なんだ?

「い、いや、なんで謝ってるのか意味が分からんのだが……」
「オレは武人を軽んじるようなまねをした。これは恥ずべき行いだ。
 こいつは武人としてのオレのケジメってやつだ。謝らせてくれ」

 そうして、再び頭を下げるブルック。
 なんとなくだが、ブルックが義理堅い人間だということは、それとなく伝わって来た。

「分かった。分かったから、取り敢えず頭を上げてくれ。
 それに、手を抜いていたっていうなら俺も同じだしな。だから、今回の勝負は保留ってことで」
「スグミがそう言うなら心得た。再戦する機会があれば、その時こそ全身全霊、オレのすべてを持って相手することを誓おう」
「お手柔らかにな」
「ふん、まだ奥の手の一つや二つ隠している奴がよく言うわっ!」

 何故バレたんだろうか? 
 ラプラスの瞳の時といい、実はブルックは人の思考を読むスキルでも持っているじゃないかと思えてならない。

「……」
「何でバレたって顔してんな? そりゃ分かるさ。
 スグミ。お前自身が気づいているかは知らんが、所々で一瞬だが手が止まるタイミングがいくつもあった。つまり、その時々で取れる手段が複数あった、ってぇこったろ?
 お前は腕は立つ様だが、腹芸の方はいまいちらしいな」

 いやいや、普通そんな些細なことじゃ気付けないだろ……
 しかし、そこは元とはいえ騎士団の部隊長を務めてい男。そうしたちょっとしたところから、全体像を推理する能力とかに長けているのかもしれないな。

「……そこまで読まれてるとか、参ったね。
 ただ、そいつは使わない。というか、使えない。俺だって無暗に人を殺したくはないからな。それに、使ったら俺が圧勝しちまう」
「がっはっはっはっはっ!!
 オレを殺す、か。それに圧勝とは、大きく出たなっ! その奥の手とやら、むしろ俄然見たくなったぞ」
「機会があればな……」
「では、その時を楽しみにしておくこととしよう」

 そう言って、ブルックは不敵に笑って見せた。
 あっ、そう言えばすっかり敬語を使うのを忘れていた。やっべぇ……

「ああ、ところでブルック……さんは……」
「今更、下手な敬語なんぞいらんわ。普通に話せ」

 あっ、そうっすか。では……

「んじゃ遠慮なく。ブルックの義足が壊れちまったけど、どするんだ? そのままじゃ歩けないだろ?
 人呼んで来ようか? それとも、黒騎士の肩でも貸そうか?」
「肩を貸してくれ。組合長室まで戻れば予備の義足があるからな」
「あいよ。予備があるってことは、頻繁に壊れたりする物なのか?」

 俺は黒騎士の手をブルックに差し出しながら、ふと思った疑問を口にした。

「頻繁……とまでは言わないが、度々壊れるな。俺の体重を支えるとなると、そうとうな負荷が掛かる。
 かと言って、丈夫さを求めて金属素材を多く使えば重くなりすぎて体のバランスが取れなくなる。難しいところだ」

 なるほど。バランスを重視すると強度が、強度を重視するとバランスがそれぞれ悪くなるっと。
 他人事ながら、大変だなぁと思った。

 ブルックは腕を黒騎士の肩に回して立ち上がった。これでなくとか歩くことが出来る。

「すまんな。少しばかり世話になる」
「あいよ。ただ、場所が分からないから案内は頼むぜ」
「ならば私が案内を……」
「テメェは自分で掘った穴を埋めるのが先だろうが。訓練場を元の状態に戻すまで帰るんじゃねぇぞ。いいな?」
「あっ……はい……」

 自ら進んで案内役を申し出たセリカだったが、返って来たのはブルックの非常な一言だった。
 そして、訓練場の現状を突き付けられ、ガクリと肩を落とす。と、

「元の状態って、半分は伯父上が荒したのでありませんか……」

 下を向きながらセリカがぼそりと呟いた。
 確かにセリカの言う通り、訓練場はセリカが掘った穴だけでなく、ブルックとの一戦で更に荒れてしまったからな。
 半分はブルックの責任と、言えなくもない。まぁ、両方共に関係している俺が言えた義理ではないけどな。
 なので、戻って来たら手伝ってあげようと思う。

「あぁっ? 今、なんか言ったか?」
「いえっ! 何でもありませんっ!」

 で、そのボヤキはブルックの耳にも届いてしまっていたらしい。御愁傷様。

「あの……私もお手伝いしますから……」
「ありがとうソアラ」

 こうして、俺はブルックを組合長室へ、そしてソアラとセリカは荒れた訓練場の整備へと勤しむことになったのだった。

 ついで、という訳ではないのたが、組合長室への移動の時、ブルックにソアラの首枷について相談したら、ギルドの優秀な職員を手配してくれると言ってくれた。
 勿論、信用の置ける人物で、首枷のことも秘密にしてくれるらしい。
 俺やセリカ達では現状どうすることも出来なかったので、有難い話しだ。

 で、ブルックを部屋へと送り届け、俺が訓練場へと戻ってからは整地のお手伝いだ。
 とはいえ、【形状変化シャープ・チェンジ】でぱぱっと現状復帰させたので、時間にして十分少々しか掛かっていない。
 セリカに凄く感謝されたよ。
 で、丁度訓練場を整え終わった頃、ブルックの言っていた職員がやって来て、ビックリする程簡単にソアラの首枷を外してくれた。
 あ~、首が軽くなりましたぁ~、とはソアラの談である。

 そうした諸々が終わった頃、まるでタイミングを計ったように、イオスが騎士の招集が終わったと報告にやって来た。
 結局、セリカにお披露目出来たのは黒騎士だけとなってしまったが、まぁ、他の奴らも追々紹介する機会はあるだろう。

 俺たちは自由騎士組合を後にし、セリカたちのアジトへと戻ることにした。
 
 

 
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