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一九話

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SIDE OTHERS 

「ぎゃーーーーーっ! へぶっ!」
「ば、化けも……ごふっ!」
「だ、誰か…たすけ……へげっ!」

(何が……何が起きてやがんだ……)

 ドグルは、目の前で吹き飛ぶ部下達の姿をその目にしながら、眼前で起きている光景を理解出来ないでいた。

 彼には、逃げたエルフのガキが、そのガキを助けたという黒い騎士と共にこの街道を通るという絶対の確信があった。
 エルフのガキは、腕に軽傷ではない傷を負っていた。
 治療するためには、どうしたってアグリスタを目指さなくてはならない。それも、怪我の度合いを考えれば可及的速やかに、だ。

 とすれば、自分たちを民の騎士だとか自称しているようなバカなノールデンの騎士なら、怪我をしたガキ一人を助けるために、罠があると分かっていても間違いなく街までの最短距離であるこの街道を行くだろう、とドグルはそう読んでいた。
 だから、ありったけの部下をこの場に集め、街道沿いの木々に身を隠し待ち伏せをしていた。

 内容はどうであれ、確かにドグルの予想は的中する。

 街道に黒い騎士と、逃げ出したエルフのメスガキの姿を見た時、ドグルは自分の才と運の良さに歓喜した。
 黒騎士以外に、報告にはなかった優男が一人いることと、逃げたエルフのガキの服が変わっていたこと、また腕に負わせた傷が無くなっていることなど、多少・・の差異は確認したが、それらをドグルはあまり気にはしなかった。

 ノールデンの騎士なら魔術薬の一つくらいは携行していてもおかしくはないし、服も騎士が所有していたものを与えたのだろうと、軽く考えたのだ。

 事実、その通りではあるのだが、それでは“怪我の早期治療のために、街道を行く”という、彼自身が立てた想定に矛盾が生じること、また、いくら騎士とて女性物の衣服を常日頃から持ち歩いているわけなどないこと。
 普通に考えれば、明らかにおかしいな点があれど、彼は深く思慮を巡らすことはなかった。
 
 目当てにしていた物が、想定通りの場所に姿を現した。
 それが、ドグルにとってのすべてだったからだ。その他のことなど、些事でしかない。

 この時、ドグルが少しは思慮深く考えるか、または、ラッチがバッツの件について報告しに来た時に、バッツの様子を見に行くか詳細を聞いているかすれば、彼の判断も少しは変わったかもしれない。

 ラッチがバッツを発見した時、彼は体の半分以上を木にめり込ませていた。
 それだけでも到底理解出来ない状況だというのに、更に、周囲には不自然になぎ倒された木々の数々……
 何をすればこうなるのか、ラッチにはまるで見当がつかなかった。
 そんな中、その破壊の終端に、体の左半分が見事に潰れた・・・バッツがいた。左腕は押し潰れ、その肘は体の中央付近まで深くめり込んでいたほどだ。
 ギリギリ息こそあったが、残っていた四肢も、首と共にあらぬ方向へと折れ曲がっていた。

 もし、その惨状を一目でもドグルが見ていれば、自分たちが相手にしようとしているのが、人外の化け物だと気づけたかも知れなかった。
 そうすれば、無理に手を出さず撤退、という選択肢もあったであろう。

 しかし、彼はラッチの報告を聞くだけでそれ以上のことをしなかった。

 勿論、これだけの惨状を見て、ただ“やられた”とだけしか報告しなかったラッチにも問題はある。
 ただ、ラッチは自分が見た光景をどう報告すればいいのか分からなった。
 バッツが“男・黒い鎧・騎士”と繰り返しこぼしていたことから、その人物がバッツをこんな目に合わせた張本人だろうことは、なんとなく想像できたラッチだったが、目の前の惨状を見るに、ラッチにはそれがどう見ても人の所業であるようには思えなかったのだ。
 まだ、巨大な落石に押し潰された、とか、巨大な魔獣に襲われたと言われたほうが納得出来た。

 ラッチは要領が良い人間ではなかった。自分が見た物、感じたことを人に分かり易く説明するなど、彼にとって一番苦手な部類の話しだった。
 どう説明すればいいのか迷ったラッチは、結局、見た事実だけを端的にドグルに報告したのである。

 バッツがやられた、と。

 結果、ドグルはラッチの報告を聞き、バッツは普通・・にやられたと判断した。
 相手は騎士が一人。こちらには、総勢で三〇人にも及ぶ部下がいる。一斉に襲えば、たとえノールデンの騎士といえども多勢に無勢。勝機は自分たちにある、とそう考えていた。

 そして、街道に姿を現した騎士が全身を厳つい甲冑に包んだ重騎士であるのを見た瞬間、ドグルは勝利を確信した。
 全身を鎧で固めた騎士は、防御の面では飛び抜けた性能を誇る。
 真正面から殴り合っても、自分たちが持っているような三流以下の得物では、碌なダメージを与えることが出来ないのは明白だ。

 しかし、その重量故に機動力の面では圧倒的に劣るという欠点も併せ持っていた。また、一度でも転んでしまえば、立ち上がることすらままならないという致命的な弱点もあった。

 いくら防御に優れるとはいえ、動けなくなってしまえば恐れるに足らず。

 ドグルは部下に、騎士が来たら組み付き転がすように指示を出す。寝かせてしまえばこちらのものだ。
 騎士さえってしまえば、残るのは頼りない優男のみ。あんなものは、後でどうにでも出来る。

 ドグル達は騎士が自分たちに近づくのを息を潜めて待ち、十分近づいた所で、部下に一斉に騎士に飛び掛かるように指示を飛ばした。
 ドグルの指示に従い、木陰から何人もの男たちが飛び出し、騎士にしがみつく。
 後は転ばせれば片が付く……はずだった。だが、事はドグルの想像通りには進まない。

 何人もの男たちを張り付けて尚、騎士はまるで重さを感じていないかのように歩き続けたのだ。
 しかも、たった一度手を振っただけで、しがみついていた男たちを振り払ってしまった。
 中には体格に自信のある者が、渾身の力を込めて体当たりを敢行するも、吹き飛んだのは体当たりした側の方だった。

 そして彼らは、理不尽に直面する。

 背中に携えていた大剣を二本。
 およそ人が振るうにはあまりに大き過ぎるそれを、騎士は両の手に一振りずつ手にすると、まるで小枝でも振る様な気軽さで振り回したのだ。

 大剣が一振りされるたび、男たちが三、四人まとめて宙を舞った。
 
 大剣は見るからに重い。そんな物を高速で叩きつけられるのだ。生身で受ければただでは済まなかった。
 運が良くて全身の骨を砕かれ、悪ければその場で絶命した。いや、ある意味死んだ方が救いだったのかもしれない。
 生き残ってしまった者たちは、その後全身を襲う激痛にさいなまれなくてはならなかったのだから。
 こうして、男たちは次々に行動不能にされていった。

 こうして早々に、半数近くの男たちが街道に転がことになった。皆、一様にピクリとも動かない。
 しかし、そんな惨状でありながら、この場から逃げ出そうとする者はいなかった。
 別に仲間想いであるとか、使命感に駆られて、などではない。
 彼らは皆理解しているのだ。そんなマネをすれば、敵ではなく味方ボスに斬られる、と。
 喩え、上手くこの場を逃げおおせたとしても、粘着質なドグルの性格のことはこの場にいる誰もが理解していた。生きている限り、何処までも追って来てケジメを付けさせられることは明白だ。
 それに、堅気の仕事など出来ないはみ出し者の身では、今更真っ当にも生きられない。
 それは、今ここで騎士に殺されるか、後でドグルに殺されるかの違いでしかない。要は早いか遅いか、だ。

 彼らが生き残るには、この騎士をこの場で殺し、是が非でもエルフの女を捕まえ、依頼主に届ける以外になかった。
 だが、人数による力押しは全く通じない……
 今となっては、挑むでもなく逃げるでもなく、ただ黒騎士を遠巻きに囲いただただ威嚇しているだけのような状態になってしまっていた。

 その光景を見て、部下が全滅するのも時間の問題だとドグルは確信した。
 まだ、逃げ出していく者はいないが、誰か一人逃げ出せば、そこからは堰を切ったよう一瞬で瓦解してしまうだろうことは、予想に難くない。

 故に、ドグルは考えを一八〇度転換し、迅速に行動する。
 彼とて、この道で二〇年近くメシを食って来た人間だ。今までだって万事がうまくいっていたわけではない。こういうイレギュラーにも見舞われたことも一度や二度ではなかった。
 そのたび、彼は持ち前の狡猾さでどなん状況でも切り抜けて来たのだ。

(こうなりゃ、あのバケモノ騎士は部下に押し付けて、エルフのガキだけでも連れて逃げるっ!
 傍にいる優男は見るからに弱そうだし、武器も持ってもねぇ。
 ガキエルフを捕まえ、人質にしてしまえばまだチャンスはある!
 折角ここまでデカくした団をみすみす潰しちまうのは業腹だが、背に腹は代えらねぇからな……)

 ドグルは街道脇の、鬱蒼とした木々の中にこっそりと身を隠し、そのまま慎重に歩き少しずつだが得物へと這い寄って行く。
 そして、部下たちの悲鳴を背後に、ドグルはついにソアラへと飛び掛かれる距離まで詰めていた。

(隣の男もガキもこっちには気づいてねぇ……よしっ! 今だっ!)

 ソアラもスグミも、二人揃って前方にのみ注視していた。
 ドグルは千載一遇のチャンスと、山刀を抜き勢いよく藪から飛び出し、ソアラへと組み付こうとしたその時……

「甘いですっ!」
「っ!?」

 自分が飛び出したその刹那。
 今まで前を見ていたソアラが、突然ドグルへと振り向いた。しかも、手には得体の知れない輝く何かを握っており、そこから一条の光が自分へと向かって放たれるのを、ドグルは見た。
 そして、全身を襲う謎の衝撃。

「あばばばばばばばばばっ!!」

(なっ、なにが……なにが起きたってんだ……)

 それを最後に、ドグルの意識はぶつりと切れたのだった。
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