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一五話
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頭の中に流れたアラーム音で、俺は目を覚ました。
オプション画面を開き、アラームを解除。ついでに時間を確認すると時刻は午前六時。
「んん~~~~~~~」
俺はソファから上半身を起こすと、おもいっきり体を伸ばした。このソファは、昨夜、寝る前に追加で設置したものだ。
寝床がソアラに渡したベッドしかなかったからな。流石に石畳みの上で寝たくはない。
実は最初、どちらがこのソファを使うかで少し揉めた。
ソアラは、恩人である俺より良い寝具では寝られないと、俺にベッドを譲ると聞かず、俺は俺で女の子をソファなんかで寝かせられるかと譲らなかった。
あまりに意見が平行線だったので、最終的に、俺がベッドを使うとソアラの残り香をフガフガするぞ? と脅して終止符を付けた。
こうして、俺はソファで寝る権利を獲得したのである。この、なんたる華麗な交渉術よ……
なんか、ゴミ虫を見るような目で見られた気もするが……まぁ、気にしない。
ちなみに、ソファの設置場所は入り口の正面に横向きで置いてある。
もし、何かあった際にソファをバリケードにするためだ。この時点で、このソファをソアラに使わせるつもりは毛頭なかった。
しかし……まさか、ここで目が覚めるとはな……
『アンリミ』では、というか、アンリミのプラットフォームである完全没入型VRマシン『ドリームスイッチステーション365』通称・DSS365では、接続中に寝落ちした場合、接続が強制切断される仕様になっていた。
フルダイブVRマシンに接続している間は、体は眠っている状態に近いが、脳まで眠っているわけではない。
意識がないだけで、脳はしっかりと覚醒し働いている。
情報処理の一部をプレイヤーの脳が代替処理しているので、脳の機能が低下すれば必然的に処理速度が遅くなり勝手に落ちる、というわけだ。
淡い期待を込めて、ここで眠れば現実で目が覚めるのではないかと思ったのだが……そんなことはなかったでござる。
あとは“夢オチ”な……
これは余談だが、フルダイブVRマシン起動中は、目を瞑って横になれば自然と眠れる、なんてことはまずない。
というのも、ゲーム起動中は常に脳に負荷が掛けられているので、脳は覚醒状態を維持してしまっているのだ。
これは例えるなら、家の目の前で大規模な道路工事をしていて、重機が爆音を立てている、とか、デスメタルのライブ会場のかぶりつき席にいる、とか、そんな外部から強制的に情報を与えられている状態に近い。
そんな状態でも寝られるような猛者もいるにはいるのだろうが、俺には流石に無理だ。
俺がこの状況に陥った時、眠ってログアウトを狙うことをしなかったのはこのためだった。
しかし……だ。ぐっすり眠れた挙句、すっきり目覚めてんだよなぁ……
これはいよいよもって“異世界説”が濃厚になってきたような気はするが……
まぁ、今考えて答えが出ないことに関しては、すべて先送りにしようっ! そうしよう!
もうここが何処だとか、俺に何が起きたのかとか、悩んでいる暇があるなら今は取り敢えず前進あるのみだ。
考えすぎで足が止まってしまっては、元も子もない。今はただ、出来ることをするしかない。
ちなみに、ログイン時間に制限が掛かっているのも、バグによるログアウト不可対策もあるが、もう一つは脳への負担を軽減するため、という意味も含まれている。
初期型のフルダイブVRマシンには、そこまでの配慮がされていなかったので、そういった制限はなかった。
その所為で、肉体疲労ならぬ脳疲労という健康障害が蔓延し、社会現象になったほどだ。
ちらりとソアラの方を確認すると、彼女はまだすぴゅすぴゅ言いながら眠っていた。
脳内アラームは俺にしか聞こえないから仕方ないね。
「さて、と……」
俺はソアラを起こさない様に静かにソファから降りると、手早くささっと朝食の準備を始めた。
ソアラは、昨日まではかなり過酷な環境で生活していたと聞いた。ならば、出来るだけ寝かせておいてあげたいではないか。
朝食のメニューは昨日と殆ど同じだ。昨夜作り置きしたものを、インベントリから出すだけでオーケー。
俺はパパパっと、テーブルの上に料理を並べていき、五分もしないうちに準備がほぼ完了した。
違いがあるとすれば、ボアボアの生姜焼きとガーリックトーストが、ベーコンエッグトーストに置き代わっているくらいだ。
最後に、ボアボアのミルクが入っているピッチャーを、テーブルの中央にドンで、はい完了。
やっぱり、朝食をこれくらいしっかり食べないと一日力が出ないよな。
特に、今日は一日ハードな日になりそうだし。
さて、眠り姫を起こすとしますか……
「お~い、ソアラ。朝だぞ」
「ふにゅ~……」
「こらっ! 潜るな潜るなっ!」
いざ起すと、ソアラの奴もそもそと布団の深海部へと潜行を始めてしまった。
「おいっ! 起きろ!」
「ん~……」
軽く体を揺ってみるが、潜ったまま出てくる様子がまったくない。
ふむ、しょうがない。これはもう、奥の手を使うしかないな。では……
「ソアラ~、朝ですよ~、起きなさ~い」
眠り姫をチューで起こしていいのは、古来より王子様だけと相場が決まっている。
しかし、俺は王子様ではなくおじ様(一歩手前)なので、お母さんになって起こすことにした。
「にゅ~……もうしゅこし~……」
おっ? 今までとは違い若干の反応アリ!
ソアラは寝ぼけているようで、呂律の回っていない声で返事を返す。しかし、まだまだ布団から出てくる様子はない。
昨日もそうだったが、ソアラは寝起きが悪いらしい。きっと、低血圧に違いない。
「もう、早くしなさぁ~い」
「うぅ~、おかあしゃんうるしゃい……」
やべっ。なんだこれ? オラ、面白くなってきちまったぞ?
年甲斐もなく、俺の中の嗜虐心がムクムクと大きくなっていくのを感じる。
「うるさいとはなんですかっ! ごはん出来てるけど、食べないなら片づけちゃいますよ?」
「ごはん……たべりゅ……」
流石は食いしん坊。
ごはん、という単語でソアラは布団海溝の海底からゆっくりと浮上。そして、ベッドの上にのそのそと上半身を起き上がらせる。
だが、まだ頭は眠っているのだろう。その証拠に目は閉じたままだし、顏はぽけーっとしている。
そのまま、ソアラ脳が再起動するまでしばし待つ。
最初にうっすらと眼が開き、目が合った。しかし、反応なし。現状認識に失敗したようだ。
次に、右を見て、左を見て、正面を向き、また目が合った。しかし、またしても反応は薄い。これまた、現状認識に失敗したらしい。
きっと、判定チェックで良いダイス目が出ていないのだろう。ついていない時は、とことんついていないからな。
そこで停止。
おそらく、今ソアラ脳は、必死になって現状と記憶の整合性を確認しているに違いない。
本当なら普通に家にいるはずなのに、周囲は見慣れない洞窟の中。しかも、目の前には見知らぬ男が一匹。
何故こんなことになっているのか? そこに至った経緯は?
で、少しして……突然、ソアラの目がカっと見開かれた。
現状の認識及び、記憶の確認完了。自己の発言の反芻。結果……
「はいはい、それはもういいから……」
「う~、うぅ~~~~~~~」
ソアラがまたしても頭から布団を被って、ぷるぷると震えていた。
これはあれだ。学校の先生を“お母さん”とか“お父さん”と呼んでしまった時のアレに近いやつだ。
俺も、子どもの頃に一度か二度やらかした経験があるからな……分かるよ。あれは結構恥ずかしいのだ。
「スグミさんに弄ばれました~」
「こら、人聞きの悪いことを言うでないよ」
まぁ、否定はしないがな。
………
……
…
「酷いですっ! 私のことからかって遊んで楽しいですか!? もぐもぐ」
「割と楽しかったな。クセになりそうだ」
「ひほいっ!(酷いっ!)」
こらこら、女の子が口に物を詰めたまましゃべるでないよ、はしたない。というわけで、今は二人そろって朝食中である。
今日の立て籠り時間は、昨日よりずっと短った。
5カウント以内に出て来なければ、メシ抜き。と言ったら、2カウントせずに出て来たからな。
「まぁまぁ、アップリアあげるから機嫌直せって」
「スグミさん、取り敢えず私に食べ物渡しておけばそれでいいとか思ってませんか?」
「ん? 要らなかったか?」
「頂きますっ! けど、機嫌は直しませんからっ!」
食うんかい……そして、直らんのかい。
そんなぷりぷり怒っているソアラに苦笑を浮かべつつ、チェストボックスからアップリアのタルトを取り出し、ソアラの前に差し出した。
「ほい、どーぞ」
「あのっ! こっ、これはなんですか!? もう、見るからになんだか美味しそうな雰囲気を醸し出しているんですけどっ!
それに……すんすん……凄く、いい匂いがしますっ!」
泣いたカラスが……ではないが、タルトを見た途端、目をキラっキラっさせて急に鼻息荒くタルトに食いつくソアラ。
女の子がお菓子に目がないのは、何処の世界でも同じでらしい。
喜んでいるソアラには少し悪いが、実はこれ、かな~り昔に知人から頂いた物だったりする。確か……二年前か、三年前か、それくらい前の話しだ。
昨日チェストボックスを漁っている時に、またまたま片隅に埋もれていたのを見つけたのだ。
でも、大丈夫。チェストボックスの中では時間が停止しているから腐敗もしなけりゃ、品質が落ちたりもしないのである。
現に、目の前のタルトからもほんのり湯気が立っている。出来立てだ。
しかし、そのことを聞いて気分が良いか悪いかは、まったく別の話しなので黙っておくことにした。
言わぬが花、知らぬが仏、である。
「タルトっていうお菓子なんだけど、知らないか?」
「知りませんし、見たこともありません……」
「そっか。まぁ、味は保証するから食べてみな」
「では、頂きます」
勧めると、ソアラは手にしたフォークでタルトを一口サイズに切り分けて、パクリと口へと運ぶ。
もぐもぐ……もぐもぐ……
「っん~~~~~~~っっ!!」
タルトを数度租借した後、ソアラが目を爛々と輝かせて手足をバタバタと振り回し始めた。
美味しかった、というのは分かったから、取り敢えずフォーク持ったまま手を振り回すのは止めなさい。怖いから……
「(ゴックン)……あのっ! あのっ! これ、これっ!!」
どうにも感情が先走って言葉がうまく出てこないのか、“あの”や“その”を連呼するだけでまともな文章になっていなかった。
つまり、語彙が死んでいた。
だが、そこは幼少期から場の空気を読むことを強いられてきた日本人だ。ソアラが俺に何を伝えようとしているのかは、なんとなく分からんでもない。
「先に断っておくが、そのタルトは知人からの頂き物だから、作り方を教えてくれと言われても俺は何も知らんぞ?
もっと言えば、今のが最後だかもうない!」
「…………そ、そんな」
その時のソアラの表情をなんと表現すればいいのか……
例えば、“明日お前は死ぬ”という死の宣告を受けたのなら、もしかしたら人はこういう顔をするのかもしれない。
まぁ、とにかく、そんな絶望に満ちた顔をソアラはしていた。
たかだかタルト一つで大げさな……
それからは、ソアラはタルトの一切れ一切れを噛みしめるようゆっくりとゆっくりと味わって食べていた。
それこそ、最後の晩餐のように、だ。
おかげで八分の一カットのタルト一つ食べるのに、三〇分もの時間が掛かってしまったではないか……
いや……俺だって、早く食べろと急かしたんだよ? だけど、その都度すげー形相で睨まれんのよ。
もう、怖いったらないわ。チビりかけたぞ?
実に恐ろしきは、少女の食への執念かな、ってな。
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