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96話 夜空の下で…… その2

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 なんなんだよまったくっ!
 人になんの断りもなく勝手に話を進めて、最後には全部人に丸投げ。
 挙句の果てには“なんとかしろ”とか、上から目線で好き勝手言いやがる!
 さっきは村長の勢いに呑まれて、何も言い返せなかったが、改めて考えなくても村長の言い分はおかしい。
 ここの最高責任者は、村長だ。だから、最終的な決定は村長が下す。それは別に構わないし当然だ。
 だが、村長が決めたことだからと、解決方法を別の誰に押し付けていい理由にはならんだろ。
 百歩譲って、“こういう方針で決まったから協力して欲しい”という話なら分からんでもないが、“こうだと決まった。だから、お前が何とかしろ”では筋が通らない。
 ふざけんなっ!!
 そう叫びたい衝動に駆られもするが、時間が時間だけにここはグッと我慢だ。
 代わりに俺は、投げ出していた手足を力一杯振り回し、地面へと強く叩きつけた。
 深夜、というほど遅い時間ではなかったが、かといって騒いでいいような時間でもない。
 今頃は皆、もう夢の中だ。この村の連中は寝るのが早いからな。
 自宅前の、草が生えたちょっとした土手の上。
 俺は今、そこで一人仰向けになって寝転がっていた。
 村長と別れたあと、家に帰ったはいいがどうにも寝付けず、こうして満天に広がる星を見上げていたのだ。
 空気が澄んでいて灯りも少ない為か、この村では星が良く見えた。
 日本では、田舎かプラネタリウムなどにでも行かない限りは、ちょっとお目に掛かれない、そんな規模の星空だ。
 初めてこの星空を目にした時は、感動すら覚えたものだが、今となってしまえばただの日常の光景でしかない。
 今は、秋も中頃ということもあり、吹き抜ける風がそこそこ冷たい。が、子ども特有の体温の高さからか、今はむしろその冷たさが心地いい。
 ……体が熱くなっているのは、別の理由があるのかもしれないがな。
 そういえば、前にも似たようなことがあったなぁと、ふいに前世の記憶が脳裏をよぎった。

 あれは確か、俺が倒れる少し前のことだったと思う……
 丁度、一つ仕事を片付けて少しだけ手隙てすきになっていた俺に、ある機械の改修工事の案件が流れて来た。
 仕様書に軽く目を通したとき、それが本来うちで扱っている機器メーカーのものでないことはすぐに分かった。
 営業の奴が安請け合いをして、自社では扱っていないメーカーの機材の改修工事を引き受けてしまったのだ。
 当然ながら、俺だって扱ったことのない機器だ。
 おそらく、自社内にそのメーカーの機器を扱ったことがある者は一人もいなかっただろう。
 だから、俺は社長にどうするべきかの判断を仰ぐことにした。
 内心は、お断りすることになるだろうなぁ、と思っていたのだが社長の答えは違った。
 “キャンセルすれば会社の名前に傷が付く。信用も落ちる。
 お前が受けた案件なのだから、お前が責任を持ってなんとかしろ”
 と、いうなんとも理不尽なものだった。
 俺は自分の耳を疑ったよ。
 俺の責任……って、それはおかしいだろ?
 責任の所在を問うなら、それは間違いなく、仕事を取ってきたアホな営業であって、俺じゃない。
 あくまで、俺は回されてきたものに、目を通しただけに過ぎないのだ。
 そもそも、“会社の信用”ということなら、下手に引き受けて結局出来なかった、となったときの方が遥かにダメージは大きいというのに……
 とはいえ、嫌だと言って突っぱねることも出来ず、渋々だったが引き受けることになってしまった。
 上司から“やれ”と言われたら、何がなんでもやるしかないのが宮仕えの辛いところだ。
 このとき、ふざけるな、とか、だったら辞めてやる、とかとか……
 そんな威勢の良い啖呵たんかの一つでも言えればよかったのだろうが、生憎と俺はそういったことを面と向かって言えるほど度胸のある人間ではなかった。
 むしろ、不満を抱いていて、それを口に出して言える人間の方が少ないのではないだろうか……
 でなければ、仕事の苦を理由に自殺だの過労死だので、新聞の紙面を賑わせるようなことになりはすまい。
 ……まさか自分が、その一人になるとは思いもしなかったがな。
 で、結局こうして流されるように押し付けられている辺り、俺は本質的にはあの頃と何も変わっていないのだろうな、と思った。
 上から強く言われると、ろくに反論も出来ずに、言われるがまま受け入れてしまう……これはもはや一種の職業病のようなものなのではないだろうか? とさえ思ってしまう。
 何一つ為にならない職業病だがな。
 思い出したら、なんだか余計に腹が立ってきた。
 この胸中の苛立ちは、果たして村長に対するものなのか、それとも思い出した社長に対するものなのか、はたまたその両方か……たぶん、両方だな。どっちも等しくムカつく。
 とはいえ、いくらムカついて腹を立てたところで、現状は何も変わりはしないのだけど……
 明日には、リオット村から来た人たちを前に、彼らの扱いをどうするのかを話さなければいけない。
 受け入れるのか、それとも追い返すのか……それを、俺が決めろと村長は言う。
 一応、受け入れるという方向で話はまとまっていたが、正直俺自身としてはまだ迷いがあった。

「はぁ……面倒なことになったな……」
「こんな所で寝ていたら風邪を引くぞ?」
「えっ?」

 突然、頭の方から掛けられた声に慌てて視線を向ければ、そこにはいつの間にか親父が立っていた。
 全然気が付かなかったな……

「父さん……なんでここに?」

 親父は、何も言わず黙ったまま俺の隣へと腰を下ろした。

「よっと……なかなか戻って来ないもんだから、便所で寝てんじゃないかと思って様子を見に来たんだよ」

 寝ているのを起こさないように、なるべく静かに家を出たつもりだったが気づかれていたらしい。
 ってか、便所で寝落ちって……

「いやいや、流石にそれは無理だろ……」

 この村でのトイレ事情は、和式に近い。しかも、屋外設置式だ。
 トイレ、というよりは“かわや”といった方がしっくりくる。
 便座に腰を落ち着けられる洋式とは違い、常に足を踏ん張っていなければならない和式で、寝落ち出来る奴がいるとすればそれはかなりの猛者もさだろう。

「どうした? 帰って来てから、ずっと浮かない顔をしているが、何かあったのか?」

 親父は、冗談だ、と前置きしてからそう言葉を続けた。
 家に帰って来てからというもの、悶々もんもんとした気持ちのまま過ごしていたので、それが表に出てしまっていたようだ。
 自分では、なるべくいつも通りに振る舞っていたつもりだったのだが……
 どうやら、心配を掛けさせてしまっていたらしい。
  
「あぁ……まぁ、ちょっと……ね」
「何だ? 悩み事があるなら話してみたらどうだ?
 お前の力になってやれる……か、どうかは分からんが、話を聞いてやることくらいなら俺にでも出来るだろ?」

 その申し出自体は本当にありがたく思った。が、反面、親父に話したところで根本的な解決にはならないだろう、という思いもあったのが正直なところだった。
 別に、親父のことをバカにしているとか、そういうことじゃない。
 親父は良くも悪くも、この村では極々普通の人だった。
 クマのおっさんや副団長や先生のように、突出した戦闘技術を持っている訳でもなければ、棟梁やうちのじーちゃん、それに窯元のじーさんたちのように何か卓越した技能を持っている訳でもない。
 ましてや、何かの役職に就いている訳でもなし……
 うちの親父は、本当にただの小麦農家でしかないのだ。
 そんな親父に、今俺が抱えている悩みを話してしまうと、余計に心配を掛けてしまうだけなのではないか? と、そう思ってしまうのだ。

「……俺なんかじゃ頼りにならんか?」
「……えっ?」

 俺が、どう答えようかと黙ったままでいたら、親父がそんなことを聞いて来た。

「いや、別にそんなこと……」
「ない、ってか? 親に気なんか遣ってんじゃねぇーよ」

 親父が俺に向かって手を伸ばしたかと思えば、頭を軽くこつかれた。

「俺は、ヨシュアさんほど博識でもないし、バルディオさんほど強い訳じゃない。テオドアさんほど頭が良い訳でもないし、パウロさんみたいに何か特別な技能がある訳でもない。魔術だってろくすっぽ使えやしないしな……
 お前が付き合っている人たちの中じゃ、俺なんて下から数えた方が早いくらい頼りにならない大人だろうよ……」
「いや、そこまでは思ってないって……」
そこまでは・・・・・……か」
「あっ……」

 迂闊うかつにも、つい、余計な言葉が口を衝いて出てしまった。

「だから、気なんて遣うなよ。自分が頼りない父親だってことくらい、俺が一番分かってる……
 けどな? それでも俺はお前の父親なんだ。
 息子が何かに迷ってるようなら、少しでも力になってやりたいと思うのが親心ってもんだろ?
 何が出来る、って訳でもないかもしれない。それでも、お前と一緒になって悩んでやることくらいは出来る……それぐらいしか出来ない、って言う方が正しいのかもしれないけどな」

 親父は苦笑を浮かべると、再度、俺へと向かってぬっと手が伸びて来た。
 また、こつかれるのかと思ったが、その手は静かに優しく俺の頭へと降ろされ、わしゃわしゃと掻き回された。
 
「お前は、今よりずっと小さい頃からとにかく手の掛らない子どもだった。
 聞き分けはいいし、言うことはちゃんと聞く、わがままも言わない。家の手伝いや妹たちの面倒だって、自分から進んでしていたな……
 俺からお前に、何か言うことなんてほとんどなかった。
 “親”としては、確かに楽だったよ。もっといろいろとあるものだと思っていたからな。
 でもな? 今は、それが少しだけ寂しいんだ。
 俺は、今までお前に何も父親らしいことをしてこなかったと思う……だから、たまには俺に父親らしいことをさせてくれたっていいだろ?」
「父さん……」

 俺は今まで、周囲に……特に両親には、手間や迷惑をなるべく掛けさせないように生きて来た。
 元居た世界とは、社会システムが根底から違うのだ。
 小学校に類似した施設はあるが、それより下はない。
 常に子どもの世話をしながら、日々の仕事をこなすことが如何に大変なのかを、俺は母親の背中越しに見て育ってきたからな。
 だから、レティとアーリーが生まれた時に、俺の事で両親の手を煩わせたりさせないようにしようと、そう決めたのだ。で、この二人の妹たちの面倒も極力俺が見ようと。
 が、まさか親父がそんなことを考えているとは、露ほども思っていなかった。
 なんというか……
 なんとも真剣に話す親父の、父親らしい言葉に嬉しいやら照れ臭いやら……なんだか妙な心持だった。
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